第2話

「しずくってどう書くの?」

「あ、、」

わざわざ後ろを向いて尋ねてきたこと、しっかりと目を見て尋ねてきたこと、普通の人はきっとそんなことに困惑せずにそのまま会話を広げられるのかもしれない。でも、僕はそうじゃない。

前の席に座る鮎坂優香さんは、別に興味があるわけでもなさそうに、「こう?」といって雫という漢字を僕の机に書く。


「ひらがなで、しずく」

一言で僕は返し、すぐに会話を切り上げようとする

「ひらがなか!いいね!」

「ありがとう」

ここで会話は終わると思っていたし、終わらせてほしかった。


「私もひらがなとか漢字一文字の名前が良かったんだよね~鮎坂まではいいのに優香ってなんか普通じゃん~」

「そうかな」

「そうだよ!海瀬しずくって文字にしてもきれいな形だしかわいくて羨ましい!」


だから早く会話を切り上げたかったんだ。僕は自分の名前が好きじゃない。女の子みたいだと小学生の時にからかわれたことだってあるし、僕自身も女の子みたいな名前で嫌だと思っていた。

もし、同じしずくでも、雫と漢字だったなら少しは男の子らしい名前に近づけていたかもしれない。ただでさえ女の子みたいな名前なのにひらがなだと余計にそう感じてしまう。


その後も鮎坂さんとの会話は続いて、気が付けば2時間目の始業のチャイムが鳴っていた。

10分にも満たない会話の中で、優香という名前が大した意味もなく付けられたこと、高校1年生になってすぐからずっとバイトをしていること、彼女は自分のことを恥ずかしがることもなく話してくれた。

僕の学校はそれなりの進学校という事もあり、バイトに打ち込んでいる子がいない訳ではなかったがかなり少数であったため若干の違和感を覚えた。





「ただいま」

「おかえり、お父さんもうすぐ帰ってくるから、ひなたが出たらお風呂入っちゃって」

「姉ちゃんもう帰ってるんだ。姉ちゃん出たらLINEして」

母さんとの会話が終わるとすぐに自分の部屋へ行き、ベッドに横になる。

目的があるわけでもなくスマホを開き、SNSを眺める。ホーム画面に戻るとLINEの通知が入っていることに気が付く。

てっきり姉ちゃんが風呂から出て母さんからのLINEが入ったのかと思ったけど、違った。


新しいクラスになって初日だというのにもうクラスラインのグループができていた。3年生ということもあり、クラスの中には過去2年間で同じクラスになった子もいたからLINEを知られてるのも不思議ではない。

意識していたわけではないけれど気が付けばグループメンバーの中から鮎坂さんの名前を探していた。

本名で登録されていたこともあり簡単に見つけた鮎坂さんのアイコンは、友人との加工アプリで撮った笑顔の写真だった。

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