♰Chapter 22:少女の行方

琴坂と共に”屍食鬼”を制圧し、水瀬邸に帰宅してすぐのこと。

会議室用のホログラム機器が設置された部屋の扉が開いていることに気付いた。

覗いてみると水瀬がホロキーボードを叩いてデータをまとめているところだった。

複数タブを開いて忙しく指を動かしているところを見るにオレには気付いていない。


こんこんこん、と扉を叩くとようやくこちらに気付いたようだ。


「ああお帰り、八神くん。こっちに夢中で気付かなくてごめんなさい」

「いやそれはいいんだが。その資料は全部”屍者”に関するものか?」


ホログラム上には現時点で分かっている”屍者”の特徴や被害分布など、様々な情報が分かりやすく整理されている。

そのなかに〔ISO〕の第二支部から送られてきた情報も並んでいた。


「中州の遺体の件と連絡橋の検証結果、それに〔約定〕との関係性の結果も出たのか」


水瀬が分かりやすくその情報だけをピックアップしていく。


「ええ、つい夕方頃に送信されてきたばかりよ。まず簡単に終わる方から伝えるけど、今回の”屍者”の件について〔約定〕が関わっている可能性はほぼゼロだそうよ。信頼できる密偵からの情報をさらに精査したものだから確実と言ってもいいわね」

「そうか、〔約定〕絡みじゃないのか」

「八神くんは〔約定〕が糸を引いていると考えていたの?」

「ああ、いやそういう訳じゃない。なんだかんだ言ってもオレがこれまでに関わってきた大きな任務は全て〔約定〕とのものだっただろう? 今回は違うとなるとまた新しい傾向の任務になるんじゃないかと思っていたんだ。その過程で改めて〔幻影〕の存在意義を思い出していたところだ」


水瀬は細指を立てて微笑んだ。

まるで教師のようだ。


「〔幻影〕は対犯罪者――特に魔法使いや魔術師などの超常の力を使う犯罪者による犯罪を防ぐのが目的の組織ね。最近力を付けてきている魔法テロ組織〔約定〕も筆頭ではあるけれど、それ以外の事件も抑止することが求められる」

「ああ、分かっているつもりだ」

「なら良し」


少しおどけたような物言いで復習をしてくれる。

オレは修練の時もそうだが水瀬の丁寧な言葉と柔らかい態度にとても助けられている。


以前には人との関わり方が分からないと言って、オレとの距離感を間違うこともあった。

だが今では適切かつ接しやすい雰囲気を纏っていると思う。

そんな感想を心のなかで思いつつ、次の話題へと移る。


「さて……次は遺体の状況だけれどこれは〔盟主〕が見せた他のものとほぼ同一ね。水を飲んではいるけれど血を抜かれていることには変わりなかったわ」


遺体の画像も添付されているが目新しい情報はない。


「でもね、真夜中に連絡橋を歩いていた女の子と男の人については綴さんの固有魔法である程度足取りを把握することができたわ」


男の写真は恐らく身分証のものをそのまま持ってきたのだろう。

画像も鮮明でプロフィール情報も満遍なく網羅している。

一方で少女の顔写真はいくつかあるのだが、その全てが顔の全体像を映していない。

詳細なプロフィールもなく解像度が低い。


「少女のほう。これは監視カメラの映像から強引にくりぬいて作った感じがするな」

「私も同感ね。ここを見て八神くん」


そこには戸籍未登録のため、照合不可とされている。

この国に生きているのなら必ず戸籍を持っているはずだ。

少なくともまともな人間なら照合できないことなど有り得ない。

もし例外があるとすればそれは。


「不法入国者……あるいは戸籍が最初から創られていないのか?」

「その可能性が高そうね。彼女が”屍者”の件に関わっているかは不明だけど、参考人であることは間違いない。足取りは男の人と前払いの無人受付ホテルに入ったところで途切れてるわね……」

「朝になると男だけが出て行った。彼女は出ていった記録もなし……か。おかしな話だ」


男の調書も作成されている。

とはいってもこの男は酒に飲まれて全く覚えていないらしい。

役立たず、というわけだ。


だがここまで徹底しているとなるとますます少女の行方が気になる。

今回の”屍者”の件と関連があるかは不明だが、何らかの事件に関わっている可能性は高い。


「この件は綴さんたちが担当するみたいだから結果を待ちましょう」


連絡橋に関する資料が撤去されると最後の二枚が同時にピックアップされる。

これは結城の分析書であり、少女の行方とは関係ないものだ。


「一つは第十五区のショッピングモール――サンセットモールにおける”屍者”生息の可能性。そしてもう一つが第六区のバー――シークレットガーデンにおける同事項ね」

「やけに具体的だが……これも未来予知っていう奴か?」

「たぶんこれは諜報部隊による情報収集の結果ね。それを未来視で上手く補完しているんだと思う」

「今回はこの前の逆を行ったわけだな」


前回は未来予知をしてから諜報部隊による情報収集を行って場所を絞り込んだ。

今回は諜報部隊による情報収集を行ってから未来予知をして場所を絞り込んだ。

縛りは厳しいのだろうが上手く使えばとても有益だということを実感する。


作戦時間や場所など概ねの情報は添付してあるようだ。

一通り目を通すなかで目が留まる箇所があった。


「この点は気になるな。『一際強力な”屍者”がいる可能性について』。しかも今回の二件ともがその可能性を示唆されている」

「ここに関してはあくまでも未確定の情報ではあるみたいね……。言葉から察するなら”屍食鬼”の上位的存在――”吸血鬼”かもしれないわ」


吸血鬼。

その存在と水瀬は一度戦っている。

本人の口からも軽く聞いておきたいところだ。

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