第二話 魔法について

 結局、事件のために小学校は一週間休校となった。

 

 その間、ぼくは家の外に出ることも出来ず、体がウズウズしっぱなしだった。

 

 そんなぼくを母も見かねていたのだろう。四日経って町全体の警戒感が薄れ始めていたのも相まってか、外出許可がでた。

 

 ただし、妹はまだ駄目。もうしばらく、幼稚園の休園による退屈を味わってもらうことになった。

 ぼくが家を出る時の、妹のあの恨めしそうな顔ときたら。


 ぼくはすぐに公園へと向かった。

 

 天気は前と同じく快晴。風は暖かく、花の匂いを運んでくれる。空中を踊る蝶が、そこら中にたくさんいた。

 

 公園に着くと、首領が前回と同じく、木の下の長椅子に座っていた。服装も同じだ。空を楽しそうに眺めている。


「むぎゅー♪」

 

 近づいたら、有無を言わさず抱きしめられた。

 そして、あっという間に膝の上。

 まあいいけど。


「また会ったねー、元気してた?」

「学校がお休みだからヒマだった」

「今日は何をしようか?」


 首領と一緒にやりたいこと。それはもう決まっている。


「また魔法を見せて。火の魔法のほかにも、いろんな魔法を持っているの?」

「もちろん! 私ほど魔法をたくさん知っている存在も、なかなかいないよ。異能の総合百貨店と呼んでもらっていいですよ、はい」

「異能って?」

「魔法のような不思議な力は、世界によってそれぞれ、いろんな呼び方があるんだ。異能、スキル、ギフト、術、忍法……とにかくたくさん。みんな色々と違いがあるんだけど、共通点が一つある」


 それはなんだろう。


「その世界のルールから距離を置いて成立していることだよ。例えば前に見せた火の魔法。メラメラと燃えてオレンジ色というところは、この世界のルールに従っている。だけど触ることが出来るのは、魔法によって用意されたもう一つのルールだね」

「ルールは自由になんでも用意できるの?」

「なんでもは出来ないよ。異能の力よりも、世界全体の力の方が大きいからね。魔法に出来るのは、その世界のルールにほんの少し、別のルールを追加することだけなんだ」


 追加、か。

 ああ、そういえば。


「ねえ、魔法のことをどうしてみんな知らないの? とってもすごいのに」

「うーん、理由は二つあるね。まずは一つ目。『記憶に残りにくい』。魔法をちらっと見ただけだと、みんなあっさり忘れちゃうんだ」

「そうなの?」


 それは変ではないか。あれだけインパクトのある現象を簡単に忘れることなどありえるのか。


「世界がみんなの記憶から、魔法の記憶を消そうとするんだよ。さっきも言った通り、魔法のルールと世界のルールには距離がある。そして、基本的に世界のルールの方が強いから、魔法のルールを消してしまおうとするんだ」

「世界が、消そうとするんだね」

「そうだね。例えば、魔法の力で人を殺してしまうとする。でもニュースでそれを知っても、『おかしい』という感情は長続きしない。よほど奇妙でない限りね」

 

 これはおかしい、という違和感が、世界によって薄められていくということか。消しゴムで字を消すように。


「やがて『そういうこともあったね。不思議だね』程度になっていくんだよ。ただ、殺された人に近しい人とかは別だね。心に与えられた衝撃が、大きすぎる。世界の強制力に抵抗出来るんだ」

「ぼくが首領の魔法を覚えているのも、魔法はすごいって思ったから?」

 

 心に衝撃を受けたからなのか。


「目の前で見たからね。一生覚えているよ」

 

 それは、よかった。


「まあ、これも次元によって違いがあるけどね。魔法が当たり前に認識されている世界もいっぱいある。とはいえ、まずはこの世界のルールを覚えていればいいよ。さて、魔法が知られていない理由の二つ目。『隠す方法があるから』だね」

「隠す方法?」

「例えば、世界じゃなくて、魔法を使う側が、記憶を消すやり方がある。少し複雑だけど、覚えると便利だよ。失敗すると相手の脳をダメにするけどね」

 

