ある一体ゴブリン、のちにメナスと呼ばれる個体についての記録

月這山中

 

■序文

 これはある一体のゴブリン、のちにメナスと呼ばれる個体についての記録である。


■冒険者クー・クヴによる供述

 先行パーティが全滅した。

 俺たちと同じ中級クラスだ。最初は何が起こったのかわからなかった。

 敵は、一体のゴブリンに見えた。

 俺たちは身体強化魔法を使い、油断なく敵に相対したはずだった。

 しかし。

 まずモンクが後頭部を潰された。敵は素早かった。攻撃魔術を唱えている隙にソーラサが裂かれた。敵が持っているのは刃物ではなく石の棍棒で、純粋な腕力によって肩から胴体を真っ二つにされたのだと後からわかった。素早さで勝負を仕掛けたシフルが顔を削り取られた。洞窟の跳弾も操るガイはその姿を捉えられていない。いや、何発か当たってはいたのだろうが驚異的な再生力によって無駄に終わっていた。ガイの足が千切れ飛んだ。プリスが蘇生に使う祈祷具を出そうとして荷物をぶちまけた。その胴体を棍棒が貫通した。

 俺は動けなかった。混乱の中パーティが全滅するのを見ているしかなかった。

「走れ!」

 ガイが頭を潰される直前に叫んだ。俺は彼に従った。印の縄を辿って、出口に向かって、ただ走った。

 背後から奴が追ってくることはなかった。

 俺はもう駄目だ。剣を握ることはできなくなった。あれから聴いただろう。上級の冒険者たちが束になって潜っていったが誰一人として帰ってこなかった、と。

 洞窟ごと焼き払うべきだ。


■つよつよゴブリン、駆除の手を免れる - とある魔物学者の小説

 そのゴブリンは、他のゴブリンと比べて特別ななにかがあるわけではなかった。

 ただ、強かった。

 強いゴブリンは食料になる野生動物を獲り、子を育て、仲間とじゃれあい、巣穴へ潜ってくる者たちを叩き殺し、ただ暮らしていた。

 そんな平和な日々にある日、陰りが差した。

 巣穴に悪臭のする煙が漂ってきた。それはたちまち巣穴に充満し、火の手が入って来た。

 あの者たちが油を撒いたのだ。

 ゴブリンたちは炎を越えて逃げ出した。強いゴブリンも妻ゴブリンと子ゴブリンを両手に抱え炎を越えて地上へと出た。

 地上へ出た瞬間、矢が飛んできた。

 強いゴブリンは強いので矢傷程度はすぐに直る。

 しかし妻子ゴブリンは矢に射抜かれて死んだ。仲間たちも死んだ。

 強いゴブリンは怒りに目覚める。

 強いゴブリンは矢を射た者たちを叩き殺し、その後ろに控えていた援護隊を叩き殺した。

 ゴブリンに涙を流す機能はない。

 それから強いゴブリンは、流浪の旅に出た。

 あの者たちを殺しつくすためである。

 強いゴブリンを狙うあの者たちはいくらでも居たが、全て強いゴブリンに叩き殺されていった。


■サラ国に残る日誌

 信じられないことだが、一体の小鬼がフロンタルを滅ぼした。

 それにより我が国は食糧不足に陥っている。

 食料自給率の低いサラにとって海を隔てたフロンタルは重要な貿易相手だった。

 とくに麦が不足している。市井はパンを求める人で溢れかえっている。

 フロンタルを一夜のうちに壊滅させた小鬼とはいったい何なのだろうか。

 ではなく、単数のなのだ。

 噂ではクダのしかけた魔術兵器であるとか、ストラニの秘密兵団であるとか、憶測されており、言葉通りの一介のモンスターだと思ってもいない。

 仕方ないだろう。私も信じられない。

 たった一体の小鬼によって、我々が滅びの危機に瀕しているなどとは……


■クダ-ストラニ戦争

 フロンタルの壊滅はクダ-ストラニ関係に致命的な一打を与えた。

 両国はこれをお互いに、相手方の宣戦布告であると解釈し、15日昼の一時に開戦を宣言した。

 壊滅したフロンタルで第一戦闘が始まった。

 クダの戦力は兵力1万5000、魔法戦車10基。

 それに対しストラニは兵力2万、魔術戦車5基。

 クダの長距離遠隔攻撃魔法の一撃を合図に両軍は激突した。

 だが奇妙なことが起きる。

 「一体の小鬼が居た」という魔術通信による報告を最後に、両軍の戦車が破壊された。

 小鬼の乱入によって両国軍は三時間後には全滅したと推測される。

 これにより一時休戦に入る。


■つよつよゴブリン、戦車に勝つ - とある魔物学者の小説

 戦車が強いゴブリンを轢いた。

 強いゴブリンの骨は砕け肉は引き千切られたが、再生力によって瞬きの間に戻った。

 強いゴブリンの棍棒が手元になかった。強いゴブリンは探す。先ほどの戦車のキャタピラに挟まっていた。

 強いゴブリンは走って棍棒を掴んだ。

 戦車が浮いた。

 棍棒を引っ張り抜こうとして、戦車ごと振り回す。

 抜けた。

 戦車が遠くへ吹っ飛んでいった。爆発が起きる。

 強いゴブリンは棍棒を手に満足げだった。そこを別の戦車が轢いた。

 ゴブリンは今度は二足のキャタピラの間に入り、真下から戦車を突き上げた。

 戦車が飛んだ。

 爆発した。

 一度に二つの戦車を失ったあの者たちは動揺したのだろう。砲射を開始した。

 強いゴブリンの身体を攻撃魔術が貫通する。強いゴブリンは強いので魔法もほとんど効かない。

 魔術の光を受けながら、ゴブリンは戦車と槍兵をひとつずつ叩き殺していった。


■宮廷魔術師バランによる記述

 世界は危機に瀕している。

 クダ-ストラニの休戦協定が締結された今、協力してこの危機に立ち向かうべき時である。先の戦いで両国軍の小隊を壊滅させ、そして我々のフロンタルを破壊した、このゴブリンに識別名を与える。

