第7話 落雷と若様と in the afternoon

咲夜の羽織を布団にして一夜を明かした日鞠だったが、本を拾い集めて階下の自室に戻ると、すぐに朝の身支度に取りかかった。


髪を結い終え、最後、部屋の鏡で確認すると、いつもは低い位置で一つ結びに束ねているだけの後ろ髪が、今は三つ編みになっていた。


首のつけ根から一本の太いしめ縄が垂れ下がっているようにも見える。


普段と比べて見た目にさほど違いがあるわけではないのだが、気を引き締めて仕事をしよう、という日鞠の決意が、三つ編みの一編み一編みにささやかながら込められていた。


外に出ると空はきれいに晴れていたが、雷だけでなく風も強かったのか、植木の葉っぱが庭に点々と散らばっていた。


そうじに洗濯、ついでに隣家の管理人さんに建物の電気系統のチェックをお願いしているうちに、あっという間に午前が過ぎた。


薬の都合もあるので、咲夜が目を覚ましているか一度様子を確認しに母屋へ向かって歩いていると、どこからか「日鞠ちゃん」と声をかけられた。


歩みを止めて周囲を見回すと、池のそば近くの築山で、颯太が脚立の上から手を振っていた。


日鞠も手を振り返して颯太に近づいていった。


「こんにちは。今日は来てたんですね」


「うん。天気荒れてたけど、こっちは大丈夫だった?」


「ははは…まぁなんとか。颯太さんのお家は大丈夫でしたか?」


「うちは雷のせいでちびっこたちが大騒ぎ。全然寝れなかったよー」


ちびっこ、ということは。


「弟さんか妹さんですか?」


日鞠がそう尋ねると、颯太からは「両方とも」という答えが返ってきた。


「俺、七人きょうだいの三番目だから。しかも一番上の兄貴の子どもが二人いるし」


「すごい。にぎやかそうですね」


「もうすんごいうるさいよ。だからこのお屋敷の庭は俺の安息地なの」


颯太は朗らかに笑った。


たしかに颯太の他人への接し方を見ていると、いかにも大家族の中で育ちました、という感じがする。


きょうだいの話題が出たので、日鞠は妹の風佳のことを思い出した。


入院中だが、体は大丈夫だろうか。


少しでも良くなっているといいのだけれど、と思いをはせていると、脚立の上から颯太の手が伸びてきて日鞠の頭に触れた。


「これが頭についてた」


颯太は小さな花びらを指先でつまんで日鞠の顔の前にかざした。


「そういえば髪型、いつもとちょっと違う?」


「三つ編みにしてみました。気分を変えてみようと思って」


「そっか。似合ってるね」


てらいのない誉め言葉に、日鞠が照れてはにかんでいると、視界の端で、母屋の障子窓から咲夜の姿が見えた気がした。


母屋に顔を向けると、珍しいことに、普段は全開になっている障子窓が横に動いてちょうど閉じるところだった。


咲夜が起きたのかもしれない、と思い、日鞠は颯太に挨拶して母屋へ小走りした。


建物の中に入ると、咲夜は既に起き上がっていた。


「咲夜様。おはようございます。今、お食事と薬をお持ちしますね」


日鞠が慌ただしく出ていこうとすると、後ろから咲夜に三つ編みをつかまれた。


痛くはなかったが、いきなりそんなことをされたら転倒しかねない。


「ちょっと咲夜様! 危ないじゃないですか」


後ろを振り返って思わず苦言を呈すと、咲夜は三つ編みの先端を握ったまま、なにやら難しい顔をして立っているだけだった。


かなり機嫌が悪そうである。


「咲夜様。手を放してください」


もう一度声をかけると、咲夜はようやく手を開いたが、その瞬間に三つ編みがほどけて、日鞠の背中で髪の毛が扇状に広がった。


しょうがないので、そのまま部屋を出て台所へ向かう。


たまたまなのかもしれないが、日鞠には、咲夜が三つ編みから髪ゴムをわざと抜き取ったような気がしてならなかった。


咲夜の前で寝落ちするという醜態をさらしたこと、まだ怒っているのかもしれない。


少しずつ咲夜との会話が増えてきたと思っていたところだったので、それだけに日鞠の落胆は大きかった。


せっかくの三つ編みも、それに込めた決意も台無しである。


咲夜に信頼してもらえる日は訪れるのだろうか。


日鞠はそっとため息をこぼした。

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