♰Chapter 49:奈落の怪物
†SIDE:ゼラ
「嘘⁉ 上位種のわたしを取り込むつもり⁉」
不気味な咆哮を上げながら私を引っ張り込む触手。
両手両足を掴まれ、身動きは封じられる。
普段の力があれば振りほどくこともできたが、目の前の大鎌使いに消耗させられたせいで抵抗する力は残っていない。
次々に周囲の屍食鬼が身体に纏わりつき、身体が痛む。
急速に取り込まれている感覚を掴みながら意識が混濁していく。
隙間からすっかり狭くなった夜空が見える。
――この手を伸ばしたならあの頃のように彼が手を握ってくれるかしら。
そんな幻想を夢想する。
その腕すらも屍食鬼に貪られ、血肉を撒き散らす。
吸血鬼であっても人間であっても鮮血の色は変わらない。
何百年生きようとも痛覚も決して鈍ることはない。
――ごめんなさい、ヴィン。
死に絶えたはずの核の屍食鬼。
さらにその核として餞別された私が核として接続される間際。
上空から紅の光を見る。
それは真っすぐに降り立ち、影の触手と屍食鬼を断ち切った。
「この大馬鹿野郎!」
「ヴィンス……?」
さらに複数回の小爆発が道を開く。
「近づくなって警告しただろうが! お前に死なれちゃ困るんだよ、この俺がな!」
最終的には爪が荒れ狂い、次々に影を断つ。
それでも影の再生速度の方が早い。
ヴィンセントは強引に手を伸ばす。
「早く手を伸ばせ、ゼラ!!!!」
力なく伸ばした手。
それを力強くつかんだヴィンセントは力の限りを尽くして引き剥がした。
それから地面に叩き落とし、彼はその場に残る――いや残らされる。
私は朦朧とした意識で叫んだ。
このままだとヴィンセントが危ないと理性が警鐘を鳴らしている。
「ヴィン、貴方も!」
「……駄目だな、こいつは。お前がいなくなった今、新しい核を俺に定めたらしい」
頭を押さえられ飲みこまれていくヴィン。
影に触れられると凄まじい無気力感と脱力感に襲われる。
まして彼は片腕を失い、消耗している状態なのだ。
それこそ抵抗なんて真似はできない。
「なぜ……どうしてなのよ……貴方は私のことなんてどうなっても構わなかったはず!! それなのに――」
「お前と過ごした数百年、悪くはなかったぜ」
ヴィンセントは被せるように言葉を紡ぎ、ただ静かに目を瞑った。
笑みも悲しみも浮かべない。
ただ静かに運命を受け入れているような、そんな表情だ。
それっきり。
ヴィンセントは影の触手と屍食鬼に中に飲み込まれる。
「そ、んな……」
災厄の吸血鬼。
呪怨と死肉で構築された万死の裁定者。
一度破壊された人間の核を、吸血鬼を核として再構築された存在。
私の使う巨人よりも二回り以上も大きい異形だ。
辛くて、悔しくて、分からなくて。
眼前の存在に恐怖を覚えるより先に口を突いて出た言葉は彼の名前だった。
「ヴィンス――ヴィンセント!!!!」
――……
†SIDE:八神
「ヴィンス――ヴィンセント!!!!」
眼前で起きていた出来事の全てを見ていても状況が整理しきれない。
それは水瀬も琴坂も姫咲も同じだ。
灰は討ったはずだが突如としてゼラが影の触手と屍食鬼に襲われ始めた。
殺すため、というよりは取り込もうとしていた気配が濃厚だ。
そして彼女を助けたのはどこからともなく現れた〔焔冠〕のヴィンセント。
代わりに彼が取り込まれたということか。
大地に膝まづき、錯乱するゼラの体躯をオレは引き寄せる。
直後に巨体の脚が大地を割る。
――とっさの判断が無ければ唯一の手掛かりを失うところだった。
「ゼラ、あれはなんだ⁉ お前にとってもあれの存在はイレギュラーなのか⁉」
濃密な死の気配。
ともすると水瀬の固有魔法に匹敵するほどの恐怖が周囲を包んでいる。
応えないゼラにオレは首を掴む。
冷静ではあるが同時にそれゆえの焦燥が身を駆けている。
「答えろ! 今すぐに答えなければお前はここで死ぬ!」
「……いいわ。殺せば、いい」
「っ」
瞳には生気がない。
代わりに無気力な心だけが伝わってくる。
「八神くん、彼女は放っておいて! 今は目の前の脅威への対処を!」
オレはゼラを基礎風魔法でかなりの勢いを付けて飛ばす。
近くのビル内の石柱に強く背中を打ち付けているようだったが関係ない。
屍食鬼が多少いたが、ゼラは吸血鬼だ。
普通の屍食鬼との同士討ちで死ぬことはないだろう。
例外があるとすれば新たに生まれ落ちた巨体の屍食鬼だがその相手はオレたちが務める。
今は地上を支配する圧倒的な死への対処が先決だ。
「琴坂、あの呪いの浄化はできるか?」
「浄化自体は効く……と思う。でもあの規模だと部分的。可能性があるとすれば――」
「背理契約譜か」
こくりと頷く琴坂。
魔法使いにとっての切り札はここで使わずして使う道はない。
以前御法川の一件で東雲が使ったものだ。
彼女は守護者らしく制御して見せたがあれは行き過ぎれば人道を外れる代物。
使うのであれば短時間の限定すべきものだ。
それに――琴坂はすでに今夜一度使ってしまっている。
水瀬ほど強烈な反動はなさそうだが二回目の背理契約譜は相当厳しいはずだ。
”—————!!”
