♰Chapter 23:今後の方針
「水瀬は十塔坂で吸血鬼と名乗る男と戦ったんだよな?」
「ええ。アングストハーゼ――それが彼が死に際に名乗った名前よ」
「アングストハーゼ……臆病な兎、か」
ドイツ語を直訳したオレに水瀬は目を丸くしている。
「八神くん、ドイツ語ができるの……?」
「ああ、まあ多少はな」
否定しても仕方ないので素直に肯定する。
昔取った杵柄、というのだろうか。
暗殺の師に学習面でも多くを叩きこまれたことが頭をよぎる。
「英語は?」
二の矢の質問がすぐに飛んできたことに、オレは何かを間違えたかもしれないと思い始める。
「……多少な」
「中国語や韓国語、フランス語やスペイン語は?」
三の矢の質問で、オレはついに水瀬が好奇心で動いていることを悟った。
「……本筋とずれてきているぞ。まあ、それらも単語の意味くらいなら多分」
「……八神くんは不思議な人ね。それでも十分すごいことなのよ。でもそうなると変ね」
「変? 何がどう変なんだ?」
「この前の中間試験。八神くんの英語の点は81点だったわ。決して低くはない点数だけど貴方ならもう少し取れたんじゃないかしら?」
「よく人の点数まで覚えてるな……。言っただろう? オレは広く浅く”多少”しかできない器用貧乏なんだ」
凪ヶ丘高校は進学校の部類に入るため、基礎から応用まで満遍なく出題される。
加えて中間試験では学年十位以内位に入らなければならないという枷があった。
ゆえに主要五科目の総得点は500点満点中450点以上をノルマとしていた。
結果、オレの総得点は451点で学年九位。
わりといい順位に付けたのである。
「器用貧乏、ね」
「何だその目は」
「いいえ何でもないわ。私には八神くんが器用貧乏じゃなく、能ある鷹は爪を隠すに見えるけれど」
ジト目が向けられるがオレは突っ込まずにスルーを決め込む。
「流石に脱線しすぎだ。話を戻すぞ」
「ええ、そうね。ええと、アングストハーゼが臆病な兎っていう話だったわよね」
「ああ、それだが意訳した臆病者や寂しがりと言った意味合いの方が正しいかもしれないな。お前が戦った吸血鬼はどういう相手だったんだ?」
「最初は獣の容姿をしていたけれど、その後の人の容姿はすごく綺麗だったわ。青ざめた肌ではあるけれど美形と言っていいと思う。戦闘能力についても驚いたところが多かったわ。特に彼は直撃を避けたとはいえ、私の死を司る固有魔法に当てられても退けて見せたわ。恐らくはそれがあの吸血鬼の異能だったのね」
「屍食鬼とは比較にならないか?」
「間違いなく」
魔法使いの水瀬がそう言うのだ。
屍食鬼が通用魔法しか使えない魔法使いだとすれば、吸血鬼は強力な固有魔法を使う守護者レベルの魔法使いだと考えた方が良いかもしれない。
水瀬は少し考えた後に方針について結論を出したようだ。
「――決めたわ。少なくとも今回の二件については私と八神くんの別行動は極力避けましょう。そしてもしも相手が私たちよりも格上だったなら状況次第では逃げること。どれほどの脅威かは実際に遭遇してみないことには分からないけれど、できるだけリスクは取りたくないと思うの」
「ああ、オレもそれに賛成だ。”屍食鬼”のさらに上位の存在だからな。これまでも厄介な魔法使いとは戦ってきたが今回はより詰む可能性が高い。自分の力を補ってくれる存在は素直に助かる」
水瀬はやや不満そうだった。
「私と八神くん、どういう関係だったか忘れたの?」
「導き手と被導き手だろう?」
いいえ、と首を横に振る彼女。
不満が不安になりつつある彼女を揶揄うのはそろそろ止めよう。
実はしっかりと覚えているオレである。
「相棒だな」
躊躇いもなく答えたオレに再びのジト目が刺さる。
「そうよ。覚えていてくれて嬉しいわ。でも覚えていたのならわざわざ私の反応を楽しむみたいなことをしなくてもいいのに」
