♰Chapter 33:救える命と救えない命

モールの明かりは煌々と焚かれていた。

電力の供給が断たれていないことは唯一の救いだ。

だがその混乱はひどいものだった。


「押すな押すな!」

「痛い! 引っ張らないで!」

「早くしないと奴らが来る!!」


阿鼻叫喚。

自動扉は開け離れたままだが、圧力に耐えかねて割れそうな始末。

破壊してしまえばささやかな防壁の役割すらこなさなくなるだろう。


オレはEAを起動して水瀬との接続を試みる。


「……出ないか」


次に結城との接続を試みる。


”八神君か⁉”

「そうです。現状がどうなっているかご存じですか?」

”私の方でも情報が錯綜していてパンク状態だ。現状は突然人が人を襲い始めたという情報が正確だということ以外には分かっていない。水瀬君は?”

「水瀬とは連絡が付きません。彼女がそう簡単にやられるとは思えないので恐らく先程の吸血鬼と交戦中かと」

”そうか……君は今どこにいる?”


オレはこのショッピングモールの名前を口にする。


”なるほど。現状ある建物の中ではもっとも大きく、もっとも要塞化しやすい場所だ。少女も一緒かい?”

「ええ、想像以上に普通じゃないですが今はそれを言っている状況でもないでしょう。幻影は動いているんですか?」

”もちろんだ。君の場所は被害が拡大している中心部付近だからわずかに救助は遅れるかもしれないが――”


通信の向こう側でも屍食鬼の人ならざる唸り声が聞こえる。


「……まさか盟主も安全圏まで逃げられたわけではないんですか?」

”ああ、残念ながらね。異常な速度で屍食鬼が増殖している。いや、すら屍食鬼化している。それがまた人を噛み、倍々ゲーム+αプラスアルファで増えているというべきかな……。現在は琴坂君、幻影の通用魔法使い、そしてISOの面々も積極的に動き始めている。数時間後には君のもとにも支援が行くはずだ。いいかい、それまではできうる限り身の安全を優先してほしい!”