 めちゃめちゃこわい。


「よーし、それじゃ」

 

 首領はぼくの目の前で、ピンと右手の人差し指を上げた。


「もう一つ、魔法を隠す魔法がある。それを実際に見せてあげよう」

 

 指を「えい」と一声出しながら、振るった。


 世界の空気が、変わった

 変わった気が、した。

 

 それは生まれて初めての感覚。風景は何も変化していないのに、心がそれを否定する。

 

 花は花。蝶は蝶。空は空だ。

 けれど。

 

 あたりをきょろきょろと見回す。

 現実感のない、現実だ。


「びっくりさせてごめんね」

 

 首領は優し気にそう言った。

「ちょっと世界と公園を切り離したんだ」

 

 切り離した?


「世界をコピーした、って言ってもいいかな」


 その時、公園に面する歩道を、誰かが歩いているのが見えた。

 ぼくはすぐに、それが誰かを理解する。


「あ、先生」


 ぼくが通う小学校のクラス担任の先生だった。32歳の女の人で、小さいお子さんが一人いるらしい。いつもぼくたちに、いかに我が子が可愛いかを熱弁している。


「先生ー!」

 

 ぼくは先生に声をかけた。しかし。


「あれ?」

 

 先生からの反応はない。そこまで離れていないはずなのに、声が届いていないようだった。


「こっちの空間からあっちの空間には、声は届かないよ。この空間はもともといた世界から独立しているからね」

「どういうこと?」

「まず私がしたのは公園のコピー。細部に至るまで出来るだけ完璧にね。で、それからこの世界のすぐ隣にそのコピーを貼り付けたんだ。コピー元の公園は、そのまま同じ場所にある。イメージ、出来るかな?」

「うーん、ちょっと難しいかも」

「なんとなくでいいよ。公園そっくりの場所を作って、そこに普通の人が入ってこれなくした、っていう考え方で大丈夫。こういう空間で魔法を使えば、普通の人にばれることはないってことだよ」

 

 ぼくは改めて辺りを見回す。世界のコピー、か。同じようで、同じではない。なんだかそんな感じがする。


「世界とつながっているし、つながっていない、だね。さて、この独立空間の中では、いろんなことが出来るよ。それ!」

 

 パチン。首領が指を鳴らした。後で指の鳴らし方を教えてと、首領に頼む。

「いいとも♪」

 

 それはさておき。

 

 ふと、気づく。

 空の色はたしか青色だったはずだ。

 それがなぜ緑色をしているのだろう?


「まだまだ変えていくよー」

 

 パチン、パチン、パチン。

 首領が指を鳴らすごとに、空の色が変わっていく。

 橙、ピンク、黄色、紫、銀、金。


「すごい」


 ぼくはまた、そんな言葉しか言えなかった。


 まるで照明のライトを切り替えるように。

 空の色彩が移り変わっていく。


 ああ、空の色とは、その世界を支配する色なのかもしれない。

 空が青であれば、支配者は青。

 空が緑であれば、支配者は緑。空が橙であれば、支配者は橙。空がピンクであれば……支配者が移り変わっていく。


「これで、おしまい」

 

 最後は黒。

 暗黒が支配者となる。

 

 夜とは違う。月も星もない。

 光のない暗闇に包まれる。


「魔法ってなんでも出来るんじゃないの。こんなにすごいのに」

 

 なにも見えない中、首領が抱きしめてくれている、ということだけがぼくの感覚の全てだった。


「なんでもは出来ないよ。空の色を変えたのだって、公園を切り取った、この空間だけ。時間制限だってある。後2~3分でもとの世界に戻るよ」

「そっか、そうなんだ」

「どんな力を持っていても、限界はあるよ。戦って負けることもある。上には上がいる。弱点のある力だって多い」


 

 ねえ、魔法で一番大切なことはなんだと思う? 首領はぼくに言った。


「それはなに?」

「自分のしたいことを考え続けること。それさえ忘れなければ、能力は大きく広がっていくよ」

 

 

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