♰Chapter 48:終わらない死闘
「おにーさん! わたしが盾になる! だから――!」
姫咲はオレが前衛に向いていないことを見抜いていた。
暗殺者とは本来乱戦にも一対一の騎士道を重んじる対人戦にも向いていない。
だが姫咲が盾になり、注意を引いてくれるというのなら。
そこは暗殺者の本分だ。
”あああああああああ!!!”
「〔反逆の血盟〕」
姫咲に向けて放たれる酸の吐息。
それを彼女は血液で半透明の盾を作り出すことで防ぐ。
「――フッ!」
回り込んだ灰の脊椎に短刀を突き立てる。
だがその刃は通らない。
身体中が恐ろしく固い皮膚で覆われている。
黒幻刀でもわずかに傷を付けるのがやっとだ。
鋭利な尾が別の生き物のようにオレに襲い来る。
「ちぃっ!」
距離を取ったオレに灰は視線を合わせる。
「魔眼も持っているのか……⁉」
その効果で筋肉が硬直しかけるが、琴坂の加護はまだ生きている。
オレはすぐに立て直すと基礎火魔法を放つ。
それを灰は異常に発達した右腕で薙ぎ払った。
まるで今までの異能の総括だ。
尾の攻撃、鋏の攻撃、酸の吐息、麻痺の魔眼、剛腕、硬質化。
加えて見慣れない回復能力すらあるようで、些細な傷もすぐに治ってしまう。
「やああああ!!」
姫咲が接近し、灰に斬りかかる。
一撃、二撃と打ち合わせているが、これも大したダメージは見込めない。
――固有魔法は……ダメか。
声の存在がオレの呼びかけに答える気配も、無断で固有魔法を使える気配もない。
「肝心な時に……!」
”からす、からす、からす。ああ、かつてのおまえにもどってくれ。そしてそのおまえをおれとおなじそんざいへ”
すでに忘我してしまったのだろう。
赤い瞳はオレたちを映し続けている。
視ているのはただ敵としてであり、本質を視てはいない。
「おにーさん、このままだと!」
オレたちには一呼吸を入れる暇すら与えられない。
常に複数の屍食鬼から狙われ、灰の強力な異能で命を狙われている。
おまけにオレは固有魔法を使えず、斬っても打っても相手には響かない。
――どうすれば。
「姫咲!」
「なに、おにーさん!」
「お前のその力は自由に形を変えられるのか?」
「そうよ! よほど複雑じゃない限りは!」
「なら一発でいい。頭部の甲殻を貫けるだけの矛を作ってくれ。できるだけお前から注意を逸らすから」
「分かった!」
オレは再び灰に接近する。
”はやくおまえもこちらがわへこい!”
「悪いがそうしてやることはできないな!」
近距離戦では灰の注意はオレに向く。
その代わり懐で戦うオレには猛攻が襲うが丁寧に裁いていく。
「呪いに蝕まれた今のお前と分かり合うことなど期待していないが、今のオレと昔のオレは違う。時間は人を変えるんだ、灰。不変なんてものはただの偶像に過ぎない」
”だまれだまれだまれ! ふへんはここに、おれのばしょにある!!”
一層激しく爪が、腕が、振るわれる。
乱雑で冷静さを欠いた攻撃なら反応することは十分に可能だ。
「お前のそれは単なる理想の押し付けであり、停滞だ! 自ら進む意思を持たず、自分だけが幸せな夢を他人に強要するな!」
”あああああああああああああああ”
灰の周囲にいる屍食鬼が一斉にオレを見る。
その全ての瞳に魔眼が宿っている。
――先程までただの屍食鬼だったのに、異能を共有したのか⁉
「ぐっ……!」
――パキン。
オレに与えられていた琴坂の加護が砕ける感覚に襲われる。
それだけでなく、視線を逸らしていても身体は動かなくなっていく。
魔眼の条件は対象と視線を合わせること。
だったはずなのに、今はその条件は行使者が視界に入れたら無条件となっている。
”おれのものにならないならきえてしまえ!”
吐息が渦を巻き、淀んだ瘴気がオレに向けられる。
「させない!!」
姫咲はオレの背後から飛び上がると血の槍を投擲する。
限りなく先端を尖らせ、貫通力に全てを注いだ攻撃だ。
血色の粒子をばらまきながら灰の頭部に突き刺さる。
”ぐ、ああああああああああああああああ!!!!!!”
