♰Chapter 44:女吸血鬼との邂逅

琴坂はその提案に頷いた。


「なら目指すべきは制御室! たぶん中央のどこかにあるはず……!」


”おおおおおおおおおおおお”


モール内の電灯が明滅する。

一度ではなく、二度三度。

そして消えた。


「こんなときに停電⁉ 電源設備がやられたの⁉」


屍食鬼の赤い瞳があちこちで揺れている。

暗闇に浮かび上がる赤目は鬼火のようだ。


墓地を錯覚するほどの肌寒さ。

”屍者”の誘いが近づいてくる。


水瀬は思わず足がすくみかける。

正体が屍食鬼だと分かってはいても暗闇の恐怖が抜けない。

そんな彼女に琴坂は穏やかに言葉をかける。


「……優香、大丈夫。わたしたちは魔法使い。明かりは自分たちで何とかできるよ。そしてここにはわたしがいる。二人で死角をカバーしながら制御室を目指そう」

「ごめんなさい……ありがとう」


水瀬は五つの光球を生成すると自分たちの周囲に等間隔に散らす。

十メートルほどの視界を確保できたことになる。

いかに素早い敵だろうとこの間合いがあれば魔法使いなら対応可能だ。


歩み進めるたびに屍食鬼に遭遇するが大鎌と浄化を巧みに使う。

今のところは脅威と呼べるほどの存在はいなかった。


ただ不幸なことに三階にはそれらしき部屋は見つからず、四階に上がる。

もし制御室が一階または二階にあったなら大量の屍食鬼を同時に相手にしなければならない。

そうならないことを祈って二人は進む。


階段通路から四階フロアに入った途端、二人は口を押えた。


「……!!」

「っ……」


弄ばれるように身体中が食いちぎられた人間の死体。

屍食鬼にすらなれないほどひどく損壊していた。


「ここにいた人たちね……」

「……たぶん。この人たちは増殖した屍食鬼の――ううん、何でもない」


これだけ屍食鬼が飽和しているなら餌としての人間も相当な数を必要とする。

散乱した死体はそのだけのために殺された人なのだと。

そんな残酷な推測――恐らく事実であることをわざわざ言う必要はない。

そう琴坂は判断した。


強引にこの世の地獄を脳裏から切り離し、さらに進むとバックヤード通路に出る。

四階は一階に次いで屍食鬼の数が多かった。

辟易としながらも二人は手応えを感じていた。


――恐らく三階に制御室がある。


「ひどい匂い」


すでに屍食鬼の根城にされているらしく、一際密度が濃い。


”あ、ああああ”

”あおおおおおお”


時間が惜しい。

颯爽と駆け抜けると目的の制御室を見つけ、即座に飛び込む。

そして内側から扉を凍らせる。

余程のことがない限り、突破できない。


「律、システムは生きてる?」

「……やってみるね」


制御室の非常電源は生きているようで、システムを起動することに成功する。

不幸中の幸いというものだ。


いくつかの段階を踏むとモニターに赤外線カメラの映像が映る。

各店舗、立体・平面駐車場、バックヤード、屋上。


どこも屍食鬼に溢れていた。


「……システムは生きてる。シャッターも全て遠隔操作で下ろせそう。……でもわたしもコンピュータのプロじゃない。最低でも――五分は必要だと思って」


額に汗を浮かべながら指を滑らせる琴坂。

そのエメラルドの瞳はキーボードとモニターを忙しく行き来している。


「分かったわ。その時間は私が稼ぐ」


扉がぎしぎしと音を上げている。

恐らくは嗅ぎ付けた屍食鬼たちが突破しようと攻撃してきているのだ。

核となっている屍食鬼は監視カメラの映像を見るにこの近くにはいない。

代わりに二階の中央付近から一階へ移動しつつあるようだ。


外に出られてしまえばより被害が拡大する恐れがある。

なんとしてもこのモール内に幽閉しなければならない。


最後の氷の楔が砕けた。


”””””ああああああああああ!!!!”””””