それから発される声はもはや鼓膜破りの低音だ。
強烈な振動に動けずにいると夜空に大きな穴がいくつも開く。
そこから産み落とされるのは奈落の怪物たちだ。
ぼとりぼとりと落下してはぎょろぎょろと周囲を見渡し、動き出す。
見た目は低位屍食鬼をさらに醜悪にしたようなものだ。
だがその存在感はもはや屍食鬼とも吸血鬼とも定義できない”何か”だ。
「物量は圧倒的に相手が上! それを覆すには琴音の背理契約譜に賭けるしかない! 私と八神くんで巨体と新たな増援を!」
「ならわたしはこの人を守るよ!」
姫咲が琴坂の護衛を名乗り出る。
初めての顔ではあるが、今はそれを厭っている場合ではないのだろう。
「……わたしは領域を拡張しつつ、背理契約譜の準備を」
敵の総数はすでに五十は下らない。
次々に虚空の輪から生まれ落ちる化け物は主に三種類。
一つ、人型の個体。
二つ、獣型の個体。
三つ、鳥型の個体。
人手は圧倒的に足りないが、己の限界を超えてでも時間を稼がなければならない。
「八神くん、来るわよ!」
「ああ!」
ヴィンセントを取り込んだ巨体は以前よりもさらに頑健かつ俊足になっている。
大振りの拳を水瀬が大鎌で受け止め、オレがその腕を刻む。
黒幻刀でも刃がたわむような衝撃。
「ハアアアアア!!」
腕を駆けあがりながらいつになく力を籠めた気合で腕を切り刻む。
敵の身体中から伸びてくる手は水瀬の精密な基礎火魔法によって焼却されていく。
頭部と思しき場所まであと少し。
一層足に力入れ、加速する。
巨体の赤い瞳がぎらついたよう光る。
”————!!”
「来る……!」
自分の身体のことなどお構いなしに身体中が爆発する。
取り込んだヴィンセントの異能をそのまま継承しているらしい。
煙に巻かれるが直撃はゼロ。
そのまま突っ切って眼前まで到達する。
固有魔法が使える気配はない。
やはり今のオレに任意で固有魔法を使う術はないのだ。
「セアッ……!」
鋼鉄すら生温い硬質な手応え。
全力で突きこむがなかなか外皮を貫くことができない。
そのうち大爆発がオレを覆い、地面に落とされる。
「くっ!!」
「八神くん……!」
「このくらい平気だ……! だがオレでは奴の内部まで刃が届かない! 無理は承知だ、役割を交代してくれ!」
「……分かった! 絶対に死なないでね!」
固有魔法を自己意思で使えないオレは重武装というわけでもない。
オレが敵の攻撃を抑えるタンクの役割をこなせないことを理解していて、水瀬が敵の攻撃を引き付けていた。
だが短刀しか武器のないオレでは巨体には敵わない。
「……柄ではないがやってみるしかない」
水瀬は大きく敵の拳を弾く。
そのまま彼女は周囲の化け物を一掃すると巨体の脚を刻む。
”――――⁉”
流石の守護者というべきか、単純な戦闘力だけなら敵を怯ませている。
水瀬に注意が向いた巨体にオレは自分に出せる最大規模の火魔法を生成する。
灼熱の業火は日々の鍛錬の成果か、周囲を真夏よりも熱くする。
巨体もそれに気づき、水瀬ではなくオレに注意を向ける。
「そうだ、こっちに注意を向けろ!」
そのまま火炎球を巨人に発射する。
だがそれは直撃せず、相手の放った大爆発によって相殺される。
「――〔生命の破綻〕!」
その隙を逃さずこれまでで最大の蒼い軌跡が巨体を駆け巡る。
”—————————!!!”
やはり効いてはいる。
だが水瀬でもこの融合体には何度となく魔法を叩きこまなければ殺し切ることはできない。
一体一体の小さな個体が巨体を形作っているのだ。
当然それだけの数の死が必要だ。
少しも休ませるつもりはないのか、化け物が次々にオレと水瀬に襲いかかる。
対処はできるが巨体は仲間すら構わず圧し潰そうとしてくる。
「あと少し、あと少し耐えてくれれば……!」
琴坂の陣形に侵入を試みた怪物は浄化される。
基本的には屍食鬼と同じ呪いによる存在なのだろうが、一部の化け物には浄化に対する耐性が付いている。
これまでには無かった傾向だがこれも強力な巨体が与えた権能だろう。
そして浄化の範囲外から鳥型が呪詛を濃縮した吐息を射出する。
――あれは遠距離攻撃もできるのか。
姫咲は強烈な化け物を複数相手取りつつ、飛翔体からの呪詛にもよく対応している。
紅の線が走るたびに化け物は両断され、灰に消えていく。
だが姫咲のすぐ近くには身動きの取れない琴坂がいる。
それからは地獄のような遅滞戦術が繰り広げられるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます