♰Chapter 4:複数の固有魔法

オレは冷めつつあった紅茶を一口。

珈琲も紅茶も淹れたてが一番だが、水瀬の淹れる紅茶は冷めても美味しい。


「水瀬君は八神君の固有魔法を知っているね?」

「ええ、以前も盟主がいたときに話していたと思いますが〔暴食の罪鎖ギルティ・グーラ〕。簡単に言えば魔力の吸収・還元が主な魔法ですよね?」

「それに間違いはないかい、八神君?」

「概ね合っているかと」


オレは新しく使った固有魔法のことを聞かれるなと覚悟した。


「報告書によると八神君はもう一つ、新たに固有魔法を使ったとある」


その言葉に水瀬は驚きを隠せない。

心なしか結城も小難しい顔をしている。


「複数の固有魔法……私は見たことがないけれど……。派生系統の魔法じゃ、ないのよね?」


確認するようにオレを見る水瀬。

水瀬や東雲にも固有魔法の名称がある。

それがいわば樹形図の天辺にあたり、そこから無数に枝分かれして様々な魔法を扱える。


分かりやすいのは前回の東雲だろう。

紅雷を前方に飛ばす魔法や生体電気を感じ取る探知系の魔法等を使っていた。

あれらは間違いなく通用魔法ではなく、固有魔法の派生だ。


「正直、オレにもよく分かっていない部分が多い。起きた現象をそのまま口にするなら、オレの振るった戦斧は民間人を透過して御法川の瞳だけを斬ったことになる」

「指定対象のみを攻撃対象にする魔法……ということかしら。盟主はどう思いますか?」

「ふむ……私にもはっきりしたことは分からない。これまでの記録にも複数の固有魔法を持ったことのある魔法使いの記録はないからね」


それから結城は何かに思い当たったようだ。

すぐに前言を濁す。


「……いや正確には一人だけいる。が、これはまだ話しても仕方のないことだ」


結城は席を立つ。


「魔法使いとはあまりにも多様であまりにも不可思議な存在だ。とてもではないが一義に定義できるものではない。だからこそ、八神君が稀な特異体質である可能性を排除できない。もし固有魔法が二つあるのであれば身体への負担も尋常じゃないはずだ。何か気掛かりなことがあればいつでも〔調律〕してくるといい。私から話は通しておく」

「了解です」


ほう、と息を吐き出す結城。

彼も真面目な話をするのに気を張っていたのだろう。


「では今回はここまでとしよう。思ったより時間を食ってしまって悪かったね。今度東雲君も含めてケーキでもご馳走させてほしい」


そう言うと彼は帰っていった。

途端に室内は静寂に満たされる。


広い洋館にオレと水瀬が二人。

この空間にも慣れたものだ。


「オレたちも一度解散するか」

「ええ、そうね」


オレが水瀬と別れ、自室に戻ろうとしたときだ。


「やっぱり待って!」


水瀬の鋭い声。

背後には彼女の気配がある。


「ねえ、八神くんは――貴方はいなくならない……?」


ひどく不安げな響きを持つ声音。


オレは半身で振り返る。

そこには一定の距離を開けつつも、中途半端に伸ばされた手がある。

オレが以前人との触れ合いが好きじゃないと言ったことを守っているのだと直感した。


「何を心配しているのかは分からないがいなくならないぞ。〔幻影〕に追放でもされればその限りでもないだろうが」


冗談交じりにオレは否定するのだが、水瀬は納得しない。


「……でも貴方はいつも傷だらけよ。前回も、そして今回も。こんなことが続いてしまったら、いつか――」


その先は存在しない。

口に出すこと自体を嫌悪していることが伝わってくる。


オレの言葉数はそれほど多くない。

まして自分のことに関してはほとんど話さないと言ってもいい。

それゆえに水瀬に精神的な不安を与えてしまっているのかもしれない。

これ以降の任務のためにも修正が必要だ。


「水瀬、オレとお前の関係はなんだ?」

「私と、八神くんの関係……?」

「ああ、そうだ。お前は出会ったばかりの頃、オレにどんな関係を迫ったか覚えているか?」


唐突な問いかけに戸惑いつつも真剣に答えを出す水瀬。


「相棒になってほしい、そう言ったわ」

「ああ、水瀬からはそうは見えなかったかもしれないがあの時は驚いたな。いきなり魔法使いだと明かされ、突拍子もない提案を持ち掛けられたから仕方ないともいえるが」

「ええと……その節はごめんなさい」

「いやそれは良いんだ。オレも魔法使いとして秩序のためにその力を使えるようになったんだからな」


大真面目に申し訳なさそうにする彼女にオレはバツが悪くなる。


「話を戻そう。そんなお前にとっての相棒とはどんな存在でどんな関係性だ?」


その問いかけには少しの間が空く。

改めて問われるとすぐには答えられない――そんな意地悪な問いだったかもしれない。


水瀬は丁寧に、そして間違えようもなく正しい言葉を紡ぐ。

交じりっ気のない純粋な思いだけが宿った言葉だ。


「そうね……私にとっての相棒はきっとお互いに信頼を預け合える人。苦しい時も辛い時も、もちろん楽しい時も嬉しい時も支え合って、分かち合っていけるようなそんな関係だと思う」


――比翼の鳥。

雌雄で一つずつの翼しか持たない空想上の鳥だ。

二羽で一対の翼となり、互いに支え合って大空を飛ぶ。

だが片方が死んでしまえばもう二度と飛ぶことはできない。


オレは水瀬の言葉を聞いてその言葉を思い出した。

彼女が相棒に求めているのは一方的な関係ではなく、相互的な関係なのだ。


オレは小さな溜息を吐く。

それは落胆や嘆きなどでは決してない。

彼女が眼前の答えを見逃していることに対する賞賛交じりの呆れだ。


「なんだ。お前にはもう答えが出ているじゃないか」


水瀬はハッとする。

それから微笑んだ。


「相棒なら相棒を信じる。私は貴方を――八神くんを信じる。それが私たちの関係だものね」


思わず魅入ったオレの視線で、水瀬も気付いたらしい。

わずかに朱に染まった頬のまま視線を逸らされる。


「と、とにかく! 八神くんが大丈夫って言い張るならそれを信じるから! 突然変なことを言ってごめんなさい。先に戻るわね」


慌てたように去っていく水瀬の背中。

それを見送ってからオレは一人冷静に考察を巡らせる。

彼女の心配の火付けとなった原因を今ある材料で推測してみる。


――貴方はいなくならない?

つまりそれは彼女のもとから過去にいなくなった人がいるということ。


水瀬は過去に守護者を意図せず殺害している。

そして直近では伊波遥斗を手に掛けた経緯がある。


それと今日結城と話した話題。

あわせれば彼女の発言の意図は簡単に想像できた。


「毎回任務で大怪我、それに二つの固有魔法……普通じゃありえないことならそれは心配にもなるか」


オレは自分の手を見る。

皮膚は厚く、細身ながら筋肉がついている男の手だ。


御法川の一件から声の存在に呼び出されることもなく、身体に異常もない。

だがもし強引に固有魔法を行使した代償が必要なのだとすれば。


「……軽くはないだろうな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る