♰Chapter 3:御法川の処遇

オレと水瀬は例のごとく、〔幻影〕盟主・結城熾ゆうきしきから招集を受けていた。


場所は水瀬邸の一室。

いつもと違うことといえば〔迅雷〕の守護者・東雲朱音しののめあかねもこの場にいることだろうか。


「やあ、水瀬君、八神君、それに東雲君。こうして四人で集まるのは何気に珍しいことじゃないかな?」

「そうですね。朱音がいることには驚きましたけど……」


水瀬の視線の先には珍しく紅茶――と言ってもミルクをたっぷり入れたミルクティーを呑む東雲がいる。

緑茶を飲んでいるところしか見たことがないので珍しい光景だ。


「別に変なことはないでしょ。前回の任務は〔迅雷〕の守護者のあたしが一応の責任者だったんだから。むしろこっちが驚いたわよ。なんであんたがこの場にいるわけ?」


若干の棘はあるが、それでも以前より柔らかい。

今までなら完全な無視を決め込んでいたことだろう。

疑問半分、呆れ少々、嫌悪わずかといったブレンド具合で水瀬を睨んでいる。


「それは私から話そう。まず今回の会議だが、魔法テロ組織〔約定〕所属の御法川伊織によるテロ行為についての報告だ。知っての通り、本任務に水瀬君は参加していなかった。だが八神君と相棒関係である以上、聞いておくべきだと私が判断したんだ」

「ふうん。ま、あたしはいてもいなくてもどっちでもいいし。ちゃっちゃと終わらせてよね。あたしも暇じゃないんだから」


ミルクティーに口を付けると微妙な表情を浮かべる東雲。

いまいち口に合わなかったらしい。


「……意地にならずに緑茶を頼めばよかったんじゃ」


ぼそっと声に出したオレに東雲の視線が刺さる。

だが言葉はなく、結城が話を再開する。


「まず被害状況だが、今回の件のみで言えば民間人の死者数は一桁程度だ。大規模な固有魔法を使われても被害を最低限に抑えられたのは幸運だったと言っていい」

「聞いても、いい?」


東雲の声は躊躇いがちではあるが基本的に無感情だ。

強引に感情を抑えつけているともいえる。


「構わない」

「あたしが手に掛けた人数は、分かる……?」


そう。

東雲は魅了の魔法によって短時間ではあるが意識を乗っ取られていた。

彼女の紅雷は身体の末端に触れただけで身体機能を麻痺させ、直撃した場合には人間の脆い身体など消し炭にする。

それが荒れ狂っていたあの夜において、少なくない犠牲者を出したと思われる。


「東雲君が手に掛けた人数は――ゼロだ」

「そう、そんなにこの手で――え?」


結城の声が聞こえて後悔をする東雲。

だがその意味を理解したとき、純粋な疑問の表情を浮かべる。

オレも表情には出さないが疑問なのは同じだった。


「うそ、でしょ……? 御法川に操られていたときの意識は無かったけど、それでも意識を取り戻したときの魔力消費は普通じゃなかった。あれだけの魔法を使っておいてあたしが手に掛けた民間人はゼロ……ありえないわ! お願いだからほんとのことを言って!」


東雲は同情から来る慰めや嘘は求めていない。

むしろ自らの罪に対して正当に裁かれるのを待っている。

それだけ人の命は重いと捉えているのだろう。


「だから言っているだろう? これが紛れもない事実だ。嘘でも冗談でも同情でもない。君の手で亡くなった人間はいない。もっとも一時的な身体機能の麻痺を負った者はいると報告がある。だがそれも数週間程度で元通りの生活が送れるそうだよ」


〔盟主〕としての結城の引き結ばれた口元が軽く緩む。

それは東雲を安心させるためのものだろう。


「良かったな、東雲。オレを殺し掛けたこと以外は命に別状はなさそうだ」

「……はあ。あんたの嫌味が今はなんでか心を落ち着けてくれるわ。でも――そうね。ほんとによかった……」


ミルクティーに小瓶から砂糖を二つ追加する東雲。

普段は渋味のある緑茶を好む彼女だが、今は甘すぎるほどの紅茶がいいらしい。


一口飲んで納得したようにほっとしている。

とはいえ大量のミルクに砂糖……胸焼けがしそうだ。


「民間人からの犠牲者は極力最低限に抑えるべきだ。しかし人智を超える魔法や魔術の存在は時にそれを赦してはくれない。〔盟主〕として言うのであれば、多少の犠牲者が出たとしてもそれは仕方のないことだ。相手が民間人を道具としか思っていないのなら必ず無茶な行動に出る。それは防ぎようのないこと。大切なことはその悔しさをバネに次の犠牲者をどれだけ減らせるか、だろう?」

「難しいけど確かに正しいわね。でも誰もがあんたみたいに割り切れるってわけじゃないのよ。それなら〔宵闇〕と冷戦になるわけもないしね」


東雲は半目で水瀬を見る。

水瀬は申し訳なさそうに視線を落とす。


「二人の確執は――いや今はこの話はやめておこう。話を戻すが死者の多くは御法川に操られた人間の手により命を奪われたものだ。物的損害はいつものことだが事後処理部隊が修復したためほぼゼロだ。あとは……そうだね。今回は事が事だっただけに民間人への隠蔽工作も行った。死者・負傷者に関わらず、遺族や被害者の認識は各々の生活にまつわる要因に置き換えられているはずだ」


