♰Chapter 46:合流
オレと姫咲は〔ISO〕の前線拠点を離れたあと、宇賀神とゼラの戦闘の痕跡を横目に、サンセットモールを目指して駆けていた。
直後こそ戦闘もあったが、途中から鋭利な光柱が次々と屍食鬼を浄化していった。
どこを見ても屍食鬼の呻きに溢れていた街並みが閑散とした様子に変わっていく。
今となっては屍食鬼の出現が皆無となっている。
その原因が夜に響くこの美しい歌声にあることは明白だった。
オレたちの鼓膜を揺らし、安心感と万能感を与えてくれている。
深く芯の通った声の持ち主に心当たりがあったオレは目的地はモールのまま、タワーを経由するルートに微調整していた。
『仲間がいるかもしれない』という言葉に姫咲も快くついてきてくれている。
「おにーさん!」
「ああ、見えている!」
距離にして数百メートル。
東京のシンボルであるセントラルタワーが間近に迫ってきている。
展望デッキ部分には銀色の魔法陣が展開されており、次々と屍食鬼を屠っている。
「間違いない。彼女はオレの仲間だ。すでに屍食鬼との戦闘に入っているな。それに――」
距離が縮まるにつれて屍食鬼の群れを引き付けている様子がはっきりとする。
高位屍食鬼と思しき存在が琴坂に襲い掛かり、うち一体の尾が掠めていく。
次いでブレスを吐く別の高位屍食鬼の姿を視認する。
直後にエメラルドの瞳と視線が合う。
オレは任せてくれという意味を込めて小さく頷いた。
それから彼女の歌声の加護がさらに手厚くなる。
「おにーさん……! 今まで以上の、この感覚は――」
「これが彼女の力だ。多少の無理ならなんてことないはずだ」
眼前には背中を向けた高位屍食鬼がいる。
声を出さず、アイコンタクトで姫咲と分担を決める。
暗殺者の特技である無音歩行で忍び寄り、頭部を掻き切る。
姫咲の方は多少もたついたものの、見事に細切れにして見せた。
琴坂と情報を共有したいところではある。
だが今はその時間すらなさそうだ。
タワーの向こう側のビル群の狭間から巨大な屍食鬼と水瀬の激戦が見え隠れしている。
タワーを横切る際、彼女の思念が伝わってくる。
彼女の固有魔法の派生だと直感する。
”手短に伝える。屍食鬼を動かしているのは呪い。今回のその核はサンセットモールに閉じ込めた特別な屍食鬼に宿ってる。それを破壊できればこれ以上の屍食鬼の増殖は防げるはず。それと忠告”
あえて少しの間を開ける思念。
”呪いは人の負の感情から生まれ、さらに増幅させる。小さな不満や疑念が大きな復讐の気持ちに置き換わってしまうこともある。気を付けて”
その思念は姫咲にも共有されていたようだ。
オレと姫咲は互いに頷く。
「オレたちはこのまま元凶を断ちに向かう」
――……
琴坂が大量の屍食鬼を誘引したおかげで周囲の敵数は激減していた。
「わたしの命令よりあの銀色の子の唄が上を行くのね。ふふ、本当に人間って不思議。遥かに長く生きるわたしたちよりも強かったり賢かったりする。ねえ、そうは思わない?」
「不思議とは思わないわ。大切なのは時間じゃなくてその密度よ。どれだけ時間があっても努力を怠った人は遥かに短い時間で努力を重ねた人には敵わない」
走り寄ってきた屍食鬼を切り伏せながら問答を繰り返す。
「そうね……正しいとは思うわ。でも完全な正解ではないわね。時間はそれだけで意味があって、その長さは何もしなくても差を生み出すものなの。これだけの屍食鬼を呪いだけで動かしていると思う?」
巨人の咆哮が風の刃となって周囲を切り刻む。
水瀬は大鎌を地面に叩きつけることで、瓦礫の盾を張る。
「……それはどういうこと?」
「屍食鬼を生み出し続けているのは呪い。でもね、それを意のままに動かす力を与え続けているのはこのわたし――五百年を生きる吸血鬼なのよ」
それを聞いた水瀬はゼラの恐ろしさを知る。
呪いによって仮に一区分の人口の半分を屍食鬼に変えたとして。
それら一体一体に動力たる魔力――呪詛と言い換えてもいい――を注ぎ続けているのだとすれば。
それはいかなる魔法使いをも超える強靭な魔力回路を持っていることになる。
そしてそれだけの力を使い続けながらも圧倒的な力を有しているゼラ。
年月が魔力回路の強度を絶え間なく強化し続けていたのだとすれば。
「……っ! 頭を抱えたくなるほどの時間の差ね……。たかだか十年ちょっとしか生きていない私には貴方ほどの魔力は扱えない」
魔法使いが使う
魔法使いは基本的に自然魔力を使い、それは吸血鬼も変わらないはずだ。
なぜなら人工魔力は寿命そのものであるから。
使ってしまえばそれだけ自分の人生を短命に終わらせるのと同じだから。
なら魔力総量を増やすにはどうすればいいか。
それは単純であり、自然魔力をより多く取り込む魔力回路を鍛錬すればいい。
すなわち、魔力を大量に使うことが条件になる。
