第2話 萩原林五

高校に入学した時、同じクラスになった萩原という同級生は名前が林五だった。

萩原リンゴである。


漢字も読みも正統派の名前が99%超だった昭和49年や50年生まれの同級生の中で、さすがにリンゴという名前の響きは目立つ。


そして、本人は相当気にしていた。


今でも覚えているが、クラスで最初のホームルームで自己紹介をやった時、林五は「南濃中学出身の萩原です」と下の名前を名乗らなかった。


なのに、空気の読めない担任は「下の名前は?これ何て読むの?リンゴ?」と心無い問いを発したため、林五は「…リンゴですよ!」と、憮然として答えたものだ。


さらにその後、より心無いクラスメイトたちが大爆笑したため、林五は正にリンゴみたく怒りで顔を赤くして「笑ってんじゃねえ!」と怒声を発してクラスを沈黙させた。


どうやら両親が『ビートルズ』のリンゴ・スターの大ファンで、身内の反対を押し切って名付けたらしい。


リンゴという名前を付けるなら付けるで「凛悟」とか「麟吾」とか、画数が多くてそれなりに教養を感じさせる秀麗な漢字でカバーすべきなのに、安易に「林五」である。


これじゃあ小作人の五男みたいじゃないか。

響きだけを優先させたのは見え見えで、他人事ながら教養の程度が分かり易い実に愚かな親である。


ちなみに林五には妹がいて、こちらは萩原恵美となぜか正統派の日本人名、兄との落差が際立ち、どうでもよい存在と思われていたようだ。


林五は大柄で恵まれた体格の持ち主のうえに性格が荒く(ラグビー部に所属していた)、同じ中学出身者によると小学校の頃から自分の名前をちょっとでもからかう人間は問答無用で制圧してきたらしい。


そして両親をかなり憎悪しており、「親を殺しちゃいけない理由がわからねえ」が口癖。


そんな危険人物は「林五」と呼ばれると瞬時に顔色を変えるため、1年の時のそのクラスでは彼を下の名前で呼ぶどころか「リンゴ」という単語自体が禁句となってしまった。

私など「アップル」と言っただけで、林五に胸倉をつかまれたことがある。


浅はかな命名をしたばっかりに息子の根性をひねくれさせ、他人に脅威を与える人間にして社会に放った林五の両親の罪は重い。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る