♰Chapter 43:呪詛の根源

「ここは――」


呪詛が返った場所――そこは以前八神とともにゼラと戦った場所だった。

水瀬にとって二度目の来訪となるサンセットモールである。


「……優香はこの場所を知ってるの?」

「ええ、八神くんと任務で訪れたときに吸血鬼と出会った場所よ。律は本当にここに呪いの根源があると思う?」


一度は水瀬と八神によって暴かれた拠点。

そんな場所にいつまでも重要なものを配置するとは思えない様子だ。


「きっと、ある。わたしの固有魔法の正確さは優香自身が知っているはずよ」

「確かに。貴方は唄と呪いのエキスパートだものね」

「うん」


周囲の屍食鬼を刻む。

大鎌の前では攻撃も防御も紙に等しいがそれにしても手応えがない。

多くの屍食鬼の動きが緩慢だった。


「……呪詛返しで呪いの核は少なくないダメージを負ったはず。それによってパスが繋がっている屍食鬼も弱ってる。でも……油断はしないで」

「了解」


モールの正面入口は建物の一部崩壊で埋まってしまっている。

だが大型ショッピングモールであるここには複数の入口がある。

それに魔法使いなのだから二階に飛び移ることも可能だ。


琴坂は即断で二階からの侵入を選択する。

腕装備のアンカーアーティファクトを壁に食い込ませ、上階へ着地する。


次いで水瀬が基礎風魔法で着地する。

モール内は照明こそあるものの、閑散としていた。


「……人の気配がしない。それに見える範囲では荒れていない」

「でもこれは――血の匂い」


通路こそ綺麗に保たれていたが曲がり角の先から嫌な匂いがしていた。


「……サーチしてみる」


琴坂は小さな声でただ一言だけ「あ」と発音した。

それから数秒間身動き一つせず、耳を澄ませる。


〔絶唱〕の守護者は耳もいい。

音の反響である程度の物の形を理解することができる。


「……人かは分からないけど相当な数がいる。まだ少し距離はあるけど一分もしないうちに最初の人型と接触する」

「警戒しましょう」


一刻も早く核となっているものを破壊しなければならない。

周囲を警戒しながら歩き進めようとしたとき、二人は”EA”で通信を受け取る。

たった今送られてきた盟主からの一方通行の録音だった。


屍食鬼の影響で強いノイズが入っているが聞き取れる範囲。

少しでも状況を把握することができるならと耳を澄ませる。


”水瀬君と琴坂君……おおよそ……把握……いる。要点だけを……う。現在〔幻影〕は〔ISO〕と……しつつ、予備戦力も投入……鎮圧中。君達が核を破壊……知っている……気を付け……吸血……接近……通信が……ことを祈る”


それだけ言うと切れてしまう。


「……優香、今の内容……」

「ええ、たぶん盟主は諜報部隊を駆使して誰がどこでどんな状況なのかを把握している。私たちが核を見つけ出そうとしていることも。そのうえで『吸血』『接近』ということはそれはつまり、『吸血鬼』が私達に『接近』してきているということ」

「……だとしたらここに核があるということで間違いないね。吸血鬼が向かってくる理由は他にない。……どうする? どれくらいで来るのか分からないけど……」


水瀬は考えようとして、不意に曲がり角から飛び出してきたものに大鎌を構える。

思考はすぐに中断させられてしまう。


「っ! っ……っっ!!」


それは口を裂かれ、両腕を失った人間だった。

両眼には恐怖と涙を浮かべ、声にならない悲鳴を上げている。

倒れかける男の身体。


水瀬は支えるか支えないか迷った果てに支えることに決めた。

屍食鬼となりかけていた場合にはかなり危ないことになる。

だとしても助けを求める誰かに手を伸ばさないなんてことはできなかった。


「大丈夫っ⁉ なにがあったらこんな――」


曲がり角の奥、湿った音を立てながらさらに近づいてくるものの気配。

それはすぐに姿を現した。


”げーむをしよう。おれはそーどまん。おまえはうぃざーど、おまえはしーふ、おまえはもんく”


酷いノイズ交じりの声。

身体中が浅黒く変色しており、すでに屍食鬼であることは明白だ。

そして肌は毛細血管状にひび割れており、動きもとろい。

なにより特徴的なのが心臓部分が紅に明滅していること。


琴坂が接近を感じた人型の気配は恐らくこの二人だ。


「止まって」


さらに一歩を踏み出そうとした屍食鬼に向けて琴坂の言霊が飛ぶ。

わずかに抵抗があったものの歩みは止まらない。


「止まれ!」


琴坂の強い命令口調についに足が止まる。


「優香……向き合って分かった。あれが呪詛返しの相手――この惨劇の元凶!」

”すすまない、うごけない。おまえたちがやったのか”


水瀬は即座に負傷者を連れて後方に退避する。

だがソードマン――剣士を名乗る屍食鬼はそれを見て笑った。


”は、は、は。にが、さない。えものはにげられない”

「う、うヴぉええええええ!!」


負傷者の口から大量の血液が零れる。

そして痙攣しながら息絶えた。


「この人はもう、手遅れだった……!」

「……!」


にやにやと笑ってから遠ざかっていく元凶。

そして周囲から集まり始める屍食鬼の群れ。

呪詛返しを行ったとはいえ、外の屍食鬼より弱っていない。

むしろ核の瘴気がモール内の屍食鬼を強化している様子さえ見て取れた。


目前にパンデミックを拡大している核がいる。

しかし雑多な屍食鬼の数が多すぎて手が届かない。

肉壁として活用する気なのか、次々と道を阻まれる。


先程の盟主からの通信が頭をよぎる。


――吸血鬼がこちらに向かっていて、核はすぐには破壊できそうもない。

もしも吸血鬼と核が揃ってしまえばどうなるかは分からない。

最悪の場合、挟撃されて命を落とすことも考えられる。


水瀬はすぐに思考を巡らせ、行動に移す。


「囲まれたら終わりよ、律!」

「……了解!」


水瀬と琴坂は同時に上階に跳ぶ。

全身を使い、あらん限りの力で空中を移動する。


”おおおおおおおおおおおおお”


深い洞穴で風が咆哮するような、恐ろしいまでの声。

どれほどの屍食鬼がいるのかは分からないがその怨嗟の声は無数に連鎖していく。


階を跨いでもどこからともなく現れ始める屍食鬼たち。

どこに潜んでいたのか、キリがない。


「数が多すぎる!」


ふと天井を見上げればぴったりと張り付く屍食鬼がいた。


様々なタイプが様々な攻撃を仕掛けてくる。

天井に大鎌の斬撃を、浄化の魔力弾を飛ばす。


「……優香、このまま逃げていてもじり貧だよ!」

「それは分かっているわ! 私たちは吸血鬼と屍食鬼に挟まれるわけにはいかない! だからどうにかして核をモール内部に留めたうえで外部とも切り離さなければ――そうか」


水瀬はその手段を思いつく。


「……何か、思いついた?」

「ええ、この規模のモールなら防犯用と防火用のシャッターがある。それらを全て下ろすことで簡易な牢獄を作り出すことができるはず!」


核となっている屍食鬼を討つには絶対的に時間がかかる。

それを解決するために、仮にここで魔法使いの切り札である『背理契約譜』を使って数多の屍食鬼を灰にしたとしても戦闘はこれで終わりではない。

後には吸血鬼が控えている。


だとするなら核は後回しにすべきだ。

モールを牢獄として一時的に核を幽閉。

まずは接近しているという吸血鬼を討つ。

核はその後だ。

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