✞第3章
♰Chapter 39:某所にて約定1
某所にて。
無骨な石壁に埋め込まれた鬼火のような明かりが揺れている。
その直方体の広い空間の一面をエンタシスを施した石柱が担っている。
古代ギリシャまたは古代ローマの神殿のような雰囲気を醸しており、風通しはよい。
全体的に古ぼけており、所々に生じた欠損が途方もない月日の経過を連想させる。
空を見上げれば都心では滅多に見られないような星空が輝いている。
まさに生けとし生ける者にとっての原風景が冴え冴えと静寂の間を見守っていた。
そこに〔約定〕の神秘を宿した二十二人の魔法使いたち――〔
正確にはその場に”人”はいない。
全員が全員、タロットの大アルカナに象徴されるアーティファクトカードを媒体として遠隔で集合しているのだ。
したがって素顔は定かではない。
無人の空間にタロットカードだけが浮いている様はひどく滑稽かつ不条理である。
革新者同士で話すこともなく、ただ淡々と”あの方”や”あの人”などと称される『
「――待たせてしまったみたいですね」
広い空間に入ってきたのは仮面を付けた『主』とその傍らに控える意匠違いの仮面を付けた護衛だ。
二十二のカードが円状に浮かぶなか『主』は一枚一枚に焦点を当てる。
人の顔など見えはしないが、まるで見えているように慈しみを込めて口元を綻ばす。
「〔
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二十二の大アルカナを与えられた強力な魔法使いたち。貴方たち一人一人が世界の理を下せるほどの神秘を宿している。それは千差万別ですがここに集まる者のすべてに共通していることが一つ」
それから中性的な声音で微笑んだ。
「世界を変革したいと願っていること。戦争、貧困、差別、犯罪……挙げればキリがない。世界は無数の悪意に満ちている。そしてその多くは人間に端を発している。見て見ぬふりをする者、自らの悪に気付かず行動する者、あるいは悪道を花道と思っている者すらいる始末。彼ら彼女らの前には”選別”の二文字しかない。それは自分か自分以外か。私たちはそれを赦さない。”平等”にすべてを破壊する。障害物があるなら踏み越える。それが私たちの契約であり、魔法革新組織〔約定〕の由来です」
大演説に真っ先に拍手をしたのは
”いい演説でしたよ。私が生涯仕える神はただ一人。そう思っていましたが個人を現人神と思ったのは初めてです”
次に星の魔法使いが反応する。
”ええ、本当に。元々あってないような、曖昧にあふれた世界。可能性に賭けたくて私はここに来た。今の言葉は十分に期待させるものでしたよ”
口々に『主』を認める声が上がる。
「ありがとうございます。あるところでは魔法テロ組織などと呼ばれているようですが往々にして何かを変えようとするものは悪として見られがちなもの。未来をより良いものにするには、過去を受け入れ、現在を足掻くしかない。そう考えた私がただの小組織でしかなかった〔約定〕を革新組織として再構築して半年近く。生身ではないとはいえ、こうして〔約定〕の〔革新者〕が一同に集まるのは初めてであり、集まったこと自体を嬉しく思います。前後しましたが――皆さん、お久しぶりです。私は〔約定〕を統括する『主』。一人一人と顔を合わせたことはあるので改めてになりますね」
『主』の声に真っ先に応えたのは再び法王だった。
”私は正直なところ驚いています。”世界の変革のための人間の排除”という共通目的を除けば理念も目的も――願望でさえバラバラであった私たちをこのように束ね上げているのですから。それだけ貴方には人を引き付ける魅力があるのでしょう”
「ふふ、嬉しいことを言ってくれますね、法王。私が凄いのではなく私の固有魔法が凄い、の間違いでは?」
”……ふ、辛辣ですね。もちろんそれもあります。しかし私は私の尊敬する人にしかつかない。誠実で潔白な人格を持つ貴方であればこそ”
「光栄ですね」
『主』は頷き、次の本題へと駒を進める。
「さて今日、〔約定〕の魔法使い――中でも特別な才能に秀でた〔革新者〕たちを集めたのは他でもない。現状の整理とこれからの活動計画について明かすためです」
腕の一振りで剥き出しの足元に映像が投影される。
『主』は淡々と現状を語る。
「四月から私たち〔約定〕の活動はより活発さを増しています。以前から目を付けられていましたが、この動きに応じるように〔幻影〕――人々の守護者を謳う魔法使い組織が私たちのマークを強め始めました。そんななかでもまず第一の布石。ここでは水の魔法使い・
投影された映像が月魔晶なる紫結晶を映し出す。
実物ではないのに妖艶な雰囲気がこれでもかと漂っている。
”質問、いいかな”
アルトの声音が響く。
正義のアルカナが付与されたカードだ。
「どうぞ、
”わたしはずっと疑問だった。その月魔晶っていうやつは高濃度の魔力集合体だろう? 確かに希少なものだけど二つの人命――これは正確じゃない。運搬や諜報に使っていた協力者も含めると二桁規模の仲間が失われている。それに加えて時間も魔力も金銭も費やした新型アーティファクトまで損なうだけの価値があるものなのかな? それだけじゃない。御法川伊織も拘束されたようじゃないか”
”あっは! そんなのどーでもよくない? 主が必要だと思ってやったことなら正義もみんなも賛成すべきでしょ? それともあたしより下のあんたは主の計画することに不満があるの?”
侮蔑的で、嘲笑的な声音。
”君には聞いていないよ、悪魔。確かに魔法単体では君の方が上だ。だが戦場での実戦となれば話は別だ。少なくともわたしは君よりずっと強いよ”
”……は? ちょー不愉快なんですけど。高々おこぼれで席次に付けたあんたに大言を吐かれると虫唾が走るのよ。訂正して謝りなさい”
”嫌だと言ったら?”
”くびり殺すわ!”
険悪な雰囲気が空間を満たす。
誰も止めないし、誰も割り込まない。
ただ一人、法王を除いて。
”二人とも冷静になるといい。ここで仲間割れをしても意味はない。それに対面ではないとはいえ、私たちの主の前にいる。それは賢明な君達なら分かることだろう?”
”賢明……賢明ね。まあ法王なんてつまらない男の言葉にしては上々よ。救われたわね、正義気取りの盆暗”
”わたしは最初から売られた喧嘩を買うだけさ。引っ込められたなら無理には買いに行かないよ”
張り詰めた空気は残っていたが極力法王が抑えていた。
他の革新者に関しては主の言葉以外はどうでも良さそうな気配だった。
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