第33話 冷たい若様

咲夜は夢を見ていた。


植物のつるが少しずつ伸びて血管や神経に巻きつき、体の中を侵食していく。


つるに生えた細かい棘は無数の針のように体内のいたる所に突き刺さり、うめき叫びたくなるような痛みをもたらした。


いつまで続くのかわからない無間地獄のような苦しみ。


けれどその苦しみにもやがて終わりの時が近づいてくる。


つるの先端が心臓に達し、拍動する肉片にその切っ先を突き刺した瞬間――。


咲夜は悪夢から目を覚まし、布団の上に体を起こした。


全身汗だくで、自分の荒い呼吸が耳障りなほど部屋中に大きく響いている。


窓の障子の隙間に目を向けると、空はまだ闇に包まれていた。


咲夜は素肌の上から左胸をぎゅっとつかんだ。


しばらく布団の上でじっとしていたが、いつまで経っても体の中の生々しい感覚は消え去らない。


外の闇夜の中、遠い山並みの向こうで、ちかちかと幾筋かの細い稲光が不気味に明滅していた。






(なんでこんなことになったんだっけ……)


日鞠は、咲夜に仰向けにされながら、自分の陥った状況に呆然としていた。


佐々木さんの奥さんから仕上がったばかりの着物を受け取り、それを寝室に置きに来ただけだったのに。


布団も敷いて部屋を出ようとしたところで、湯上りの咲夜が部屋に現れた。


それだけなら、いつもと同じように就寝の挨拶をして一日を終えられるはずだった。


しかし間が悪いことに、ちょうどその時、明け方からぐつついていた空模様が一変して雷が鳴った。


かなり近くに落ちたのか、体に振動が伝わってくるような大きな落雷音で、直後に部屋の明かりも消えた。


雷が大の苦手な日鞠は条件反射で短く叫ぶと、思わず近くにいた咲夜にしがみついてしまった。


すぐに理性を取り戻して慌てて離れようとしたが、咲夜は腕を回して日鞠の体を押しとどめた。


息が苦しくなるほど、咲夜の力は強かった。


洗い立ての濡れた髪先からは、ぽたぽたと冷たい滴が日鞠の肩に落ちてくる。


辺りにむせ返りそうになるほどの甘い香りが漂い、日鞠は頭がくらくらしてくるのを感じた。


何か言わなきゃ、と思うのに、何も言葉が出てこない。


どれくらいそうして立っていただろうか。


ほんのわずかな時間だったかもしれないが、電気が復旧して明かりがつくと、咲夜は腕の力を緩めた。


「……もう大丈夫だろ。行けよ」


「はい……」


日鞠はそのまま部屋を出ようとしたが、どうしても気になって振り返り、咲夜の着物の袖を軽く引いた。


「咲夜様は大丈夫ですか?」


咲夜がゆっくりと日鞠を振り返った。


その背後では、窓の外で稲光が再び明滅している。


日鞠はびくりとした。


「おまえの…せいだからな」


咲夜がつぶやくと同時に、先ほどよりも大きな雷が落ち、二度目の停電が起きた。


暗闇に視界を奪われた日鞠は、一瞬のうちに咲夜に手首をつかまれ、布団の上に無理やり押し倒された。


「咲夜様っ」


押さえつけられた手足を動かそうとしても、咲夜の体はびくともしなかった。


ここで働き始めた日、似たようなことがあったが、その時の咲夜は日鞠のことを知らなかった。


でも今は違う。


どうして、と日鞠は咲夜のことを下から見上げたが、瞬間的に稲光に照らされたその顔は、ぞっとするほどきれいで冷たかった。


日鞠は呆然とした。


雷が鳴っているのに、何も聞こえてこない。


苦しくて、息ができない。


以前のように抵抗することもできないまま組み敷かれていると、急に部屋の明かりが点灯した。


まぶしさに思わず目を細めると、ずっと無言だった咲夜が不意に口を開いた。


「泣くほど嫌か?」


日鞠は何を言われているのかわからなかったが、まばたきした瞬間、まなじりから頬にかけて涙がすっと流れ落ちた。


馬乗りになっていた咲夜は日鞠の体から離れると、畳の上に座り込んだ。


「……もう行け」


日鞠は布団に手をついて体を起こした。


「あの、咲夜様」


「頼むから一人にしてくれ」


咲夜は日鞠から顔をそむけた。


日鞠は咲夜がどんな顔をしているかもわからないまま、その場を逃げ出した。


他にどうすればよかったのだろう。


もっと気の利いた言葉をかければよかったのだろうか。


もっと賢く振る舞えばよかったのだろうか。


翌朝、咲夜を起こしに重い気持ちで寝室を訪れた日鞠は、畳の上で咲夜が冷たくなっているのを見つけた。

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