第12話 若様の実家
日鞠が咲夜と共に連れていかれた宝城家の本邸は、個人の邸宅という言葉では形容しがたい、もはや城のような場所だった。
二階建ての左右対称の洋館にはざっと百以上の部屋があり、庭には大きな噴水まである。
咲夜は二階の大きなゲストルームの一室に入れられ、日鞠はその近くの部屋をあてがわれて、咲夜の世話を命じられた。
ゲストルームは海外からの訪問客が滞在できるよう浴室とトイレが部屋の中に完備され、食事さえ部屋に運べば、生活はその中ですべて事足りてしまう。
日鞠の仕事は、厨房から運ばれてくる料理の皿を、咲夜の部屋の中まで届けることくらいだった。
「あなた、素顔のまま咲夜様と接して平気なの?」
滞在二日目の午後、咲夜の昼食を運んできた女性の使用人が、興味津々の顔で日鞠にそう尋ねた。
見たところ、使用人は皆マスクをつけている。
窓もいたる所全開で、換気に相当注意を払っているのが察せられた。
そんな中、防御なしで咲夜に近づく日鞠は、他の使用人たちから特殊な人間と思われているらしかった。
「長時間そばにいるわけではありませんし。咲夜様自身、普段から気をつけていらっしゃいますから。そこまで警戒しなくても大丈夫ですよ」
日鞠がそう説明すると、相手は慌てた様子で「しーっ」と指を口の前に立てた。
「あなた、新しい人みたいだから知らないんでしょうけど、このお屋敷で咲夜様を擁護するような言葉を口にしちゃダメよ。玲司様に目をつけられてしまうから」
声をひそめて力説されたが、日鞠としては、玲司には既に目をつけられているも同然だった。
日鞠はつい疑問を口にした。
「ご兄弟の仲はよろしくないんでしょうか?」
古株と思しきその使用人は、声をいっそうひそめて話し出した。
「昔から特別に仲がいいわけでもなかったけれど、三年前に咲夜様が原因で玲司様の婚約が破談になってしまったのよ。咲夜様はその直後に別邸に移られたんだけど、時期を前後して奥様もお屋敷を出ていかれてしまって。全部が全部、咲夜様のせいってわけでもないんでしょうけど、でもやっぱりね」
女性は話しすぎたと思ったのか、周囲を心配そうに見回すと、日鞠に食事のトレーを引き渡してそそくさと立ち去った。
あれこれ詮索するのもはばかられるので、日鞠は必要以上に気にしないことにした。
そのままトレーを持って、咲夜の部屋へ向かう。
「咲夜様、食事をお持ちしました」
返事はなかったが、日鞠はドアを開けて中に入った。
玲司に無理やり連れてこられてから、咲夜は心を閉ざしたように部屋にずっと閉じこもっていた。
内側から鍵をかけて人を締め出すようなことはしなかったものの、話しかけてもほぼ無反応で、業を煮やした玲司によって、日鞠は定期的に咲夜の様子を確認するよう言いつけられていた。
中に入ると、咲夜はベッドで眠っていた。
日鞠もそうだが、普段と違ってここでは洋装の格好をしている。
テーブルの上に置かれっぱなしの朝食は、手つかずの状態のままだった。
咲夜が朝食を抜くことはこれまで何度かあったが、今は食べないことで抵抗の意思表示をしているのだろうか、とあれこれ深読みをしてしまう。
咲夜に近づいて様子をうかがうと、咲夜は寝苦しそうな表情でうなされていた。
「咲夜様、咲夜様」
静かに呼びかけたつもりが、咲夜は驚いたように体を跳ね起こすと、日鞠の手をつかんでひねり上げた。
「いたっ」
思わず顔をしかめると、咲夜はようやく目の前にいるのが日鞠だと気づいたようで、手の力を緩めた。
「……悪い。昔の夢を見てて、頭が混乱した」
しばらくぶりに咲夜が日鞠に口をきいた。
咲夜の顔色は蒼白で、呼吸も荒かった。
日鞠が急いでコップの水を差し出すと、咲夜は一気にそれを飲み干した。
空になったコップを受け取る時、ブラウスの袖から咲夜の腕が肌をのぞかせた。
白い地肌に、赤ずんだ花びら模様が湿疹のように浮き出ている。
首筋や胸元に似たような斑紋が出ているのは何度か見たが、腕まで広がっているのは初めてだった。
しかも色味がいつもより濃く、なんだか痛々しい。
「咲夜様。お体の具合は大丈夫ですか?」
そう尋ねても、咲夜はぶっきらぼうに「いつもと同じだ」としか答えなかった。
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