第4話 引っ越し!

 引っ越し当日の朝。


 スマホのアラームで目を覚ました優斗は自分の右腕が妙に重たい事に気が付き、左手で布団を捲った。

 すると、そこに別の布団で寝ていた筈の陽狐の姿があったので、優斗は夢心地から一気に目を覚ます。


「よ、陽狐さん?」

 

「ふあ〜。あれ? 優斗さんなんで私の布団に〜?」


 大きなあくびを一つして、体を起こした陽狐が寝ぼけ眼を擦りながら優斗を見下ろす。


 右腕を解放された優斗に「こっち俺の布団なんだけど」と苦笑しながら言われ、少しずつ意識が覚醒してきた陽狐は自分が本来寝ているはずの布団と、自分が今座っている優斗の布団を交互に見る。


 そして現状を把握すると顔を赤くして自分の布団へ滑り込むと掛け布団を被って丸まってしまった。


「ごめんなさい優斗さん! 私なんて破廉恥なことを」


「いやまあ、ちょっとびっくりしたけど。そんな謝らないでも良いですよ。ほら、俺たち恋人同士ではあるんだし」


「でも」


「春先とはいえ昨日寒かったですもんね。まあとりあえず朝食にしませんか?」


「はい」


 布団から亀のように顔だけ出して、陽狐は力無く返事をすると、のそのそと布団から這い出てきた。


 浴衣寝巻きが少し乱れて隙間から胸やら見えそうになっているが、優斗は視線を逸らして立ち上がると、寝室として使っている和室からキッチンへと向かっていった。

 平静を装っているが内心ドキドキである。


「可愛いが過ぎる。保ってくれよ俺の体!」


「優斗さん。体調悪いんですか?」


「うぇい! いや、大丈夫。大丈夫ですよ」

 

 いつの間にか後ろに立っていた陽狐の声に飛び上がりそうになりながら、優斗は振り向いてぎこちない笑顔を浮かべる。

 そんな優斗の額に、陽狐は自分の手を添えた。


「熱とかではないんですね。良かったです」


「大丈夫です。本当に大丈夫ですから」


 陽狐の不意の行動に驚いて後ずさる優斗。

 そんな優斗の腰辺りにキッチンとリビングへ続くドアの取手がぶつかる。


「ぐお。あいたた」

 

「だ、大丈夫ですか⁉︎」


「大丈夫、大丈夫だ」


 朝からバタバタしている優斗と陽狐。

 このあと二人は一緒に朝食の用意をしてテーブルについた。


「陽狐さんパンでいいの?」


「普段はご飯なんですけど。その、今日は寝心地が良かったのか、寝過ぎてしまったので」    


「寝心地が」

 

 パンにバターを塗りながら、優斗は自分の腕に抱き付いて寝ていた陽狐の姿を思い出していた。

 あの状態が普段より寝心地が良かったと言われたみたいなものだ、優斗は口元が緩むのを見られたくなくてパンを頬張った。


「優斗さんは朝食はパン派ですか? 和食派ですか?」

 

「普段はパンだけど、和食も食べるよ? 旅行先なんかでは朝からバイキングだったりしても食べるし」


「では状況に合わせて作らせてもらいますね」

 

「陽狐さんが? いやいいよ。朝は眠いだろ? 俺の事は気にしなくて良いからさ。自分の分だけ用意しなよ」


「いけません! 未来の旦那さまに朝食の用意もしないなんて」

 

「今は多様性の時代だ。こうでなきゃいけないなんて事、無いと思うけどなあ」


「では、私が作りたいので作らせてください。優斗さんに、好きな人のために作りたいんです」  


 そこまで言われて、それでも「いや、いいよ」と言うほど優斗は馬鹿ではない。

 優斗は両手を握って力説する陽狐に照れ笑いを浮かべると「じゃあ、お願いします」と頬を人差しで掻きながら言った。


 こうして朝食の時間を過ごし、二人は引っ越しの為に優斗が住んでいたアパートに向かう。


 その途中の道を走っていた時のこと、法定速度丁度で走っている車に優斗は出会った。


 田舎道ということもあり、普段なら追い抜いて行くところなのだが、今は隣に陽狐を乗せている事もあり「まあ時間はあるし」と、のんびり前の車についていく事にした。


 それからしばらく走り、町に続く長い道に出た時の事。


 町に向かっていることもあり、道ゆく車も増えてきた。

 優斗の車の後ろを走っていた車が拗れたからか、無理な追い抜きを掛けてくる。

 急加速して反対車線に出たかと思うと、優斗の車と優斗の前の車を追い抜いて行く。


 その時だった。

 優斗の前を走っていた車が火に包まれた。

 爆発したわけではない。

 タイヤから火がたちのぼり車全体を包んだのだ。

 そしてその火を振り払うように火の中からパトランプを乗せたタイヤは燃えたままの覆面パトカーが姿を現す。

 

「火車の覆面パトカーだったのか。危ねえ、抜かなくて良かった」


 火車。

 昔は葬式や墓場から死体を奪うといわれていた怪異で、猫の妖怪とされることが多く、年老いた猫がこの妖怪に変化しているらしい。


 猫又の派生種ということだろうか?


 そのとんでもないスピードで危険運転の車を追いかけていった火車の覆面パトカーの遥か後ろで優斗は冷や汗を浮かべていた。


「火車さん。お勤めご苦労様ですね」


「全くですね。俺たちは安全運転で行きましょう」


 そこからしばらく走り、どう見ても少女にしか見えない火車の覆面パトカーと、その相棒の警察官に捕まっている危険運転の犯人を横目に優斗と陽狐は気を取り直してアパートに向かう。


 そしてアパートから荷物を運び出す業者に立ち会い、実家にとんぼ返りするのだった。

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