♰Chapter 45:〔絶唱〕の守護者、夜天に鎮める

琴坂はすぐにその場を離脱するとアンカーアーティファクトを使って、ビルからビルへ空を駆ける。

両腕に装着されたそれを巧みに打ち込みながら夜風を浴びる。


ただ後退しているわけではない。

見上げてくる地上の屍食鬼たちに瓶に詰めていた聖水を基礎水魔法で薄めて撒く。

そうすることで彼女の通った軌跡には大量の灰が舞っている。


〔幻影〕は九狐里くこり神社と縁があるため、厄除の祈祷で祝福された神水を聖水として貯蓄しているのだ。


一滴で小さな呪いなら浄化できるほど強力なため希釈して使うのが一般的だ。

次々と殲滅していく琴坂だが眉をひそめる。


「――空中の方が厄介かな……」


ビルからビルへアンカーを喰い込ませながら空中機動を可能にしている琴坂。

その後を追うようにして骨鳥が迫ってきている。

一匹一匹は手のひらほどだが数が集まることで大きな集合体となっている。


激しい軌道を描きながらの移動なので、歌唱はできない。


”””””ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ!!!!”””””

「優香の位置が把握できて……見晴らしのいい場所……」


東京都のシンボルとでも言うべき赤い塔――セントラルタワーが見えてくる。


――あれなら優香と吸血鬼との戦場を見渡せる。


基礎風魔法による体重の上移動とアンカーによるタワーへの打ち込み。

それらを駆使して展望デッキに着地し、すぐに胸に手を当て大きく深呼吸。

呼吸数も心拍数も上昇していたがすぐに鎮静化する。


少し遅れてビルの狭間からは骨鳥の群れがまっすぐに向かってきている。

無数の赤い目が集合体を形成しており、目を背けたくなるような異質さだ。


ベルトポーチから掴めるだけ銀色の魔石を取り出すと無造作に投げる。


「起動」


魔石が豪快に砕け、白銀の魔力を拡散して消える破片。

大気中の魔力濃度が一時的に上昇する。


背理契約譜はいりけいやくふ――絶唱ぜっしょう――レクイエム」


壮大なる旋律。

セントラルタワーと夜の街並みを背景に琴坂の芯のある声が響く。

濃密な魔力が拡声器の役割を果たし、歌声は数百メートル先であったとしてもはっきりと聞き取ることができる。

風の流れ次第では数キロ先まで届く声音。

死者のためのミサ曲は彼女の声でアレンジされ、夜風に乗ってどこまでも。


銀の声は欠けた月夜に浄化の微光を照らす。

指揮を振るように手を伸ばした先――骨鳥の群れに幾筋もの光が突き刺さる。

すると純白の焔が複数の骨鳥を焼き滅ぼす。


虚空から瞬間的に現れる極細の光柱に貫かれ、次々と灰になっていく。


――神聖なる裁定サーケスユーディキウム

絶唱空間における絶対的な空間把握能力とそれによる精密な光柱の顕現。

自動迎撃の魔法と言い換えることもできる。


琴坂は基本的に支援型の固有魔法使いである。

しかし本来攻撃系統の固有魔法を持たないはずの彼女がそれを持つ場合がある。

それは悪霊や悪魔といった呪詛関連に対してのみ有効な、いわば特効である。


生き残りは群れを解体してバラバラに突っ込んでくる。


「――」


一匹、また一匹と極細の光の柱が浄化の炎に包みこむ。

わずかに到達した骨鳥は彼女の魔力に当てられて消えていく。


琴坂律が絶唱の守護者と呼ばれる由縁。

それはかつて優れた功績を残した偉人の曲を借り受け、自身の歌声を重ね、広範囲に及ぶ絶唱空間――いわゆる自前の広域結界を張ることができる点にある。


地上から寄ってくる屍食鬼の群れも次々に光の柱に貫かれ、灰になっていく。

夜都に光が乱舞し、灰燼が舞う。


視線の先には水瀬とゼラ。

周辺の屍食鬼の多くは琴坂が歌声で強制的にターゲットを引き受けているが、それでもゼラの周囲の屍食鬼には誘因効果も薄い。


