✞第1章
♰Chapter 1:新たな部員
「改めてになるが……
「私は
「
三毛猫探しの依頼で最善を尽くし、見事に解決した猫の手部。
その成果として同学年の周防凛という新規入部希望者がやってきた。
凪ヶ丘高等学校では『部活動が存続しうる部員数は三人以上』と定められている。
だから彼の入部自体は喜ぶべきことなのだろう。
ただその動機はいま彼が言い淀んだように不純なものな気がしてならない。
それは水瀬も感じているようだったが冷静に流しているようだ。
「ええと……周防くん、私たちは貴方のことを歓迎するわ。これからよろしくね」
「ああ、それはもちろん。俺のことは気軽に呼んでくれ」
サムズアップを決める。
「と、そろそろスタミナが切れる頃だな……」
不穏なことを口走りつつ、何やら小型端末を操作し始める。
そこに何らかの秘密があるような気がして、オレは大胆に覗き込む。
避けられればこれ以上見ようとはしないのだが、むしろ画面を傾けてきた。
そこに映っていたのは夏物のセーラー服を着ている中学生くらいの少女。
それから何枚か見ていくとオレはあることに気付いた。
彼女の視線はカメラ側を見ていないのだ。
途中で写真を取られていることに気付いた少女が慌てているものから、こちら側にむっとした表情を浮かべているものにコマ送りの変化が見受けられる。
「もう六月頭だろ? 妹が中三でさ、中学最後の夏服試着ってわけだ。ああ、可愛い……。俺の至高の癒しだ。天使様だ……」
「……明らかに盗撮だろう。犯罪者か?」
オレはさることながら流石の水瀬でさえもやや距離を取る。
せっかく入部してくれたところ悪いが、この部から犯罪者を出すわけにはいかない。
――入部して間もなくこれ以上ないマイナスを突き抜けているのはどうしたことか。
「何を言うかと思えば……ふっふっふ! 当然この後に某有名店のケーキで買収したさ。すなわち! これは両者が合意した正式な取引であり、断じて! 断じて犯罪などではないっ……!」
「……あまり直接的に人を貶す言葉は好きではないけれど……最低ね」
「諸手を挙げて深く同意だな」
オレたちの反応ですら意に介した風もない。
「ちなみにだがこの妹が『猫の手部? そこがわたしのにゃん帝を助けてくれたの? 名前可愛いし楽しそう。ね、お兄ちゃん?』って言ったからお兄ちゃんはここに入ると決めたんだ」
記憶と現実が混合して一人称が迷走し始めた。
というより声高な物真似が鼻につく。
「ええと……本当の動機は妹さんに言われたからかしら?」
「ぶっちゃければそうなる。いやだがしかし……我が妹の意思は俺の意思であるわけで……つまりは俺の希望だ! 八神もこの気持ちを理解してくれるよな?」
水瀬の言葉を二度も詰まらせた挙句、オレに前のめりで迫ってくる周防はやはり正真正銘の”シスコン”というやつなのだろう。
「要約すれば年下が好きということか?」
「はあ……分かってないな。年下じゃない。俺の妹だけが、妹だから可愛いんだ! 第一に妹というのはだな――」
大袈裟に目頭を押さえ、大きな身振り手振りで妹について説いてくる。
それはもうくどくどと。
……なるほど。これは重症だ。
「水瀬、これは本当に歓迎すべき人間か?」
「……これも何かの縁よ。今はやりたい部活を創ることができた。それで満足しましょう」
水瀬に小さく呟いた言葉も周防には聞こえていない。
それほどまでに力説しているのだ。
「――であってだな。おい聞いて――」
――いるのか?
周防はそう言おうとしたはずだが、部室の扉を控えめにノックする音で中断されることとなった。
たまたま近くにいたオレが代表して扉を開けるととある生徒が佇んでいた。
記憶の限り、二度ほど会ったことがある。
一度目はともかく、二度目のときは廊下ですれ違ったのだ。
名前は入学前から知っていた人物。
「失礼します。お取込み中……でしたか?」
遠慮がちにオレと水瀬、周防を見る。
「いや気にすることはない。神宮寺……だったか?」
「周防くんがいつまでも呼んでくれないので忘れられていたのかと思いました。ちゃんと紹介してくれていたんですね」
その声に周防の方が視線を逸らす。
とてもバツが悪そうである。
「あ~……悪いな。妹談義に花を咲かせてたらお前のことはすっかり忘れてた。二人には何も紹介してない」
「そうですか」
怒るでも悲しむでもなく、咎めるでもない。
ほわほわと花が咲いたような緩い空気感。
「まだ話が読めないけれど、神宮寺さん……でいいのかしら?」
水瀬が場を理解しようと確認を取る。
独特の雰囲気を持つ彼女は上品にお辞儀する。
「ええ改めまして、初めまして。わたしは
すでに全員の名前を把握しているらしい。
「私も自己紹介したほうが良いのかしら?」
水瀬の疑問にいち早く答えたのは周防だ。
「いや、その必要はないと思うぜ。なんて言っても神宮寺は現理事長の娘だからな」
「周防くん……それは言わないで欲しかったです。理事長の娘というだけで色眼鏡で見てくる人もいますから……でもお二人ならその心配もなさそうですね」
「なんか悪い。またなんか余計なことしたらしいな俺……」
周防は失態と失言を繰り返しているらしい。
いつものことだがどこにいてもこんな感じなら心配だ。
「なら神宮寺さん。猫の手部に来たってことは依頼かしら?」
「ええと、そういう訳ではないんです。ただ個人的に八神くんとお話したいことがあって……ここだと少し話しづらいことなんですが」
オレは二人――主に水瀬を見る。
「席を外しても構わないか?」
「ええ、後のことは任せて」
「何か分からないが戻ってきたら妹談義第二幕をやるぞ!」
約一名オレの面倒事を増やそうとする人物がいたがそれは無視することにしよう。
水瀬に後を任せ、先導する神宮寺についていく。
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