第26話 若様の採寸

背丈が伸びた咲夜のために、佐々木さんの奥さんが新しく着物を仕立ててくれることになった。


ただし咲夜の香りにあてられるといけないので、寸法は日鞠が測るよう頼まれた。


その採寸中、日鞠は咲夜から不意打ちをかけられた。


「おまえ、やっぱり俺に隠れて何かやってるだろ」


肩から手首までの寸法を測っていた日鞠は、危うく巻き尺を落としそうになった。


前回の桐生院の往診日からしばらくの間、日鞠は辛うじて咲夜の追及をかわし続けていたが、ここ数日は咲夜の口からその話題が出なくなっていたので、すっかり油断していた。


「な、なんでまたそんなこと……」


「前は早寝だったのが、最近は夜遅くまで部屋の電気がついてるだろ。かと思えば小声でぶつぶつ独り言をよくつぶやいてるし。挙動が不審すぎる」


す、鋭い……。


目立たないように桐生院から出された宿題をこっそりやっていたつもりが、いろいろと咲夜の注意を引いてしまっている。


動揺する心をどうにか落ち着かせながら、胸囲を測るため正面から咲夜の背中に手を回した。


「き、気のせいじゃないですかね……」


できるだけさりげなく答えたつもりだったが、きっと咲夜からは反論されるだろうとも思っていた。


ところが予想に反して、咲夜は何も言わない。


身構えていた分、やや拍子抜けしながら咲夜の様子をこっそりうかがうと、咲夜は口を真一文字に結んでいた。


どうしたのだろうと不思議だったが、採寸中なので今は手元に意識を集中させることにした。


巻き尺の位置が少し斜めにずれてしまっている。


「咲夜様、もうちょっと腕を上げていただいてもいいですか?」


どうやら咲夜は身長だけでなく胸囲も成長しているようだった。


うらやましい……じゃなくて喜ばしいことだが、自分より大きい相手の採寸をするのは意外と骨が折れる。


もぞもぞ手を動かして巻き尺をちょうどの位置に当てようと苦心していると、咲夜がたまりかねたように声をあげた。


「おい、さっさとしろ」


「申し訳ありません」


謝りながら咲夜を仰ぎ見た日鞠は、咲夜の口元と頬がぴくついているのを見て、ふと妹の風佳を思い出した。


風佳はくすぐったがりなので、服を着替えさせる時など、よく今の咲夜みたいな顔をして我慢していた。


「もしかしてくすぐったかったですか?」


そう尋ねると、咲夜は「違う」と即答した。


日鞠が指先で咲夜の脇をちょんと軽くつついてみると、咲夜の口から聞いたことのない声が飛び出した。


びっくりしたが、次の瞬間、悪さをした日鞠の手を咲夜が素早くつかんだ。


「……おまえ、いい度胸してるじゃないか」


ま、まずい。


調子に乗って怒らせてしまったか。


「申し訳ありません、つい……」


「つい、なんだ。言ってみろ」


「…………出来心で」


そう言うと、咲夜の口元にきれいな笑みが浮かんだ。


日鞠は己の所行を後悔した。


なぜか笑顔のほうが不機嫌な時の顔よりも怖い。


思わず後ろに身を引こうとして、日鞠は床に垂れていた巻き尺を踏んづけてしまった。


足がもつれて後ろにひっくり返りそうになる。


「うわっ」


「あ、おいっ」


間の悪いことに、咲夜の体には巻き尺が巻きついている状態で、咲夜はまだ日鞠の手をつかんだままだった。


倒れる寸前、咲夜がとっさに日鞠の体を抱え込んだ。


どすん、という鈍い音と共に、畳にぶつかった衝撃が全身に広がっていく。


「いてて……」


日鞠は体を起こそうとして、うまく起き上がることができなかった。


よく見ると、日鞠は咲夜の体に乗っかっていた。


しかも巻き尺が互いの体に絡まっている。


「どうなってるんだよ、これ」


咲夜も床に仰向けのまま顔をしかめていた。


「咲夜様、大丈夫ですか。どこかお怪我してませんか」


自分をかばおうとして咲夜が頭を打ったりしてないか、日鞠は気が気ではなかった。


「大丈夫だ。それより早く俺の体からどけ」


咲夜が手で日鞠の体を押しやった。


「ふぇっ」


日鞠の口から変な声が勝手に出た。


くすぐったいような奇妙な感覚がして胸元を見下ろすと、咲夜の右手が日鞠の左胸に当たっている。


咲夜と目が合うと、咲夜はすぐに手を離した。


「………………」

「………………」


気まずい沈黙の中、急に咲夜から濃い香りが漂ってきた。


咲夜を見ると、なぜか咲夜の顔が真っ赤になっている。


「も、申し訳ありませんでしたっ」


なぜか日鞠も顔を真っ赤にしながら、どうにか巻き尺をほどくと、逃げ出すようにその場から立ち去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る