第30話 若様の提案
「日鞠ちゃん。今日はご機嫌だね」
庭の手入れに来ていた颯太にあいさつした日鞠は、颯太からこんな言葉をかけられた。
普段どおりに振る舞おうと心がけてはいるのだが、どうやら内心の喜びを抑えきれていないらしい。
「実は」
颯太になら話してもいいか、と思い、口を開きかけた時、管理人の佐々木さんがやってきた。
「青空さん。親戚のおばさんという方から至急の電話が入っているよ」
日鞠は目をむいた。
慌てて佐々木さんの家の電話を借りにいき、戻ってきた時には一転、日鞠は動転していた。
足取りがフラフラしていたせいか、颯太が再び声をかけてくれた。
「大丈夫?」
「実は今日、妹の退院日だったんですが、迎えに行ってくれるはずの叔母が、急にぎっくり腰になっちゃったみたいで……」
そう話している間も、日鞠はすぐにでも風佳を迎えに行きたい衝動に駆られていた。
けれど仕事があるし、このお屋敷は山中にあるので、麓の町まで行くだけでも徒歩だと相当時間がかかる。
叔母さん以外で他に頼める当てもなく、どうしようかと半泣きの状態で必死に考えていると、颯太が思いがけない言葉を口にした。
「俺、駅舎まで車で送ろうか?」
「いいんですか!?」
「うん。今日は兄貴たちが使ってなかったから軽トラで来てるし」
颯太が運転できることすら知らなかったが、差し伸べられた救いの手を逃すわけにはいかなかった。
「ありがとうございますっ。ちょっと咲夜様にお伺いしてきますっ」
言うが早いが、日鞠は一目散に居間を目指した。
読書中だった咲夜は、いきなり部屋に飛び込んできた日鞠に面食らっていたが、日鞠が必死に状況を説明する間、一言も口をはさまずに黙って話を聞いていた。
「勝手なお願いだとはわかっているのですが、どうかこれから妹を迎えに行かせていただけないでしょうか」
日鞠は額を床につけて頼み込んだ。
「別に俺は構わないけど、迎えに行ってその後どうするつもりなんだ?」
そこまで頭が回っていなかった日鞠は、はたと考えた。
颯太に駅舎まで送ってもらえれば、おそらく夕方前には病院に到着して、風佳の退院手続きを行うことはできる。
けれど叔母さんの家がある集落は、病院からも距離が遠い。
しかも叔母さんはぎっくり腰だ。
退院したばかりの風佳を預けるのは、風佳と叔母さん双方にとってあまり好ましい状況ではない。
どうするのがいいかと再び動転しかけた日鞠に対し、咲夜はさらりと言った。
「妹をここに連れて帰ってきてもいいぞ」
「いいんですか!?」
日鞠の勢いに、咲夜がややのけ反った。
「新しい薬の予備も余ってるし、あれを飲んどけば症状がかなり抑えられるから、注意すれば数日くらい別になんとかなるだろ……」
「ありがとうございますっ。ではお言葉に甘えて行かせていただいてまいりますっ」
日鞠はもう一度額を床にこすりつけると、すぐさま立ち上がって居間を飛び出した。
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