♰Chapter 34:サンセットモール

短い自己紹介のあと、これからの役割分担や食料配給などが速やかに行われる。

誰もがそんな手際の良いリーダーを認めたようだった。

オレは取り巻きがいなくなるのを見計らって男に接触を図る。


「ちょっといいか?」

「なんだ、これ以上俺にできることはない――ってカラス!」

「からす……ってゴミ捨て場とかにいるあの黒いからす?」


鴉はオレの暗殺者としてのコードネームだが今話し込むことではない。

ひとまず少女の疑問は捨てておく。


「久しぶりだな。はい


灰。

彼には四月の〔幻影〕初任務の際に、爆薬の設置に貢献してもらった。

使用しなかったものについても回収と処分を任せたため顔合わせの時間は短かったものの、確かな腕の持ち主であることは知っている。


「あんたがここにいるなんてこいつは驚きだ」

「それはこちらの言葉でもある。少し話せるか?」

「ああ、構わない。ただ一応、何だか知らんが俺がリーダーになってるらしいからそう長くは話せないが……」

「それでいい」


オレは灰に先導されるままに二階のレストランまで案内される。

その道すがらには金属バットやナイフ、棒などの武器を携帯している護衛が付いていた。


窓際の個室席に腰を下ろす。


僧侶モンク盗賊シーフは外で見張りを頼む」


そんな指示をする灰を不思議そうに少女が見ている。

今度は疑問を口にすることなく、堪えているようだ。


「早速話に入りたいんだが……鴉よ。その隣にいる女の子は誰だ? いつの間にかトゥルーエンドを迎えて、恋人とよろしくやってるってことか?」

「相変わらずの下らない恋愛脳……というよりはRPG脳か」

「へへ!」


嬉しそうに会話する灰。

時間は有限だからこそ手短に紹介を済まそうか。


「彼は灰。一応オレの知り合いで、現実をゲームだと思っている頭のおかしい人間だ。さっきのモンクやらシーフっていうのもゲームによくある職業みたいなものだな」

「頭がおかしいってのも間違っちゃいないな。鴉の知り合いなら誰でも歓迎するぜ」

「それでこの少女が――」


そこでオレはオレの自己紹介はしたが彼女の自己紹介は聞いていないことに思い至る。


「私は姫咲――姫咲楓ひめさきかえで。ええとただの女の子よ」


オレだけだったならそんなことはないだろうと突っ込んでいたことだろう。

ただこの場では隠すべきことを隠してくれている気遣いが助かった。


二人は握手を交わすが、姫咲は怯えたようにすぐにその手を引っ込める。

灰は困ったような表情を浮かべる。


「ん? 俺のことは苦手だったか?」


姫咲はオレの服の裾を強く握って離さない。

オレよりわずかに年下ではあるが年は近いはずだ。

そんな彼女だからこそ、その子供っぽい仕草をオレは理解できない。


オレはそっと耳打ちする。


「……どうした?」

「う、ううん。何でもないよ。少しピリッとしただけ」


静電気か。

六月ともなれば湿度が高く、ほとんど起きないはずだが絶対ではない。


「やっぱ初対面だと敬遠されるよなあ……ピアスのせいか?」


オレと姫咲とのやり取りを自分が怖いためだと受け取ったらしい。

勝手に補完してくれるならそれに合わせるとしよう。


「気にするな。彼女は人見知りなんだ」

「そういうことか。ならそろそろ本題に入ろうぜ。鴉はどうしてここに?」

「この近くに用事があってな。偶然近くにあったここを避難先に選んだだけだ。外の様子は知っているだろう?」

「ああ、酷いもんだぜ。俺は元々このモールでダチと買い物をしてたんだが、突然一人が苦しみ出してな。訳も分からないうちに二人仲間をやられた」

「その一人は――」

「安心してくれ。苦しませずにこいつで頭を一発だ。襲われて正気を失った奴らも、な」


手元には血がこびりついた金属バットが置いてある。

モール内にも屍食鬼は発生していたが、灰の状況判断力のおかげで大事には至らなかったということだろう。


これを災厄と呼ぶとすれば、災厄が起きてからわずか二時間でモールを緊急避難所として完成させたことになる。

普段からRPGと深く関わっているからこそ、こんな現実味のない異常事態に見舞われても即時行動ができたのだろう。


ただ彼も当然、精神的摩耗は大きそうだ。


「まさに泣いて叫んでの地獄絵図だったぜ。他にも明らかに死んでるだろって奴らが次々に人を襲い始めてな。理性で恐怖を抑えられる奴らで何とかモール内の状況だけは収めたんだ」


悔しそうに顔を歪める。


「突然親族やダチ、恋人を失った奴らの動揺は大きい。それに――」


視線の先には窓。

窓からは外の様子が見渡せる。


「外は平面駐車場だけでこの数の動く死体だ。この夜が過ぎれば陽に焼かれて腐っていくのか、あるいは誰かが排除しない限りこのままなのか……とてもじゃないがここの奴らは近いうちに壊れるだろ。なあ、鴉。あいつらは一体何なんだ……?」


縋るような視線を向けられる。


屍食鬼グール

「は、はは。屍食鬼……屍食鬼、ね。確かに言われてみりゃそんな感じだ。笑えないぜ」

「外部との連絡は試したか?」

「ああ、一時間くらい前か。他区にいる仲間とも連絡を取ったが道という道は全て〔ISO〕によって封鎖されているらしい。救助も『待て』の一点張りだそうだ。それからはどの端末も繋がんなくなっちまったよ。冷静に考えたらあんな化け物がそこら中にうようよしてるなら仕方ないことだと理解はできる。だが俺も人間だ。裏社会の一グループのリーダーを担っていたとしても感情がないわけじゃない。『待て』の一言で取り残され続ける俺は、仲間は、他の奴らはどうなる……?」

