第22話 若様のお母様と
「デートって、いったい二人でなにするつもりだよ」
咲夜はなぜかアンジュに対してつっけんどんな口をきいていた。
「そうねぇ。ヒマリはなにしたい? どこか行きたい場所はある?」
「え。私ですか?」
「そうだわ。食べ物に興味あるなら、これからアフタヌーンティーなんてどう?」
「あ、あふた?」
「おいしいケーキが出てくるお店を知ってるのよ。一緒に食べましょ」
あれよあれよと話がどんどん進んでいく。
「や、でもこれからお夕飯の準備が」
「夕飯ってもしかしてサクの?」
日鞠はぶんぶんとうなずいた。
「あらそんなの、一食分くらい自分でなんとかできるでしょ。ね、サク」
う、と咲夜が目に見えてひるむと、アンジュは眉をひそめた。
「あらヤダ。できないの? 将来サクが父親みたいに一人でなーんもできない男になったりしたら、私ヤーよ。ちょうどいいわ。今日は練習だと思って頑張りなさい」
あの口の達者な咲夜が、一言も反論できずにいる。
(つ、強い……)
「さ、行きましょ」
こうして日鞠はさして口もはさめぬまま、アンジュに外へ連れ出された。
アンジュの運転する車に乗って到着したのは、港町のホテルのラウンジにある喫茶店だった。
ふかふかの絨毯。重厚で美しい椅子とテーブル。どこからか流れてくるピアノの演奏。
庭の見える窓際の席に腰を下ろしても、日鞠は自分が場違いな気がして、そわそわと落ち着かなかった。
「ヒマリはなにを食べる? 好きな物を選んでちょうだい」
アンジュにメニュー表を手渡され、日鞠はそこでまた困難に直面した。
書かれているメニューは読めるのだが、それがどんな食べ物なのかがわからないのだ。
しかもメニュー横に表示された金額が、どう考えてもゼロの数が多い。
目を白黒させているうちに、給仕係の男性が音もなく席に近づいてきた。
「ご注文はお決まりでしょうか」
「私はシブーストを」
こうなったらもう適当に選ぶしかない。
日鞠は腹をくくった。
「この『ぷりん、あらドーモ』を」
「かしこまりました。お飲み物はいかがされますか」
「そうね。アールグレイをいただこうかしら」
「アイスとホットは?」
「ホットで」
横で聞いていても、まるで呪文だ。
給仕係が日鞠に視線を向けてきたが、日鞠はもうお手上げだった。
「……このお水で大丈夫です」
「あら、遠慮しなくてもいいのに」
「いえ、その、お水が好きなので」
この時、給仕係が空気を読んだ。
「かしこまりました。後ほどお注ぎし直しますね」
一礼して、颯爽と立ち去っていく。
日鞠はほっとした。
一仕事終えた後のような気分だった。
しばらくすると、席に注文の品がやってきた。
「プリン・ア・ラ・モードとシブーストのケーキ、それからアールグレイでこざいます。紅茶は三分ほど蒸らしてからお召し上がりください」
目の前に置かれた皿を見て、日鞠の口からはため息のような小さな歓声がもれた。
給仕係が、どこか誇らしげな様子で日鞠のグラスに水を注いでくれる。
アンジュもうきうきとした様子でフォークを手にした。
「さ、いただきましょ」
「でもこんなごちそうをいただくわけには……」
「いいから食べてちょうだい。誘ったのは私のほうなんだし。この後、話したいこともあるし」
「話したいこと?」
「まずは食べましょ」
アンジュの笑顔に促され、日鞠はためらいつつもスプーンを手にした。
一口すくって食べ、未体験のおいしさに目を見開く。
見た目は茶碗蒸しだが、味はまったく違う。
緊張していたのもすっかり忘れ、夢中になって食べ終わった後で、アンジュが本題を切り出した。
「まずは最初に謝らせて。ごめんなさい。キリューインに頼んであなたのデータを勝手に色々と見させてもらったの」
そう言ってアンジュが日鞠に頭を下げるので、かえって日鞠は慌てた。
日鞠はアンジュがなにを謝っているのかいまいち理解できていなかったが、日鞠のデータを無断で見たことを悪いと思っているらしい。
実家で暮らしていた時には、近所のおばあちゃんたちが自由に家の中を出入りし、日鞠が隠していた学校の試験用紙をいつの間にか勝手に見てる、なんてことが日常茶飯事だったので、そのあたりの感覚が日鞠とアンジュとでは違うのかもしれない。
「えーと。そんなに気にしてないので、私なら大丈夫です」
「そう言ってもらえると嬉しいのだけれど」
アンジュはようやく頭を上げたが、顔はまだ申し訳なさそうな表情のままだった。
日鞠はそれよりも、アンジュがどうして自分のデータを見ていたのか、のほうが気になった。
本邸に滞在中、もしや日鞠は気づかぬうちにアンジュの前でなんらかの粗相をしでかしてしまったのだろうか。
それでアンジュが日鞠に大事な息子の世話係を任せても問題ないか急に心配になり、日鞠のことを密かに調べたり査定していた、とかだったらどうしよう。
そういえば、咲夜のほっぺたを一度思いっきり叩いてしまったこともある。
あの時は確か桐生院と兄の玲司もその場にいた。
日鞠は内心ダラダラと汗をかいた。
「あの……それで、どうしてアンジュ様は私のデータをご覧に?」
「実は今日はそのことについてヒマリと話し合いたいと思ってたの」
アンジュが表情を改めたので、日鞠の緊張は否が応でも高まった。
「一度詳しくあなたの体を調べさせてもらえないかしら」
「え? 私の体、ですか?」
日鞠は思わず間の抜けた声を出したが、アンジュは真剣にうなずいた。
「あれだけ近くでサクと長時間一緒にいて、あなたは寄生植物の放出する揮発成分の影響をほとんど受けていない。家族やずっと近くにいたヤエ以外で、そんな人間はヒマリが初めてなの。外部の脅威に対する免疫作用が強いのか、もしかしたら特殊な抗体を持っているのかもしれない」
(む、むずかしい……)
日鞠の頭はこんがらがった。
「……えーと、もしそうだとしたら、どうなんでしょうか……?」
「サクを治すための特効薬が作れるかもしれない」
「え」
日鞠は目を見開いた。
花守の少女~若様の世話係は、甘い香りに包まれる~ kana @g520236
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