第四話 支配について

「それじゃ今日は、さっそく魔法を見せてあげよう!」

 また次の日。いつもの公園。いつもの首領。いつもの抱っこ。

「さあさあ、とくとご覧あれ!」

 首領は両手の人差し指をリズミカルに振り始めた。まるでオーケストラの指揮者さんみたい。

「ふふん♪」

 なんとも楽しそうだ。


「あれ?」

 ふと、気づく。

 公園のあちこちに散らばって落ちている小石。

 それらが、なんだか、動いているような気がする。

 こちらに向かって、転がってきているような気がする。

「それ!」


 首領の掛け声と共に、小石たちは一気にぼくたちの座っている長椅子の前に、集合した。

 そして、カチカチ、という音と一緒にいくらかの塊を作っていく。

 塊はやがて、小さな人の形へと、変わっていった。


「すごい、小石の人形だ」

 数は八体。公園の小石が集まって形成された人形たちが、ぼくらの前で並んでいる。大きさは10センチほどだろうか。

「さあ動け!」

 首領は指を振り続けている。

 人形たちは軍隊のように行進を始めた。


 小さいながら、一糸乱れぬ動きのおかげで、なかなか様になっている。

 次は全員がその場で宙返り。うまいものだ。

 かと思ったら、今度は全員で殴り合いを始めた。ボクシングのつもりだろうか。

「ふふふ、愉快愉快!」

 首領が言った。


「ああ、これまでどれだけ多くの人間をおもちゃの様に支配してきたか! 恐怖によって心を縛り、力によって愛を破壊し、絶望によって希望を断ってきた!」

「ふうん」

「命よ我に跪け! 暗黒に征服されよ! 永劫の支配が……汝らの未来だ! ははははは!」

「ねえ首領」

「うん?」

「人形にげてるよ?」


 ぼくは前を指さす。

 人形たちは好き勝手に動いていた。

 公園のあっちこっちに行って、そこで鬼ごっこをしたり、ひなたぼっこをしたりしている。人形たちは喋らないが、それでもなんだか笑い声が聞こえてきそうだった。

「首領の言うこときくの、飽きちゃったのかもね」

「あれぇ?」

 

 首領のおどろいた顔が、なんだかおもしろい。

「失敗しちゃったね」

「たはは……いやはや支配というものはむずかしいね、やっぱり」

「むずかしい魔法だったの?」

「いや、支配という行為そのものが、むずかしいんだよ」


 相手に自分の言うことをきかせるというのは、そんなにむずかしいのだろうか。たとえば、ぼくは学校の先生の言うことはきいている。担任の先生はたくさん宿題を出してくるが、きちんと全部やる。

「それはだいぶ緩やかな支配だからだね。宿題は面倒だけれども、言ってしまえば面倒なだけだ」

 でも、あの人形たちは違う。首領はそう言いながら、遊びまわる人形たちを眺めた。


「私は人形たちの自由すべてを奪おうとした。その存在そのものを、私のものにしようとした。だから、反抗されたんだ。これは、当たり前のことだよ」

「当たり前なの? 首領は、反抗されてもいいの?」

「かまわないよ」

 はっきりとした口調で、そう言った。


「私は、己の暗闇を大切にしてくれることが、好きだ」

「己の暗闇?」

「自分の中にある曲げられないもの、大切なもの。決して無くならないものだよ」

「それは暗黒なの?」

「それは光でもある。けれど暗黒でもあるんだ」


 一つ、とある組織の話をしよう。首領はそう言った。

「私の配下に、平和を愛する女の子がいた。彼女は自分の出身次元の地球だけでも、争いを無くしたくて、組織を作った。怪人たちを操って、全ての国々を打ち滅ぼし、最終的に地球帝国を建設した。世界は平和になった。本当に、みんな幸福になったんだよ。それだけは確かだ。でも、その過程で十億人が死んだ」


 その話に少し、圧倒された。なにも言えない。

「平和への願いは光でもあり、暗黒でもあった。でも女の子からしたらそれは分かり切った話。最後まで、自分の中の曲げられないものを持ち続けた。ヒーローたちが立ちふさがったけれど、彼女どうしたと思う? 首領である私の一部を次元エネルギーに変換して、兵器化したんだ。いやー、あれは痛かった」

「大丈夫だったの?」

「まあ、なんとかなりました。他の配下からは『あの女、殺してしまいましょう!』とも言われたんだけど、かまわない。彼女が自分のしたいことを最後まで出来たんだから」

「その女の子はすごいね」

 

 すごいと思った。ただただそう思った。

 ぼくは女の子のように、一つのことに一生懸命になれるだろうか。

「みんなそれぞれ自分だけの暗黒を持っている。そしてその暗黒で誰かを呑もうとしている。だけどね」

「だけど?」

「自分の暗黒では呑み込むことができない暗黒があることを知る。決して揺るがない他者の暗黒を知る。そこに、敬意を抱く。覚えておいて。他者に敬意を抱かないと、支配は難しくなるよ」


「すごい、って思うことが大切なの?」

「そうだね。それに、すごい、を探すことはきっと楽しいよ」

 からん、という音がした。

 ぼくは周りを見渡す。


 いつのまにか、小石の人形たちは公園の外にまで行っていたようだ。

 そこで人形たちの体は、ぽろぽろと崩れ去っていく。

 バラバラに、なっていく。

「公園の外に出たから、魔力が切れたんだね」

「もう動かないの」

「動かない」

 なんだか、寂しい。









「おい、ニュースで取り上げる時間が短くないか。大事件だぞ」

「どうしてこんなことに……信じられない」

「二人はどうしてる?」

「今日はもう部屋に行ってるわ。テレビは見せない。ああ、でも」

「その内、知るだろうな」

「こんなことが、ありえるの」

「嘘であってほしいよ」


 帰ってからのこと。

 今回も、ぼくの盗み聞き。

 

「本当に優しくて、いい人だったのよ……買い物帰りに会った時、小学校であの子がどんな風に過ごしているのか、一つ一つ楽し気に教えてくれたわ。子供が大好きだったのね、きっと。そうじゃなければ、あんなに事細やかに記憶して、その様子を口で説明できない」

「確か32歳で……お子さんが一人、いたよな」

「……」

「ああ、くそ。かわいそうにな」

「酷過ぎるわ、こんなの」


 今日の夕方頃のことらしい。

 この町でまた、殺人事件があった。

 被害者は小学校教師。

 ぼくのクラスの担任だった。


「……今回も魔法のようだったらしいな。自宅の庭でバラバラに」

「おねがい、やめて」

「……すまない」


 ぼくも実はちょっとだけニュースを見た。

 先生は家の庭で、両手両足をもがれていたらしい。

 まるで漫画に描いてあった、車裂きの刑みたいだ。

 

 先生が殺されたとき、家に先生の家族は誰もいなかった。

 そして、家にだれかが侵入した形跡も無かった。

 犯人はどのように先生を殺したのだろう。


 ぼくはなんとなく、思った。

 小さな人形だったら足跡は残らないかもしれない。

 小さな人形でも、たくさん集まって頑張れば、人の手足を引っこ抜けるかもしれない。

 

 なんとなく、そう思った。

 

 

 

 

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