「落ち着け」


語気が荒くなっていく灰に冷や水を掛けるように言葉をかける。


「……ああ、悪い。冷静さを欠いちゃダメだよな。でも恨むぜ。筋違いだったとしても救助を待つ苦痛は計り知れない」


オレは彼が持っている情報を知りたかった。

精神状態があまり安定していなくとも今はそんなことを言っている場合ではない。


「お前の話を聞く限りだとやはりこの異常事態はこの周辺だけの出来事なのか?」

「外部の仲間からこの第十四区は丸ごと封鎖されていることは聞いてるぜ」


被害範囲はまるごと一区分。

かなりの人口が封鎖区域に呑まれていることが予測される。

だが裏を返せばISOは封鎖区域の外周に沿うようにして配置されているということだ。

そこまで行けば救助を望めるということでもある。


「いい加減にしてほしいぜ……たく。ゾンビ物はゲームだけで十分だっての」


がりがりと頭を掻き毟る灰に、それはオレもだと同情する。

そうしていると再び姫咲がオレの裾を引っ張った。

その表情は気持ち青ざめているように見える。


「ねえ……あそこ」

「なんだ?」

「あのシルバーの車の脇にいる屍食鬼。様子がおかしいような――」


平面駐車場の明かりに照らされている屍食鬼。

他の個体と同様に血染めなことに変わりはないが、屈み込んでいる。

まるでクラウチングスタートのような姿勢。


灰もその異様な気配に気づいて恐怖の色をにじませる。


「おい……おいおいおい! まさかとは思うがあいつ!」


屍食鬼の、満面の笑顔で固まってしまったような表情が脳裏に焼き付く。


恐ろしく不気味で、恐ろしくおぞましくて。

それ以上に明確な悪意を感じ取る。


まっすぐに走ってくる。

物で封鎖されている入口などなんのその。

そのまま思い切り体当たりしたようだ。

堅牢な建物のはずなのに、小さな地震を思わせるほどに揺れた。


一階から響く悲鳴。

レストランに慌てて入ってくる人影。


「灰さん! やばい、奴らが入ってきた! どんどん入って来てるっ!!」

「下の見張りは……⁉」

「今戦ってるっす!」

「分かった! 戦えない奴らは上の階まで避難させてくれ! すぐに俺も行く!!」


見張りをしていた男たちも続々と一階へ駆け降りていく。


「鴉、頼む! 無理を承知で俺たちと一緒に戦ってほしい!」


テーブルに勢いよく額を擦り付ける灰。

必死なことは誰が見ようと明らかだ。


だが灰やその仲間は裏社会に棲息する人間だ。

暗殺者ほど訓練されていないとはいえ、危なくなったら見切りを付けるくらいの冷徹さは持ち合わせているはずだ。


先程まで観察していたところ、彼の仲間はモール内に六人ほど。

全員が二十代以下で体力も気力も漲っている小集団だ。


――他の人間を諦めて一目散に駆け抜ければ安全圏まで逃げれる可能性は十分ある。

それでも他者のために頑張ろうとする理由。


それが不明瞭であるならオレは手を貸さない。

なぜなら大した覚悟もない相手に背中は預けられないから。

戦闘途中で逃亡されでもしたら割を食うのはオレだ。

だからこそ彼の覚悟を知りたかった。


「見捨てるつもりはないのか?」

「それを考えなかったと言えば嘘になる。だが……まだ生きて救えるかもしれない人間を見捨てることはできねえんだ。馬鹿で無謀だとは分かっていてもチャレンジする前にギブアップは俺たちに相応しくない」


震えている。

冷や汗をかいている。

それでも顔には闘志を込めた笑みがある。


――なるほど。

最初から灰たちは変わらない。

それが本物の恐怖や絶望に在る命を賭けた戦いだとしても生き方は曲げない。

生きることをゲームと捉え、一プレイヤーとしてやりたいことをやりたいようにやる。

それが灰の統率する裏社会グループの一貫したやり方だ。


覚悟は十分。

あとは実力が伴うかどうか。

それはできる限り、オレが埋めて――いやもしかすると姫咲も埋められるかもしれない。


EAはもう結城には繋がらない。

恐らくは対応に追われた結果、混線しているのだろう。


「――また水瀬に怒られるだろうな」


その小さな一言は姫咲にだけ聞こえていたかもしれない。


「分かった。オレはできる限り一階の援護に回る」

「おお、やってくれるか! ありがとう!」

「礼は生きて帰ってから現金で頼む」

「はは、そりゃそうか。裏社会のルールってやつだ」


オレは席を立つ。

それから姫咲にも声を掛ける。


「お前はどうする?」

「私は……」


言い淀むがオレの隣りに並んだ。


「条件を飲んでくれるなら」


それからオレの肩を自分の方に引き寄せる姫咲。

ちょうど身長差を埋めるくらい。

耳元で静かな声。


正直彼女の言う条件はオレ一人では判断できない。

だが姫咲の力が強力であることは確かなことだ。


「……オレにできる範囲で口添えする。それで納得してくれないか?」


小さな黙考。


「分かった。約束は十字架に誓って――」


姫咲は胸元を掴むように手を動かすがやはりそこには何もない。

それを悲しそうしつつも、代わりに小指を立てて差し出してくる。


オレも小指を絡ませる。


「指切りげんまん嘘ついたら一生のーろう、指切った」

「そこは針千本だろう」

「いいの。針千本より一生女の子に呪われる方が怖いから。それでおにーさんは?」

「色々異議は唱えたいが……約束する。オレはオレにできる範囲でお前の力になる」

「よし! なら行こう!」

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