 メナス。

 これを世界の敵として認識する。


■つよつよゴブリン、世界の敵になる - とある魔物学者の小説

 強いゴブリンは目に見える全てを叩き殺した。

 瓦礫の中で、鳥を獲って食べた。

 棍棒になりそうな瓦礫を吟味し、結局使い慣れた棍棒に戻って来た。

 ぼんやりと空を眺めてみたりした。

 強いゴブリンは妻ゴブリンと子ゴブリン、仲間ゴブリンたちのことを思い出し、雄たけびを上げた。しかし彼らは戻ってこなかった。

 瓦礫の向こうにはまだあの者たちの仲間が生きていることにゴブリンは気付かなかった。瓦礫の向こうで自分にメナスという名が付いたことも、世界の敵として認識されたことも強いゴブリンは知ることがなかった。

 ただ、強いゴブリンはこちらへ近付く音に気付いた。

 大きな鋼の壁が四方八方より、強いゴブリンに近付いていた。


【最強ゴブリン殲滅作戦 第一案】

 殲滅目標メナスは推測体長1.2m体重50kgに満たないゴブリン種である。砲による斉射は避けられる可能性が高い。この作戦には特別製大盾の建造が急務である。全国のドワーフへ呼び掛け厚さ2M、縦横幅30Mの特別製大盾を18~24組を用意する。国家共同騎士隊によってメナスを特別製大盾で囲う。その状態で全火力による集中砲火を浴びせ、目標を殲滅する。

 これを第一案とする。


【最強ゴブリン殲滅作戦 第二案】

 第一案が遂行不可能に陥った場合に備えて後方に魔術師隊を結成する。

 回復魔術専門のエルフの白魔術師を中心に構成するが、これは負傷した騎士を治療するためではない。再生魔法を応用することによって生物の老化を促進せしめる効果があるという。これによってメナスの老化を促進せしめ、身体能力の低下および衰弱による死を待つ。

 これを第二案とする。


【最強ゴブリン殲滅作戦 第三案】

 第一案、第二案が遂行不可能に陥った場合に備えて禁忌魔術・次元魔術の使用を大帝令によりあらかじめ認可する。号令が届いたその瞬間より、詠唱を開始。周囲6km四方の地表ごとメナスを異次元へ送るのである。次元魔術は大量の魔力を使用し魔術師に死をもたらす故、この作戦に携わる魔術師は志願制とする。

 これを第三案とする。


■つよつよゴブリン、戦う - とある魔物学者の小説

 強いゴブリンは壁に囲まれた。

 それから魔法によって着火された爆弾がふってくる。強いゴブリンの身体が爆風に煽られる。

 しかし強いゴブリンの身体は弾け飛んだ先から再生する。

 強いゴブリンの頭の一部は鋼の壁の隙間に入り込み、そこから再生し、騎士を叩き殺した。

「第二隊、構え!」

 声が聞こえて強いゴブリンの体に変化が起こった。再生力が落ちていくのである。

 強いゴブリンはこれが魔法によるものだと本能的に察した。攻撃魔法はあまり効かない強いゴブリンだが、回復魔法は通してしまうのである。

 輪を作る魔術師を見つけて叩き殺した。一人叩き殺すごとに再生力の低下速度が緩む。しかし一度落ちた再生力は戻らない。叩き殺している間にも騎士による槍の攻撃が続く。

「第三隊!」

 最後に殺した魔術師が叫んだ。

 強いゴブリンの身体が浮かんだ。感じたことのないフワフワとした感覚に、強いゴブリンは戸惑った。

 強いゴブリンが立つ地面がえぐれて浮かんでいた。

 自分が捕まったことに気付いて強いゴブリンは暴れ回った。しかし見えない拘束は強いゴブリンを捕まえたまま放さなかった。

 魔術が発動した。




 強いゴブリンは奇妙な場所に居た。

 そこは暗く冷たい場所で、食べる物もなさそうだった。

 強いゴブリンは雄たけびを上げた。



■宮廷魔術師バランによる記述

 メナスは次元の狭間へと飛ばされた。

 この作戦により8名の重傷者、53名の死者が出た。

 次元魔術隊に志願した我が愛弟子フラガは昨日、衰弱死した。


 メナスは一体の小鬼でしかなかった。ただその力が強大だっただけにすぎぬ、一体の小鬼だった。

 小鬼は本来群れを作り里山の洞窟で暮らす生物である。野生動物を食し、巣穴を脅かす者以外には危害を加えることはないと言われている。

 近頃は冒険業の一クエストとして小鬼狩りが行われているという。

 獰猛な肉食性から誤解され、日常的な駆除が行われている。

 メナスはそんな傲慢な上位種族に対する、警告だったのではないだろうか。


 二度とこのような悲劇を起こさぬために、私は記録する。


 ちなみに、次元魔術が禁忌とされていた理由は術者の安全以外にもある。

 次元の狭間は一説には時の流れが停滞しており、そこへ送ったなにかは戻ってくることがある。

 それが一年後か、十年後か、千年経ってからかは、我々にもわからない。



  了


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