第24話 若様の励まし
夕食を終えると、咲夜が最後まで手伝うと強く主張し、皿洗いも一緒にすることになった。
日鞠が洗って、咲夜が拭く係だ。
並んで互いに黙々と作業をしていると、咲夜がいきなりこんなことを言い出した。
「すごいな、おまえは。一人でなんでもできて」
日鞠はぽかんとした。
「なんにもできませんよ」
咲夜からそんなふうに言われる理由がわからなかった。
「できるだろ。料理も掃除も洗濯も。俺は一人じゃ食事もろくにできなかった」
咲夜には、昼間のアンジュの言葉がよほどこたえたらしかった。
けれど日鞠の場合、料理も掃除も洗濯も元々やっていたことだ。
まったく別の新しい知識や技術を目の前にすると、手も足も出ない。
料理の本も読めないし、プリンも洋食も作れない。
喫茶店に行っても、緊張ばかりして注文すらまともにできなかった。
自分の非力さに打ちのめされてばかりだ。
「私だってもっといろんなことができたらいいのに、って思ってますよ」
ついそんな言葉が日鞠の口からこぼれ出ると、咲夜は本気で意外そうな顔をした。
「おまえでもそういう小難しいことを考えるのか」
ひどい。
「私、そこまで単純な人間じゃありません」
思わず抗議すると、咲夜はピッと指先を日鞠に向けてはじいた。
咲夜の指についていた水滴が飛んでくる。
「ちょっと咲夜様!」
目をしばたたくと、咲夜がしてやったりという顔で口端を上げた。
「なんだってできるだろ、おまえなら。そんだけ図太い神経してんだから。昼間から何をぐだぐだ考えてるのかは知らないけど、悩んだ顔してるより、そっちの顔のほうがいい」
日鞠は再び目をしばたたいた。
もしかして、励まそうとしてくれているのだろうか。
「ごちそうさま」
咲夜は手にしていた最後の皿をちょうど拭き終えると、そのまま台所を出ていった。
台所を片づけた後、日鞠は一度離れに戻った。
二階に行き、本棚のある部屋にそっと入ると、アンジュの料理本が机の上に置かれたままになっていた。
手に取ってページをめくると、先ほど思ったとおり、お菓子のページの並びにプリンの絵が描かれていた。
ということは、きっとその絵の下に書いてあるのは作り方のはずだ。
もしこの本が読めたら。
そんな想像が日鞠の頭の中で広がっていく。
同時に、日鞠は喫茶店でのアンジュの話についても思い出していた。
日鞠が協力すれば、咲夜の特効薬が作れるかもしれない、と言っていたアンジュ。
アンジュからは、もし日鞠が協力する場合についての詳しい説明もあり、前向きに考えてみてほしい、とも言われている。
日鞠は開いていた料理本を閉じると、今日一日あったことを思い返し、あることを決めた。
できるかどうかはわからない。でも。
――なんだってできるだろ。
咲夜の声が心の中で響いていた。
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