それからぶつり、と連絡が途絶える。

身を守る術を知っているオレと違い、結城は非戦闘員。

あの抜け目のない男がそう簡単に死ぬとは思えないが、状況は斜め上を行っている。


「誰か呼んだの?」

「仲間を呼べるかやってみたんだが……想像以上に被害が大きいらしい。すぐには駆け付けられない」

「ならどうする? そろそろあいつらが近くまで来るよ!」


屍食鬼の気配を感じ取る彼女の能力はかなり正確だ。

糸状の異能と併せて味方にいるのなら有能極まっている。


――ここでオレに大衆を落ち着ける術はない。

呼び掛けたところで大した意味もなく終わる。


だが。


「オレはオレなりのやり方はする。だが全員は救えないかもしれない」


オレは少女の身体に手を回す。


「⁉ どこ触って……!?!?」

「大人しくしていろ」


それから建物の二階部分に向けて基礎風魔法で跳躍する。

いくら興奮している一般人と言えど、そんな目立つことをすれば目を引く訳で。


「なんだ、あいつら!」

「今、飛んでなかった⁉」


混乱に混乱をぶつけることで、一瞬の正気に戻る。


「耳を貸せるやつは貸せ。落ち着いてモールの中に入るんだ。あいつらは人の恐怖に敏感に反応する。静かに、冷静に。着の身着のまま避難するんだ」


屍食鬼が人の恐怖に反応するというのは真っ赤な嘘だ。

だがこれで少しは騒いでいた連中も自制するだろう。


オレの落ち着きぶりが逆に癇に障ったのか、一部はヒートアップしている。


「だったらそこから降りて来いよ!」

「そうよ! 安全な場所から何を言われても納得できないわよ!」


だがそれはごく一部。

一縷の望みでも賭けたいものは大人しく早足にモールに入っていく。


オレは二階からモール内に入る。

すでに彼女のことは下ろしている。

だがその表情は警戒と羞恥と憤怒で意味深の笑顔を作り上げている。


――人は色々な感情が混ざると予期せぬ表情をするのだなと学習する。

こんな状況ではあるが一つの学びを得た。


「色々と身体に触れた件について訴えていいよね?」

「それは勘弁してくれ。必要な行動だったんだ」

「必要、ね。あれがおにーさんなりのやり方なの?」

「そうだ。聞く耳を持つ奴は生き残るし、自己中に動く奴は死ぬ。それに巻き込まれた奴も死ぬ。だが一握りは救えるかもしれないだろう」

「へえ……冷たいようで、優しいのかな」


少しだけ感心した様子の少女にそれは違うと首を振る。


「オレは打算で動いている。それは優しさとは違うな」


事実オレは言葉をかけただけ。

誰でもできることをやっただけだ。


「ふーん。でもおにーさんのこと、私は少しだけ信頼してもいいかなって思えたよ」


オレはそれに対しては答えず、モール内を見渡す。

すでに情報が回っているのか、慌てて駆け回っている人間が多い。


「みんな上に逃げてるの?」

「いや――」


よく見れば慌てているというよりも何か目的のある動きに感じる。


「そこの君たち! まだ人が残っていたのか!」


一人の男がこちらに気付き、声を掛けてくる。


「噛まれては――いなそうだね。僕は武御雷たけみかづち。今、モールの出入口や脆いガラス部分をバリケードで塞いでるところなんだ! よかったら手を貸してくれないかな⁉」


そういうことか。

このモール内ではすでに指揮を執っている人間がいるらしい。

そしてその人間はやるべきことを的確に行っている。


「分かった。協力させてほしい」


少女はオレに合わせてこくりと頷いた。


それからは早かった。

オレたちが入った北口方面は避難者を受け入れたあとに、全面的に封鎖。

あれだけ騒いでいた連中も見事に現状を脱したらしい。

別方面もうまく閉鎖できたらしい。


くいくい、と袖を引っ張られる。


「……なぜ袖を引っ張る」

「おにーさんおにーさん。何だか典型的なゾンビものの映画みたいじゃない?」


言われてみれば本当にそのものだ。

だが実際にこうして起きている現実は異能による大規模なテロ行為だ。

未知の生物兵器とはわけが違う。


「お前には大体の屍食鬼の居場所が分かるんだよな?」

「あれだけはっきり使えば気づいちゃうか……。大体はね、分かるの。でもおにーさんがさっき倒した奴は探知しきれなかった。たぶん速すぎて探知できなかったんだと思う」


彼女の探知能力は素直に助かる。

だがあまり頼りすぎるのもかえって危険というわけか。


「分かる範囲でいい。外に奴らはどれくらいいる?」

「……たぶん、両手じゃ足りないくらいはもう集まってる。生きてる人間がいなくなれば、奴らもさらなる血を求めて活動範囲を広げると思うから。時間が経てば経つほど厳しくなりそう」


そこまで言ってから彼女は慌てて口を手で塞ぐ。


「もう遅い。その口振りだとやはり屍食鬼のことを知っているんだな」

「うぅ……」

「できればお前が何者なのか、どうして屍食鬼を知っているのか。教えてほしいところだが」


彼女は胸元に手を当てている。

何かあるべきものを握るような仕草もあるが、現実には何もない。

すかすかと空振りするばかりだ。


「はあ、分かった。少なくともおにーさんが私を力づくでどうにかしようとしているんじゃないことは分かったし。でも全部は話せないし、もしもおにーさんが私を襲ってきたら……全力で抵抗するからね」


そこだけは譲れないと強い決意をぶつけられる。


「ああ、分かっている」


――ピンポンパンポーン!

悲惨な現実に似つかわしくない音が天井のスピーカーから流れる。

モール内の全員が一階の大広間に集まるようにとの店内放送だった。


「この話はもう少し落ち着いてからだな」

「行くの?」

「北口だけであれだけの人数がいたんだ。行かなくてもバレないかもしれないが最初くらいはな」


この場を仕切っている人間の顔を知っておきたい。

そこに現れたのはオレも知っている顔だった。

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