好位置から戦場の全体を知覚する。


――半径五百メートル範囲内はほぼ浄化できた。

だが誘因効果で次々と範囲外の死体がおびき寄せられている。


そして半ば自動的に迎撃する光の柱。

各所で浄化の炎が巻き上がる鎮魂の儚さにエメラルドの双眸が細められる。


東に一体、西に一体、北に二体、南に四体。

結界内で光の柱を回避、あるいは迎撃している高位屍食鬼がいる。

誘因効果は働いているが、浄化しきれていない。

一目散に駆け抜けてくる高位屍食鬼たち。


――最も近い北に集中。干渉領域に多連装魔法を許可。


新たに白銀の魔法陣が無数に展開され、光の柱が断続的に射出される。

自動迎撃魔法と合わせれば広域浄化殲滅魔法と言える。

流石の高位屍食鬼も彼女に届くまでに浄化の灰を散らす。


――次は東と西。干渉領域に単装魔法を許可。


両舷に展開される二つの巨大な魔法陣。

数こそ一方向に一つの光柱だが、その規模は多連装よりも単装の方が大きい。

例えるなら多連装が銃、単装が大砲だ。

いかなる抵抗も許されず、先程と同じ末路を辿る屍食鬼。


――残すは南の高位屍食鬼。


四体のうち、二体はその場に留まり、もう二体が高速で接近してきている。

光の柱よりもなお高速の二体が最優先。

右腕が肥大したものと左腕が肥大したもの。

恐らくは二体で一対の――生前は双子だったのかもしれない。


”イェアアアアアア!!!!”

”ぃぃぃぃいいいい!!!!”


あっという間にタワーに取り付くとすぐに琴坂の正面に跳び上がった。

防御障壁を張ってはいるがそれがたわむほど強烈な拳を連打される。


――この子たちにも、安らぎが必要。


琴坂は双子が自身の顔を潰そうと同時に拳を繰り出したタイミングで盾を解く。

双子は嬉々とした不気味な笑みを浮かべつつ攻撃を届かせようとする。

だがそれは意図的に仕組まれた解除だ。


急に盾が消失し、前のめりになっている双子。

それは同時に隙であった。


琴坂はそっと手をかざした。

銀色の光が上下左右から貫き、浄化する。


一度死んで屍食鬼になってしまった彼ら。

もう一度の死はせめてこれ以上の苦痛がないようにと一息に灰に帰す。


「――っ!」


唄に自分の吐息というノイズが入ったがすぐに持ち直す。

肩口を針のようなものが掠めたのだ。

それは音もなく忍び寄っていた一体の尻尾だった。

傷は浅いが出血する。

すぐに回復結晶を砕くが止血にすらならない。


非治癒――それがあの高位屍食鬼の異能らしい。

そしてさらにもう一体が口からブレスを吐く。

紫色に淀んだそれはシールドに当たって弾かれるも強烈な圧に後退させられる。

そのとき二体のさらに後ろから駆ける人間を見つけた。


――八神くん……とあの娘は?

八神の視線が遠くとも突き刺さる。

彼が小さく頷いた。


高位屍食鬼の二体は琴坂への攻撃に集中していて八神と少女に気付いていない。

それを逆手に取った奇襲を考えていると直感した。


絶唱の重点効果範囲を水瀬に加えて、八神と少女にも拡張する。

あらゆる攻撃に対する耐性、精神汚染耐性、身体能力上昇など。

支援魔法の中では最上級の加護を付与する。


八神は一切相手に気取られることなく背後から屍食鬼の首を掻き切った。

少女は気付かれはしたものの、それをカバーして余りある威力で細切れにした。


それを見届けた琴坂はまだ終わりではないと声に力を籠める。

範囲外から次々と屍食鬼が誘引されている気配を感じる。

そして水瀬への支援も手厚くしなければならない。


――唄い切って見せる。

強靭な覚悟を胸に宿し、長い歌唱を続けるのだった。

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