例えば腕を骨折していれば交通事故に遭った。

例えば切り傷があったなら料理中の事故だった。


こんなところか。

事後処理部隊とやらがどんな部隊か、少し気になるところだ。

現状では接点すら持てていないからな。


「御法川はどうなったんだ?」


オレの固有魔法で両目が裂けた御法川。

その後、暴走状態に入った彼の意識を刈り取った東雲。

以降のことはオレも東雲も知らないことだ。


「御法川伊織は〔幻影〕と〔ISO〕が共同で管理している対魔法使い・魔術師用の監獄に収監されている。あらゆる魔法や魔術、ひいては刃物や銃では破ることのできない特別製だ。魔法犯罪者の多くがここに集められ、余罪の追及や人間として更生できないかを検討したうえで裁かれることになる」


それはそうか。

氷鉋と伊波は殺してしまったが、全ての魔法犯罪者を積極的に手に掛けるわけではない。

できれば捕縛、無理なら私刑。

それが〔幻影〕や〔ISO〕の治安維持の仕方なのだ。


「なるほどな。収監された犯罪者の全員が全員極刑というわけじゃないのか」

「はは、随分と直球な物言いだね」


結城はとん、とテーブルを人差し指で叩く。


「そうだね……ただ彼は今までに恐らく最低二桁は民間人を殺めているだろう。今回の件が初めて、というわけでもないだろうしね。よって順当にいけば彼は死刑に相当する」


その言葉に反応したのは東雲だ。


「でも情状酌量の余地はあるのよね?」

「ああ、魔法は本人の願望や象徴だ。歪んだ魔法を手に入れてしまった背景にはそれだけ悲惨な過去があるということ。言い換えるならトラウマだね。それは減刑の要素になりうる。といっても彼には魅了という固有魔法があり、先程も言ったように多くの余罪があるだろう。そうなればどれだけ減刑しようとも無期は固い。とはいえ、だ。調査が完了するまではどうにもこうにもできない」

「そう……。でも妥当よね。それだけのことをやったんだから」


東雲の様子がどこかおかしいことにこの空間の全員が気付いている。

思えば彼女の様子は御法川と戦闘をしている時からおかしかった。


「御法川について何か気掛かりなの?」


斬り込んだのは聞き役に徹していた水瀬だ。

一瞬彼女を見た東雲だったが躊躇うように打ち明ける。


「実はあいつの魔法に操られたとき……あいつの過去を見たのよ」

「ほう。それはどのような?」


誰よりも早く反応した結城はとても興味深そうに先を促す。


「あまり気持ちのいいものじゃないわ。あいつには大切に想っている女性がいたの。その人は多分親がいなくて、落ちぶれた地主の祖父に引き取られて過ごしていたみたい。でも彼女の祖父は金に目が眩んで彼女を最低最悪な男に売ったわ。それを目の前で見せつけられ、守れなかった男が御法川。最後には女性の葬儀のところまで見えたわ。たぶん、人生を苦にして自死を選んだんでしょうね」


オレの知らない御法川の過去。

東雲はできるだけ簡潔かつ大まかに話したのだろうが、それでも悲惨さは伝わる。

それが御法川を歪ませてしまった原因なのだ。


「なるほど……固有魔法を通じた意識干渉……。記憶の逆流と言うべきか。魅了という相手の感情に深い影響を与えるものだからか……。いやしかしこれまでに類を見ない体験談だ」


結城は独り言を漏らしつつ、思考を巡らせているようだった。


オレはふと思い出す。

氷鉋冬真ひがのとうまの過去についてだ。

自らも見たことを話すべきか迷ったが、特に話す必要はないと結論付ける。


「同情されるような側面も持つ人だったのね」


水瀬の言葉に東雲がピクリと反応する。

それから無言のオレと考察する結城に対して怒鳴った。


「八神と結城!! 別に犯罪者に同情しろとまでは言わないけどさ! 少しくらい感じるものがあってもいいんじゃないかしら? ねえ?」


憤怒の圧。

その予感。


「いやオレは心のなかで彼も辛い過去を持っているんだなと感じていたぞ。恐らくは結城だけじゃないか? 感じ入るものがなかったのは」


オレは最悪なことに自分の所属する組織のトップを売り飛ばした。

我に返った盟主が平然とした口調で言う。


「ん? 東雲君はそんなに目くじらを立ててどうしたんだい? それに水瀬君に八神君もこちらを見て――」


東雲は瓶から角砂糖を五つ、結城の紅茶に投下する。

ちゃぽぽぽぽん、とやけに軽快な音を立てて溶けていく。


「……東雲君? 私はもうすでに一つ入れていたから六つもの角砂糖が入ったことになる……糖尿病で私を亡き者にするつもりかい?」


珍しく青くなる結城。

新鮮なその表情を見れただけでも東雲に感謝するべきか。


それから彼女はそっと溜息を吐いた。


「はあ。もういいわよ。こいつは最初からこういう奴。あ、もちろん結城を売った八神もね。どっちもとんだ冷徹漢よ。優香も大変ね。こんな奴と相棒を組まされているなんて」


どうあってもオレの方に多く火花が散る運命らしい。


「八神くんは確かに冷たいところもあるけれど、それが全てじゃないわ。ね?」


薄く微笑む水瀬の視線に、オレは謝意を込める。


「あー駄目だこれ。あたしの気持ちに共感してくれる人はこの場にはいなそうね……」


呆れ果てる東雲に、盟主はこほんと咳払いをする。


「最後になるがこれが水瀬君を同席させたもっとも大きな意味だ。八神君、君の固有魔法について話したいんだが」


視線は東雲を見ている。


「あーね。あたしも用事は終わったし、先に帰らせてもらうわ。八神の魔法に興味なんかないし」


毒を吐いてから部屋を出て行った。


「素直じゃないわね、朱音は」

「あれはきっとああいう人間だ」

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