♰Chapter 6:父娘の仲
「鷹条、お前の目に彼はどう映る?」
「無欲の仮面を纏った強欲でございますね。ですがしっかりと考えたうえでの言動であると思います」
どうやら鷹条はオレの言葉の裏を読んだらしい。
”今は”と言えば”未来には”望む可能性があると言っているのと同義だから。
「この秘書にそうまで言わしめる君は何者なんだろうな。いや、応える必要はない。詮索するつもりもない。何者であろうと一宿一飯の恩義には報いるのが私の流儀だ。そうだな――」
わざとらしく考え込む彼にオレは嫌な予感を覚える。
逃げようにも逃げられないもどかしさ。
「命と等価となれば――娘との婚約はどうだ?」
「……っ」
思わず息を呑んだ。
そんな地獄があってなるものか。
オレは守護者との関係性の構築のために動いていたのであって、決して面倒くさい少女と結ばれるためではない。
瞬時の思考を見通したわけでもあるまいが、鷹条は口元に手を当てている手前、面白がっているのは明白だ。
「丁重にお断りさせてください。オレには彼女を支えるだけの力もなければ金銭もありません。第一、貴方は娘を大事に思っているからこそあの場で助けに入ったんでしょう? それなら彼女の意思を尊重して自由とそれに対する承認を与えてやることが彼女のためになるのではないですか?」
ずばずばと切り込むのもどうかと思ったが、東雲父は真っすぐな言葉を好む。
ならば下手な言い回しをせず、直球勝負だ。
「一理ある。しかし君の言は一つ間違えている。私は確かに朱音を大切に思っている。今も昔もあの子の意思を尊重することを忘れていないし、承認についても鋭意努力している」
……そうだった。
つい先程不器用であることを告白されたばかり。
心のなかで娘に対する言葉を持っているのもまた事実なのだ。
だがそれは本人に伝えなければ意味を持たない。
家族だからこそ本音が出しづらいというものなのだろう。
「だからこそ君になら宝物を預けてもいいと、そう思えたのだよ。もちろんその過程であの子が拒絶するか、あるいは私が相応しくないと思えば取り上げるつもりでだが。要するに今回の件で君は人として大切な最初の信頼を私から手に入れたんだ」
それに合わせるように鷹条が頷く。
「そうですね。彰臣様が宝物を他者に預けようとすること自体、長年秘書を務める私ですら初めて見ますよ。どうです? 預けられてみませんか?」
男三人。
本人不在。
蓋を開けてみれば真面目に馬鹿話に花を咲かせているだけだ。
東雲もさぞ不本意なことだろう。
「一時、オレは彼女――東雲朱音と偽の恋人をやりました。と言ってもデートなんて甘いことは一度もなく、いくつかの場面で振りをしただけですけどね」
「ほう」
ぴくりと反応する東雲父。
「その理由は言わなくとも察してもらえるかと思いますが、貴方を騙し、御法川との婚約話を破談にさせるためです。結局は有耶無耶になったまま終わりを迎えましたが」
全くひたすら苦い思いをしただけの日々だった。
一週間にも満たない短期間、付き合っただけであれだけの疲労だ。
二度と経験したくはない。
「そのとき、感じたんです」
あえておく一呼吸。
この重みは静けさを伴って空間を支配する。
「ああ、オレは彼女とは合わない、と」
流石の鷹条もこれにはちらりと東雲父の顔を見る。
言い過ぎの気があるのは確かだが、のらりくらりと婉曲に伝えようものなら相手の反感を長く買うだろう。
それならば短く一度の不満を買うだけでいい。
「……そうか。ならば今は仕方ない。だが婿候補にはなってしまったぞ、八神くん」
諦めの悪い彼にどうしたものかと思ったそのとき、勢いよく扉が開けられた。
威風堂々、もはや厚顔無恥を疑いたくなるほどそそっかしい態度。
額には薄く汗の玉が浮いており、その瞳は肉食獣もかくやという怒り目である。
頬の上気とかすかな口呼吸は大急ぎだったことを示している。
「……お父様っ! 鷹条から八神との婚約を取り付けようとしているという知らせが来たんですけど⁉」
幾分砕けたのは健全な父娘仲に変化している真っ最中ということだろう。
それについては良いことだ、とオレは知らんぷり。
そして鷹条はといえば彰臣の視線を知らんぷり。
秘書の態度としては間違いなく首切りものなのだがそこは長い付き合いなのだろう。
特に叱責するでもなく淡々と切り替える。
「朱音、お前への入室許可は出していない」
「それは……ごめんなさい。でもこれは流石にっ……!」
ちらりとオレを見る東雲。
視線がかち合うとまるで生ごみを見るかのような冷え込んだ雰囲気を感じる。
余計なことを言えばこの後がひどいぞと脅されているようだ。
「ならばお前に聞こう。敵の固有魔法の影響下にあったとはいえ、私の目を欺くために彼に偽の恋人役を願い出たそうだな」
「う……。でもお父様、あたしはあたしの気持ちで今は誰とも未来を確定させたくないんです。お父様が期待する相手も成人を迎えるまでには決めますから。それまで待っていてくれませんか……?」
東雲父の威圧は和らいでいるが決して消えたわけではない。
彼女としては自分の意思を貫きつつ最大限の譲歩を父親に差し出しているのだろう。
精一杯自分を誇張できるように身振り手振りが大きくなるのはその表れだ。
彼はたっぷり五秒の間を開けると一歩を踏み出す。
「……!」
それからそっと彼女の頭に手を置いた。
その行為に彼女は撫でられながら驚いている。
「なら今はそれでいい。精々魔法使いと学生の二つを成り立たせて見せろ。これまでと同じように」
素直な褒め言葉とは程遠い。
だが真っすぐな行為に込められた思いは彼女にも伝わったようだ。
「はいっ……!」
東雲朱音という一人の魔法使い――もとい少女。
彼女の願望が『承認』であったというのなら。
わずかにでも一部を手にした今。
世界一の幸せを手に入れたようなその表情を忘れることはないだろう。
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