第五話 殺人について

 お母さんから、家を出てはいけないと言われた。

 けれどぼくはそれを無視し、隙を見つけて外出した。

 行先は公園。今日の天気は雲が多めだ。太陽は、見えない。

 

「ねえ首領。ぼくの先生が殺されたんだ」

 公園には当たり前のように首領がいた。そして当たり前のようにぼくは抱っこされる。

 首領は優しく笑っている。ただただ優しく笑っている。

「きみは先生が殺されて、どう思った?」

 気軽な感じで、ぼくにたずねた。


「わからない」

 ぼくは答える。

 わからない。

 いろんなことが頭の中で、ぼんやりと浮かんでいるだけだ。


「そっか。それじゃあ、私は喋りたいことを喋ろう」

 首領は、言った。

「何かを殺すこと。それは力を持った者には、カンタンなこと」

 それから、右手を前に出した。

 なんだろうと思い、手の先の方向を見る。

 そこには一匹のトカゲがいた。

 トカゲは何をするでもなく、その場でじっとしている。


「死ね」

 短く、そう首領は呟いた。

 次の瞬間、トカゲから赤いものが吹き出した。

 なんだろう。

 ああ、そうか。

 血だ。

 首と胴体が離れ、それぞれの断面から真っ赤な血が流れ出ている。


「どう思った?」

 首領は再び、ぼくにたずねる。

 ぼくはトカゲの首と血をぼんやりと眺めた。

 赤いな。痛いんだろうな。まだぴくぴく動いている。たった一言で殺せるんだ。トカゲは甘いものが好きなのかな。お日様を今日は見ていないな。お母さんに外出がばれていないかな。学校はいつ始まるんだろう。今朝は妹が泣いてたっけ。首領に抱っこされているのは暖かいな。

「わからない」

 いろいろと思ったけれど、口にしたのはその一言だった。


 首領は話を続ける。

「殺すことは、楽しいことだよ」

「楽しいの?」

「殺すことは命を支配すること。存在の根幹を好き勝手にすること。とてもとても、楽しいよ。トカゲを殺すのも楽しいし、人間を殺すのも楽しい」

「殺人は楽しいこと?」

「私は今まで、たくさん楽しんできたよ」


 トカゲの首と胴体は、動かなくなった。

「魔法の力を強くしていくと、やがて人間としての枠を超えていく。そうなると、殺人の罪悪感を処理できるようになるんだ。罪悪感そのものは消えないけれど、『それはそれ』として考えられるようになる」

 先生が死んだときも、赤い血が噴き出たのだろうか。

「かわいそうと楽しいが、心の中で一緒に並ぶんだ」


 パン!

 首領が両手を叩いた。

「今日はここまで。それじゃ、またね」

 そう言って、ぼくを膝の上から降ろす。

 ぼくは家に帰った。


 今日の首領の話は、よく分からなかった。

 


 

 

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