♰Chapter 5:報酬の選択
「先日は世話になった」
呼び出されたのは東雲グループの本社だ。
戦場であったその場所は今は急速な復旧が為されている。
だが完璧に元通りになったわけではない。
一階のホールは銃弾や焼け焦げた跡が色濃く残っている。
また幾つかあるエレベーターのうち、半数程度が機能停止。
執務室へ向かう通路の窓硝子も今はブルーシートが掛けられている。
というのも今回は広範囲に及ぶ激しい戦闘だったため、事後処理部隊の修復作業が追い付かなかったらしい。
それでも最優先で道路や他の建物を修復しきったのは彼らの腕前の良さだろう。
結果的には魔力が枯渇したため、後日修復する予定になっていると聞く。
そんな場所に呼びつけられてオレはやや億劫だった。
「初めまして、と言った方が良いんでしょうか?」
「いや精神操作を受けていた時の記憶は朧気だが覚えている。まともな状態でゆっくりと話すのは今日が初めてとなるがね」
以前より幾分柔らかいのは恩義があるからか。
彼の隣りには鷹条が密やかに立っている。
「私は要点を抑えた会話が好きなのでね。前置きもこれくらいに本題を切り出させてもらおう」
その言葉に義理の父娘である彼と東雲の姿を重ねてしまう。
駆け引きは好きではないという点でそっくりだ。
もっとも彼の場合は必要に迫られた時の駆け引きにはめっぽう強いのだろうが。
「私は不本意ながら敵魔法使いの魔法に屈してしまった。それを救ってくれたのは紛れもなく君だな?」
その言葉で今回の呼び出しの意図を理解した。
「それは違いますよ。オレは直接貴方を助けた覚えはない。あくまで東雲――朱音に協力しただけです」
東雲父を正常に戻すためにもっとも尽力したのは彼女だ。
オレは主体的に彼を助けようとしたわけではなく、あくまで協力しただけ。
礼を言われる筋合いはないのだ。
「その協力に感謝したいのだよ。本来なら自分の力でどうにかすべきだったところで失態を犯し、新人の魔法使いの君に迷惑をかけたのだから」
執務室の立派な椅子がきいっと音を立てる。
彼が背もたれに体重を預けた音だ。
「何か欲しいものはあるか?」
オレは少しだけ考える。
この場で報酬を貰わないという選択肢はない。
相手は社会的立場のある人間であり、信賞必罰の世界に生きる人物だ。
下手に断れば相手の面子を砕くことになる。
「そういうことならありがたく一つ、聞かせてもらませんか?」
「尋ね事か。一つと言わず、いくつでも聞いてくれて構わない。私に応えられることなら可能な範囲で応えよう」
オレの脳裏に浮かぶのは御法川の固有魔法にかかった演技をした鷹条と実際にかかってしまった東雲父のことだ。
「ではお言葉に甘えさせてもらいます。貴方は御法川の固有魔法に魅了されていた。それは事実だと思います。ですが鷹条さんは操られた振りをしていただけで実際には魔法にかかっていなかった。どちらも魔法使いだと思うんですが、その原因は何なのかなと」
「そうだな。その疑問はもっともだ。私も鷹条も同じ魔法使いだ。実力もほぼ同格――」
そこで鷹条がそっと口を挟む。
「
「ならそうしておこう。ともかく魔法に対する耐性が比較的高いのが私たちだ。だがそれは意識的に高めてこそであり、相手の魔法を受け入れる意思を固めた時点でその抵抗力はなくなるのだ」
「それはつまり、御法川の魔法を意図的に受け入れたのが貴方であり、抵抗の意思を持っていた鷹条さんは跳ね除けていたと……そういうことですか?」
もしそうならさらに疑問が浮かぶ。
なぜそんなことをしたのか。
鷹条の言うように東雲父の実力が上なら御法川を力づくで制圧することもできたはずだ。
「君の言いたいことは分かる。それだけの力があるなら、なぜあんなことをしたのか……とね。それは本来話したくないことだが――」
一呼吸の間。
「私は私の仲間と娘を守りたかったのだ」
東雲父は引き出しから一冊のファイルを取り出す。
そこから迷わず抜いた紙の写真が数枚。
「誰一人として忘れてなどいない。彼ら彼女らは今回の騒動で命を落とした私兵と社員だ。この犠牲者を多いとみるか、少ないとみるか……君ならどう見る?」
「あくまでオレ個人の感想だと思ってもらいたいですが……少ないと思います」
その答えに大きく頷いた。
「そうだ。この犠牲は少ない。少ないが大きい犠牲だ。では私があらかじめ御法川を制圧できていたらどうだっただろう?」
「もっと少なかったのではないでしょうか――いや」
少し考えてからその考えを訂正する。
「君も気付いたようだな。残念ながらこれには隠れた条件がある。私が気付いたときにはすでに把握できない数の社員が操られていたよ。そんななか私が抵抗したらどうなるか。正常な人間と異常な人間とで同士討ちだ。本来憎み合う必要のない者同士での殺し合い。凄まじく不毛な犠牲者を多数生み出していたことだろう。かと言って私が操られた演技ができるほど器用な男に見えるか?」
自分に呆れるように両手を広げて見せる彼。
「……見えませんね。娘にすら素直に気持ちを伝えられないくらいですから」
「ふっ、言うじゃないか」
でもなるほど。
東雲父は自分の中でよく考えた末に、導いた最善を行動に移したのだ。
たらればの世界線も含めて、彼の立場ならオレでも同じ選択をした可能性がある。
「だがそういうことだ。君の疑問には答えられたと見てもいいかね?」
「ええ、十分です」
「ところで、やはり尋ね事だけと言うのも面白くない。本当に何か欲しいものはないのかね?」
改めての催促。
手札は多いに越したことはないが、東雲グループには謎も多い。
神宮寺のような財閥ではないものの、その規模は間違いなく屈指だ。
その全容が把握できていない以上、どんな願いが相応なのかが分からない。
加えて今は彼に望むこともないのだ。
「付けにしておいては貰えませんか?」
東雲父はわずかに瞼を持ち上げる。
「ほう。それはどうして?」
「今のオレが貴方たちに望むモノがないからです」
沈黙に耳が痛くなるほどだ。
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