水瀬は意地悪ね、と付け足しの一言。
それでもオレなりのユーモアだと解釈してくれたのだろう。
その後の言葉に険はない。
「私と貴方は対等な相棒。お互いがお互いを補い合える、そんな関係を築けたら……そう思って相棒って言ったのよ」
「水瀬にとって相棒は特別な言葉なんだな」
言葉の端々から感じる相棒という言葉への想い。
そういえば東雲の件で彼女に協力していた時も嫉妬のような感情を見た気がする。
だが本当にわずかなものなのであの場では気にしていなかった。
「ええ……私にとっては少しだけ特別な言葉」
思えば数か月とはいえ水瀬とは同じ場所に住み、同じ釜の飯を食べてきた。
だがお互いに知っていることといえば表層的な過去が多い。
水瀬からすれば、オレは暗殺者であるということ。
伊波と過去に接点があったことくらいは知られているかもしれないがごく一部だ。
オレからすれば、水瀬は魔法暴走を起こしたことがあるということ。
そこで過去の守護者を一人、意図せずに手に掛けてしまったこと。
だがお互いにそれは過去の一部に過ぎない。
水瀬が固有魔法を得たきっかけをオレは知らないし、オレが暗殺者になったきっかけを水瀬は知らない。
他にも互いに知らないことは山ほどある。
近いようで遠い。
それがオレ達の関係性なのだ。
「――ごめんなさい。この話はここで終わりにするわね」
水瀬は完全にスイッチを切り替えたようだ。
オレもわざわざ話を戻すような真似はしない。
「さて、八神くんはこれほど立て続けに任務を担うのは初めてよね? 肉体的な疲労や精神的な疲労はケアできてる?」
確かに最近は任務が立て込んでいる。
それも吸血鬼の存在のせいなのだが文句を言っても仕方のないことだ。
学校生活では朝凪祭の準備期間に入っていることもあり、平日の日中の運動量も馬鹿にならない。
二重生活というのはなかなかに厳しいものがあるのも事実だ。
だがそれはあくまでも普通の人間の話。
「ああ、大丈夫だ。水瀬には以前話しただろう? オレは組織に飼われていた暗殺者だ。ひどい時には一夜でいくつもの任務が与えられていた。魔法や魔術が絡むとはいえ、命のやり取りをするという意味ではこちらの方が楽なくらいだ」
「そう……八神くんにそう言わしめるほど貴方がいた場所は過酷だったのね」
「……まあ、普通の人間なら発狂するか自死するだろうな。実際にそういう人間も見てきた。人間社会なんてものはどんなに技術が発展して豊かになっても影が付き物だからな。極論を言えば〔幻影〕ですら影じゃないか? 一般人に認知されず、一般人を装い、一般人が超常の力に怯えないで暮らすための社会を支える役割を果たしている」
〔幻影〕という組織の由来を聞いたことはない。
だがしかし、そんな意味を込めて〔幻影〕と名付けたのではないだろうか。
秘密結社と言えば聞こえはいいが結局は人の記憶にも歴史にも残らない組織だ。
「八神くんは本当に大人びているのね。私が考えもしないようなことを思っている」
感心するような水瀬にオレはただただバツが悪い。
「どうでもいいことを考えているとも言えるけどな」
「いいえ、そんなことはないわよ? 時に一人の気付きが世界を救うことだってあるかもしれないもの?」
「……そこまで言うなら尻上がりじゃなくてはっきりと言い切った方が格好がついたな」
くすくすと笑う水瀬にオレも肩の力を抜く。
同じ空間に他人がいてもこうしてある程度の警戒を解けるようになったというのはオレの変化したところなのかもしれない。
――成長かと言われれば退化な気もするが。
また余計なことを考えつつも、明日の夜の任務に備えるのだった。
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