✞第2章

♰Chapter 11:屍食鬼と未来視

洋館に戻ると一室にオレと水瀬は集まる。

今夜は結城が来ることができないとのことでホログラムによる緊急会議が主だ。

大画面の中央には結城が映され、その脇には映像のない別枠が設けられている。


”まず始めにだが、八神くんはホログラム会議は初めてになるね。私のほかに黒塗りの枠があるだろう? 別任務に就いている〔絶唱〕の守護者がリスナーとしてこの会議に参加している。これ以降に君達と行動することもあるかもしれないからね”


そう前置きをする。


”さて水瀬君と八神君が遭遇した事件だが。瘴気を纏う死体の男とそれに傷を負わされた人間だったはずの動く死体――とても興味深いね。対敵行動に移行したと聞いているが、水瀬君の感じた具体的なことはあるかい?”


水を向けられた水瀬はきっぱりと答える。


「私が戦った瘴気の男は人の言葉を話しませんでした。それにあの牙と爪による身のこなしは人間に許された動きを超えています。しきりに噛みつこうとする気配もありました。魔法や魔術による被造物、あるいは魔法に呑まれた魔法使いの可能性もあるんじゃないでしょうか」

”ふむ……妥当な推理だ。八神君はどうだい?”

「オレが戦った男についても基本的には水瀬と似たようなものでした。ですがもっともありえないことは死体が動いたことです。元々は人間だったこと、人間としての死を迎えたときに脈が停止したことはその場で確認しました。あとは……そうですね。左肩の傷から徐々に肌が変色していったので、それが何らかの異変を引き起こしたのではないかと」

”なるほど”


映像越しに考え込む結城。


”私の方でも事後処理部隊から報告を受けている。八神君が戦ったと思われる個体だが、実は彼らが到着した直後にはごくわずかに動いていたそうだ。すぐに灰色の粒子になって消えてしまったそうだがね”

「あの状態でまだ生きていたのか」


オレはその生命力に嫌悪を抱く。


「確実に葬ったか、確認をすべきでしたね」

”いや、あれは無理もないことだよ。『死体が死ぬ』とは変な表現だが、私でも死亡したと判断するくらいに損壊していたからね。だからこそ驚くべき生存能力があることに疑いはないだろう。さて、今の二人の証言によっておおよその状況を把握できた。これを踏まえて今回の事件――名付けるとすれば”動く死体事件”をまとめてみたい”


結城の枠が小さくなった代わりに、事後処理部隊が撮影した複数の現場写真がピックアップされる。

死体は消えてしまったので戦闘の痕跡だけが映される。


”あくまで推察段階であることを前提にすると、だ。動く死体――これは屍食鬼グールと呼ばれる低位の怨霊、あるいはそれによく似た存在だと推測される。その特徴としては、生存本能と自己保存への欲求だけで動くことが挙げられる。例えば、人間を超える身体能力の高さと頑健さ、そして同族を増やそうとする行為――この場合は吸血行為辺りが妥当だね。今回の”動く死体事件”だが、これは恐らく瘴気の男が屍食鬼であり、民間人の男を新たな屍食鬼にした可能性が高い”

「屍食鬼……そんな神話や伝承に登場するような怨霊が現実に存在することが可能なんでしょうか?」


結城は水瀬の疑問に頷いた。


”ああ、魔法や魔術を使えば恐らくは可能だ。二人も知っての通り、魔法には死者は生き返らないという原則がある。だが今回は事実として死者が動いていた。ならばそれは生者への回帰などではなく、人の器を強引な力で操っているに過ぎないということだ。ちょっとやそっとの致命傷を致命傷としない身体の構造もそれを証明している。『蘇生』というにはあまりにも稚拙で冒涜的なものだ。したがって死霊術や呪術に近いものはあるかもしれないね。そうなると――”

「今回の件で事態が収束するとは思えない。偶然見かけた屍食鬼が最初の一体だった保証はどこにもなく、むしろ特性を考えればまだ同じような存在が複数潜伏している可能性も捨てきれない、ということですね」

”水瀬君の言う通りだ。この事件はいまだ不確定要素が多いが、〔約定〕の魔法テロ行為の一貫ということも考えられる。断言はできないがね”


結城は一度目を瞑ったあと、覚悟を決めたような顔をする。


”もしかすると少々面倒くさいことが起きている可能性がある。諜報部隊と研究機関による分析を急がせるのと並行して、私はの固有魔法を使って大小の運命の分岐点を模索するとしよう。八神君、君にも私の固有魔法の詳細までは教えられないことを赦してほしい。〔幻影〕の根幹にかかわるところだからね”


屍食鬼の話でも腹一杯だったがさらなるお代わりが来たものだ。

未来視……また大層な固有魔法だ。


「とんでもない単語が出てきましたが分かりました」

”その物分かりの良さは美徳だね。二人は引き続き日常生活を送りつつ、また何かあるようならいつでも連絡をしてくれ。重ねるがこれでこの件が幕引きかはまだ分からないからね”


