第18話 若様のにぎやかな朝

執事長が予言したとおり、父親の理人が帰ってきたことは、翌朝すぐに咲夜の知るところとなった。


屋敷中に派手な口論が響き渡っていたからである。


「大丈夫なんでしょうか、あれ……」


日鞠は朝食の給仕をしながら、思わず咲夜にそう尋ねていた。


時折、皿や陶器が派手に割れる物音も混じって聞こえてくる。


「どうせ父親が帰ってきて、また飽きもせずに二人で喧嘩してんだろ」


咲夜は慣れっこなのか、身じろぎ一つせずに、トーストにジャムを塗っていた。


そこへ出勤前の玲司がスーツ姿で現れた。


咲夜はトーストにかじりつきながら、玲司をにらんだ。


「いい加減、俺は帰るぞ。ぐずぐず残ってたら、こっちにまで飛び火する」


言ってる内容は昨日とさほど変わってないが、その様子はどこか投げやりだった。


「好きにしろ。車は手配してやる」


玲司もどこか倦怠感をにじませていた。


二人とも、両親に何か思うところがあるのだろうか。


日鞠はほぼ初めて、咲夜と玲司が似ていると感じていた。


兄弟の関係性をひそかに心配していたが、実はそれほど仲が悪いわけではないのかもしれない。


玲司がいつもより早めに出勤し、咲夜も手早く朝の支度を済ませた後で、執事長が車の手配の件で咲夜の部屋にやって来た。


「いつでもご出発できますが、いかがなさいますか? 旦那様と奥様にご挨拶されるようでしたら、私がお二人に声をかけてまいりますが」


執事長の勇気ある申し出に、咲夜は首を横に振った。


「どうせあと半日は他人が何か叫んだところで聞こえないだろ。準備ができたらそのまま出発する」


「かしこまりました。それでは一階でお待ちしております」


執事長が一礼して部屋を出ていくと、咲夜は日鞠に顔を向けた。


「帰るぞ、日鞠」


咲夜の短い一言に、日鞠は息をのんだ。


「咲夜様、今……」


「なんだ」


「い、いえっ。かしこまりました」


日鞠は慌てて答えると、急いで出発の準備に取りかかった。


――初めて、咲夜に名前を呼ばれた。


それは咲夜にとって特に深い意味はないのかもしれない。


けれど日鞠はようやく自分のことを認めてもらえたような気がして、嬉しかった。

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