「駄目! これでも……届かない!」
オレの身体はまだ動けない。
姫咲が接近してねじ込もうとするも灰の周囲には屍食鬼が一斉に妨害に入る。
「くっ!!」
単騎では突っ込むのは無謀だ。
「声紋解呪」
――琴坂。
視界の端に建物の屋上にいる彼女を捉える。
いつの間にか移動してきていたのか。
「助かる……!」
”ゆるさないゆるさないぜったいに!!”
頭部に槍が突き刺さったまま、灰は再び動き出そうとする。
だがそれは複数の白銀の光が縫い留めることで不可能となる。
”ああああああ……あああああああああ!!!!!”
「風よ!」
オレは上空から姫咲を超え、屍食鬼を超え。
身動きを封じられた灰の目の前に着地する。
”なぜなぜなぜ! おれは、ただ――っ!!”
「お前が呪いに見いだされてさえいなければ、あるいは別の選択肢もあったのかもしれないな」
躊躇いなく頭部の槍を押し込んだ。
”あ――――”
灰はそのときだけは人の目に戻った気がした。
それに少しだけ。
ほんの少しだけ胸の奥で不可思議なざわつきを覚えた。
おかしな話だ。
彼は呪いに憑りつかれ、核になってしまった時点で人間を終わらせている。
その時点で生命活動は停止し死んでしまっている。
だが一瞬その目に宿った感情は確かに哀愁と無念とささやかな喜びが含まれた複雑なものだった。
「っ」
巻き起こる暴風が彼の灰を、そして彼自身が屍食鬼にしてしまった人々の灰を攫っていく。
「おにーさん!」
「オレは大丈夫だ。それよりも水瀬を――」
オレの顔の隣りに凄まじい勢いで何かが飛んできた。
アスファルトを砕き、何度も叩きつけられながらようやく立ち上がったのはゼラだ。
「げほっ……何なのよ、あの少女は。わたしの黒骸装ですら持たないなんて」
半身に纏っている硬質化した屍者がぼろぼろと崩れていく。
「八神くん」
隣りに並び立ったのは水瀬だ。
「身体は平気なのか?」
「それは貴方にも言えることよ。私は大丈夫」
直前まで続いていた琴坂の絶唱が水瀬の負担を軽減していたのだろう。
端々に傷こそあるものの、固有魔法による反動はそれほど受けていなそうだ。
「その子は……いいえ後にしましょう」
姫咲を一度見た水瀬だったが、それを振り切る。
目の前の脅威は排除できていないのだ。
「せっかくそろいもそろって私を見てくれるのは悪い気がしないけれど……もう無理に戦う意味もないわね。屍食鬼もかなり銀髪の少女に減らされ、あまつさえ呪怨さえ散らされてしまうなんて――」
「逃がさないわ!」
霧に姿を変えようとする気配を察知した水瀬は、その大鎌でゼラの腕を粉砕する。
完全に身に纏っていた屍食鬼の鎧は失われる。
「忌々しい大鎌ね! 屍冠のゼラの名のもとに、ありったけの屍食鬼をここへ!」
真っ先に反応したのは琴坂だ。
「っ! 絶唱の外側にいた屍食鬼が一斉にこちらに向かってきている! 明らかにその吸血鬼の言葉に引き寄せられてる!」
「ふふふ、逃げられないのなら私の全霊を賭して貴方達をいただくわ!」
不意にゼラの周囲に黒い煙のようなものが纏わりつき始める。
新たな攻撃が来ると予測したオレたちは即座に身構える。
だが――それは彼女にとって予想外のことだったらしい。
「なに、何なのよ、これ……。貴方は、貴方達は消えたはずなのにどうして!!」
”””””あああああああああ!!”””””
同時に方々から一目散に駆けてくる屍食鬼。
それはオレたちを完全に無視し、ゼラに群がる。
「放しなさい! くっ……私の命令が聞こえないの⁉」
数体の屍食鬼に至っては彼女の身体に喰らいついている。
やがて靄から影の触手が生成される。
すると周囲の屍食鬼を無造作に掴み、ゼラの身体を中心として集め始めた。
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