オレと水瀬は互いに了解の意を伝えると通信が途切れた。

重たい空気ではあるがそれでも聞きたいことは聞いておくべきだ。


「水瀬、三つほど聞いてもいいか?」

「私に答えられることなら答えるつもりよ」


ここは水瀬の好意に甘んじることにしよう。


「深く話せないと言われた手前、聞くのも野暮かもしれないがこれだけは知っておきたい。未来視で得られる情報の確度はどの程度のものなんだ?」

「私が知っている範囲の〔幻影〕の任務記録に限るけれど、今までにも何度か使ったことがあるはずよ。驚くべきことに九割くらいの予知は当たっていたみたいね。残りの一割も全くの的外れなわけじゃなくて、多少の誤差だったはず。ここからは私の勝手な予想だけど、未来視――正式には〔天眼の歯車オクルス・カエレスティス〕はあくまで起こりうる可能性を探るためのものであって絶対はないんじゃないかしら? 強力な固有魔法ということは縛りも厳しいはずよ」


それもそうか。

全ての出来事を完璧に予知できるなら裏切者も死傷者も出るわけもない。

万能ではないからこそ犠牲を赦してしまう。


「水瀬でも深く知らないわけだな」

「恥ずかしながらね」


水瀬はバツが悪そうにするが、それは仕方ないことだろう。

結城が未来視を持つならそれは幻影にとっての切り札だ。

具体的な正確さと範囲については不明だが、未来の可能性を知れるのならそれだけで大きなメリットになる。

詳細を話さないことから、誰かに話すことで効果が失われる可能性もある。

俗にいう”バタフライ効果”というやつだ。


「二つ目の質問なんだが、どうして結城はこのタイミングで未来視のことをオレに聞かせたんだと思う? 未来視の詳しいことは話せないのにわざわざ未来視を使うことを宣言する理由が気になってな」


それに水瀬は分かり切ったことのように言い切った。


「それは盟主が八神くんに一目置いているからよ。言いそびれていたけれど〔幻影〕に所属した新人魔法使いが一回目の大きな任務で生存できる確率はどれくらいだと思う?」


オレは最初の大きな任務を思い出す。

オレには過去に培った戦闘能力があったが誰もがそうであるわけがない。


「……二割くらいか?」

「いいえ、『一割にも満たない』が正解よ。たとえ守護者がその場にいたとしてもたったのそれだけなの。二回目を生き残れる確率となるとさらに少なくなるわ。それを踏まえて今の八神くんはどうかしら?」

「伊波と氷鉋の一回目、御法川の二回目も生存したな……なるほど、そういうことか」


すぐに死んでしまうのなら情報は与え損だ。

手間暇を惜しんで情報を与えても何かが芽吹くことはない。

むしろ情報漏洩のリスクを背負うだけになってしまう。


だが最近まで新人魔法使いだったオレは違かった。

二回までの大きな任務をこなし、そして生存した。

今では水瀬から一人前と評価されるくらいには魔法使いをやれている。


未来視の存在を明かしたことはそんなオレに対する褒賞なのかもしれない。


「納得できた?」

「ああ。ありがとう、水瀬」

「ふふ、感謝されるほどのことはしてないわよ。されて悪い気はしないけどね」


水瀬はくすりと笑うと最後の質問を待っているようだった。


「最後だが――」


オレはつい最近神宮寺から受けた依頼を思い出していた。


「屍食鬼が神宮寺の言う吸血鬼の正体だったりしないだろうか?」


牙と爪。

赤い瞳。

しきりに噛みつこうとしていたこと。

特徴的には吸血鬼と言われても違和感はない。


「可能性はある……としか言えないのが現状ね。でも全くない話でもないと思うわ」

「その言葉が聞けただけで十分だ」


神宮寺の依頼がもしも比喩での吸血鬼ではなく、本物の屍食鬼であった場合。

そしてあれで最後ではなく、他にも屍食鬼がいた場合。

それは今までになく最悪な事態になる気がする。

普通に考えれば屍食鬼は同族を増やそうとする習性があるからな。

それも数が増えれば倍々ゲームで敵が増えていくことになる。


思考の海に没頭していたオレに、水瀬が手を叩く音が響いた。


「重い話はここで一区切り。少なくとも今日はもう動かないでしょうし……何より神宮寺さんのことも喫緊の課題だから。夕食後から簡易儀式の修練に取り掛かりましょう」

「了解。だが今夜の夕食はパスで頼む。時間までは少し魔法の鍛錬がしたい」

「分かったわ。でも無理はしないようにね」


一度解散したオレは数時間を自室に引きこもることで消費する。

鍛錬とは必ずしも派手に魔法を取っ散らかすことではないからな。


「より繊細に、密度を上げる……。身体中を駆ける回路を拡張し、循環を意識する」


日々繰り返していることで、何も特別なことはない。

時折、声の存在がオレの意識を精神世界に引きずってくることがあるくらいか。

だが御法川の件で強引に固有魔法を使って以来、声の存在との接触は一度もない。


「控えめに言って不気味なほどだ」


オレは小さな溜息を吐き、鍛錬に集中するのだった。

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