そしてその成果は質と量――量は主に時間――に依存する。
ゆえに数百年を生きた吸血鬼は正しく化け物と呼べる存在なのである。
「それでも魔力で全てが決まるわけじゃないわ」
「どちらが正しいかは終わってみるまで分からないわね。わたしも貴方も、その全霊でもって証明するしかないということ。さあ、戦いましょう人間!」
「四割、許可する!」
水瀬は四割の許可を出す。
身体に死の冷気が纏わりつく。
普段なら短時間で何度も繰り返す解放は限界を迎えるはずだが、今は琴坂のあらゆる加護が働いている。
四割程度なら安全範囲内であり、自我が崩壊することもない。
大きく踏み込む一歩。
ゼラの瞳が瞬時に接近した水瀬を照準する瞬間。
その時点で巨人の一足が刈り取られている。
「早い……! でも――」
三足になった巨人は強引に水瀬を囲い込もうと自らの身体の一部を分解する。
水瀬は屍食鬼の雨を大鎌の旋回で無残に切り裂いた。
腐肉と血液の雨。
水瀬の黒髪はしっとりと血に濡れ、サファイアの瞳が青く輝いている。
全てを射殺す冷たい死の瞳。
巨人を構成していた屍食鬼は次々に灰になっていく。
どんな攻撃を仕掛けても水瀬は冷静に対処する。
前方から横から後方から。
あらゆる方向からの攻撃に対して動揺した様子もなく、灰に帰す。
「まるで理性ある狂戦士ね――!!」
短時間に数十体もの屍食鬼が犠牲となり空気に濃密な灰が舞う。
それがわずかな――瞬きにも満たない間、ゼラの視界を遮った。
そして次の瞬間、水瀬の蒼い魔力の光を見る。
片手が伸ばされ、展開される五本の『Z』の両刃鎌。
ゼラには回避する時間も霧化する時間も残されていない。
「退きなさい!!」
気付くと同時にゼラは最初より二回りほど小さくなった三足の屍食鬼に全力後退の命令を下す。
水瀬に背を向けて疾駆する様子に逃亡の選択を取ったのかと水瀬は考える。
だがすぐに冷たい思考に掻き消される。
余分は全て消え、冷静に五本の槍をターゲットにロックオンする。
「一斉射出!」
凄まじい加速と共に槍が射出され、両刃鎌とゼラとの距離が詰まる。
一撃、二撃、三撃――……。
ゼラの乗る屍食鬼が左右に大きく揺れ、周囲のコンクリートが抉られる。
四本目はゼラの進行方向を穿ち、ゼラと複数の屍食鬼を空中に跳ね上げる。
そして五本目はついにゼラの身体を穿った。
――そう思っていた。
キィンと硬質な音。
「――〔黒骸装〕」
半身を屍食鬼で武装したゼラ。
その姿は醜悪の権化であった。
屍食鬼で構築された鎧が槍を掴んでいる。
当然水瀬の死の魔法に触れた結果として、鎧は崩れ落ちるが中のゼラは無傷だ。
そしてすぐに鎧は別の屍食鬼に接がれる。
「それが貴方の本気――醜いわ」
「知っているわ。身体は汚れるし、人間のときの記憶もわたしが継ぐことになる。知りたくもない人間の人生譚を見るなんて苦痛でしかないもの」
「……救いようがないわね」
ゼラは一瞬だけ口元を引き締めたがすぐに歪んだ笑みを浮かべる。
「救いようのない醜さ、ね。とても貴方が言えたたちじゃないわね。あなたのその気配は何物も寄せ付けない死そのもの――まるで孤独の死神ね」
その言葉にわずかに水瀬の大鎌が反応する。
「あら、図星かしら? 長生きをしていれば人間のことも分かってくるものよ」
「いいえ、それは外れているわ」
「そう? ならなぜ勇み足になっているのかしら?」
水瀬の踏み込みの圧はこれまでを超えている。
打ち合わされるゼラの装甲と大鎌。
装甲は徐々に灰になっていくがその度に周囲の屍食鬼がゼラの餌食となって補充される。
「貴方の意識がずっと閉ざされたモールの中に向いているからよ!」
その言葉にゼラは舌打ちをしたくなる。
「……力の流れを見ることができるのね。本当に危険な子。でもそろそろよ。核にもわたしとのパスを開いたから」
モールの方向から倒壊する音が聞こえる。
瓦礫の中から姿を現したのは核の屍食鬼。
”あああああああああああああ!”
雄叫びを上げるとまっすぐにこちらに駆け始めた。
「本来の目的とはかけ離れるけど……それもあなたたちを屍食鬼にしてから行えばいいものね」
ゼラは核に水瀬の相手をさせようとするが、それを妨害したのは八神と姫咲だ。
核の直線状に入ると姫咲が紅の糸刃で男を裂き、八神が首元に短刀を一閃。
不意打ちに核が仰け反った。
「……一体何人の人間がいるのかしら。流石に疲れてきたわ」
「貴方の相手は私よ。よそ見している余裕はないんじゃないかしら?」
――どうして確保すべき彼女と戦場にいるのか。
水瀬のその疑問は心にしまわれる。
核の対処は信頼する相棒に任せることにする。
集中すべき目の前の脅威に全力で対処することを決意する。
接近戦での激しい火花の散らし合いはまだ続く。
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