滝のようになだれ込んでくる屍食鬼。

それに対し水瀬は的確に相手の頭部を切断していく。

入口はさして広くないため、一斉に突撃してきた屍食鬼で詰まってしまっている。


そこにちょこんと隙間を抜けてきたものに目が留まる。


”わん”

「……考えてみればそうよね。鳥が屍食鬼化するなら犬だって……!」


ペットショップで買われていたと思われる小型犬だ。

腹部は骨が露出し、牙が異様に鋭く発達している。


”ぐるるるぅ! がうがう!!!!”


勢いよく飛び掛かってきたそれを大鎌の柄で打ち返す。

それから痛む心を押して首を断った。


「ごめんなさい」


「……優香、設定は終わった! 三分でこのモールは全面的に閉鎖される! 早く、出よう!」


水瀬と琴坂は来た道の屍食鬼を弾き飛ばすと一目散に窓際に駆ける。

背後からは人と動物の屍食鬼たち。

特異能力こそないが、噛まれたらそこで終わりだ。

細心の警戒を払いながら逃亡する。

それに伴って中央から外側へ向けてシャッターや隔壁が閉鎖され始める。


窓まで距離にしてあと二十メートル、シャッターはすでに半分以上閉まっている。


「とどいて――っ!」


わずか六十センチの隙間をスライディングで抜ける二人。

背後ではすさまじい激突音が響いた。

それからも数枚のシャッターを経て、窓際へ。


二人は身体強化されたまま飛び降りるとうまく着地する。


外から見上げるモールはとても静かだった。

あの核となった屍食鬼も中に封じられている。


呼吸をすると少しだけ緊張が和らいだ。

だがそれも束の間だ。


「——あらあら。本当に人間の知った顔に会うことが多い夜ね」


四足の巨人に乗っている女性――〔ガダヴァ・コロナ〕の吸血鬼・ゼラがそこにいた。


水瀬と琴坂は最大の警戒で向き合う。


「そう敵意を向けないでほしいわ。大鎌の少女――の隣りの銀髪の子は初めて見るわね。わたしは吸血鬼のゼラ。よろしくね」


愛想を振りまいた後、モールを一瞥する。


「貴方達は”吸血鬼の呪怨”のことまで知っているのかしら? 溜息が出るほどに酷いことをするのね。『核』を鳥籠に閉じ込めるなんて」

「動かないで」


四足の巨人が一歩を踏み出そうとした段階で水瀬が牽制する。

”吸血鬼の呪怨”という気になる単語は出てきたがそれより優先すべきことがある。


それはサンセットモールにゼラを近づかせないこと。

一時的な檻を破壊されれば『核』と無数の屍食鬼が出てきてしまう。


「やらざるを得ないみたいね。その後で目的を果たすことにしましょう」


四足の巨人は一際大きな咆哮を上げる。

すると周囲から続々と屍食鬼が集まり始める。

地上だけでなく空中からも”骨鳥”の群れ。


”屍者”には特効を持つ琴坂の固有魔法ではあるが前衛での戦闘には適さない。

あの巨人に突進されたとして浄化しきるまでに死を迎えることは想像に難くない。

まして相手は屍食鬼より格上の吸血鬼。

だから琴坂は後退して後衛に徹することを決める。


「優香にはわたしの加護をあげる。噛まれても数回なら解呪できる」


そっと水瀬の額に指を触れさせる。

それだけで銀色の輝きが一瞬だけ水瀬を包み込んだ。


「律は――」

「心配はいらない。わたしは〔絶唱〕の守護者。仲間を鼓舞し、戦場の呪いを払うのがわたしの役目。ただの屍食鬼に負けることはないよ」


そのエメラルドの瞳には決意が宿っている。

それに応えなければ同じ守護者として面目が立たないというものだ。


「くれぐれも気を付けてね」

「優香もね」


巨人の鉄槌を二人ともが躱す。

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