第22話 ~海援隊~
「皆ァ!
龍馬さんが、仕事をしている海援隊士達に呼び掛けた。
「龍馬!!」
「坂本さん!!」
「遅いぜよ、龍馬!!」
様々な声が飛び交い、海援隊士達が集まって来る。皆、龍馬さんの帰りを喜んでいるようだった。
――あれから、高かった陽之助さんの熱は、無事に下がった。朝ご飯を済ませた後、3人で近江屋を出て歩き続け、海援隊本部に着いた今では、太陽が真上にまで昇っている。
「今日は、ちっくと紹介したい人が
龍馬さんの言葉に、隊士さん達の目に期待の色が宿る。
「萌華、こっちに
「はい」
あたしは龍馬さんの隣に立った。
「今日から此処で皆ァと過ごすことになったき。萌華ゆう名じゃ」
「織田原萌華です。宜しくお願い致します」
笑顔を向け、あたしは頭を下げる。
そう――あたしはあれから龍馬さんと相談し、海援隊本部に居させて貰うことになった。居させて貰うといっても、勿論何もせずに居候するワケではない。普段は茶屋で仕事をし、週に2回ある休日には長岡さんの手伝いをするのだ。
茶屋は無断欠勤してしまったし、後で龍馬さんと一緒に行く予定だ。無断欠勤したことを謝りに行くというのもあるけれど、海援隊本部で生活することになったのを伝えに行くという目的もある。
「
「萌華ゆうがか!」
龍馬さんを見上げると、彼はあたしの緊張を和らげるように微笑んでくれた。
「実は萌華は病を持っちゅうがやけんど、本人の希望で簡単な手伝いや家事をやらせる予定じゃ。皆、仲
隊士の皆さんには、「持病があるようには見えない」と驚かれた。
海援隊士達も、簡単に自己紹介をしてくれた。
陽之助さんは離れた所で、小さく咳き込みながらこっちを見ている。皆の輪に入れないでいるようだ。
「人付き合いが苦手だ」と言っていたし、隊士さん達ともあんまり親しくないのだろうか?
「陽之助、どういてそんな所に
龍馬さんに手招きされ、陽之助さんが来る。
「龍馬、陸奥が労咳に
そう言ったのは、
どうしてこの人が、陽之助さんの労咳のことを知っているのだろう?
「イヤ、大丈夫じゃ! それより皆ァ、まだ仕事が残っちゅうろう。続きをしとおせ。ワシも仕事に取り掛かるき」
沢村さんの言葉に明るくそう返して、龍馬さんは皆を仕事に戻るように促す。
隊士さん達が仕事に戻り始めると、龍馬さんがあたし達の方を振り返り、小声で言った。
「どういてか、隊士
そう言って立ち上がり、長岡さんの所に行こうとする龍馬さんを、陽之助さんが呼び止める。
「あの、坂本さん……
「オマンは昨日熱が下がったばっかりやき、今日は休みや」
「そないなワケにはいきまへん。
食い下がる陽之助さんを見て、龍馬さんが僅かに表情を曇らせた。
そして陽之助さんの細い肩に両手を置き、彼を真っ直ぐに見つめる。
「仕事は、
「……はい……」
上目遣いで見る陽之助さんの肩をポンポンと叩き、龍馬さんがあたしを見下ろした。
「萌華、今日はちっくと忙しゅうなりそうやき、茶屋に行くがは
龍馬さんは、暫く此処に帰って来れてなかったみたいだし、彼が言う通りきっと忙しいだろう。
彼は心配して、あたしが茶屋に行くのに同行しようとしてくれているけれど、何も彼が同行する必要はない。
「いえ、あたしが今日1人で行って来ます。忙しいのに同行して貰うのも、悪いですし……」
すると、彼は微笑みながら首を横に振った。
「そんな心配は要らんぜよ。
確かにそうだ。1人で行って、此処で生活することになったのを伝えても、「本当に大丈夫なの?」とか「許可は貰ってるの?」とか、若女将さんに余計な心配を掛けてしまうかも知れない。
それなら、龍馬さんの都合に合わせて、明日一緒に行くのが良いだろう。
「……じゃあ、明日お願いします」
「うん、一緒に行っちゃるき」
ニッコリと、どんな女もオトしてしまいそうな爽やかな笑顔を作って、龍馬さんが去って行った。
陽之助さんが口元を押さえ、コンコンと咳き込む。
龍馬さんが居なくなると、沢村さんが陽之助さんの元に来た。
「陸奥、おんしゃァ何しゆう。仕事はどういたがぜ」
怒気を含んだ声音でそう言いながら、沢村さんが陽之助さんに詰め寄って行く。
何だか、イヤな予感がするな……。
「……
「そんなことはないろう。適当なこと言うて、サボる気かえ?」
陽之助さんが沢村さんに鋭い眼差しを向け、口を真一文字に結んだ。
イヤな予感は的中し、あたしは止めに入ろうとする。
だけど、沢村さんに止められた。
「これは大人の事情やき、関わらん方が
「…………」
あたしは穏便に解決してくれることを願いながら、そっと2人を見守る。
「オマンだけ仕事がないがは、おかしいぜよ。適当なこと言うてサボらんと、オマンも仕事しィや」
「せやさかい、
「先輩の言うことが聞けんがか」
「聞けまへんわ。沢村さんかて、仕事しやな坂本さんに怒られるんと
沢村さんは、陽之助さんを高圧的な眼差しで見下ろしている。陽之助さんもそれに歯向かうように、沢村さんを鋭く睨んでいた。
大丈夫かな……?
殴り合いとかにならないか、心配だ。
「オマン
と、突然沢村さんが大きな声を出して、他の隊士さん達に知らせた。
1階中央にある大きな机を囲んで話し合いをしたり、船から下ろしたのだろう物資を運んだり、何やら書き物をしたり――各々の仕事に励んでいた隊士さん達が、一斉に陽之助さんを見る。
「は!? どういてオマンだけサボりゆうがぜ!!」
「サボらんと仕事しィや!!」
「相変わらず、腹の立つヤツぜよ!!」
こんなに、非難の声が陽之助さんに浴びせられるなんて。
陽之助さんを庇う人が、誰1人居ない。
だけど陽之助さんは、狼狽えることも焦ることもなく、初めてあたしと逢った時と同じ――淡々としているけれど、それでいて確かに怒気を含んだ声音で言った。
「……
陽之助さんがその場から立ち去ろうとし、咳き込んでしまう。
沢村さんが眉を
「……オマンの仕事がない理由は、それかえ?」
暫くして、咳が治まった陽之助さんが振り返り、沢村さんを見る。
「それ……?」
「今の咳じゃ。オマン、労咳ゆうがはまっことかえ?」
陽之助さんが目を見張り、動揺したように視線を泳がせた。
「……陸奥」
答えない陽之助さんに、回答を促すように舌打ちをし、沢村さんが言った。
陽之助さん、どうして病気のことを言おうとしないんだろう?
その時、何処かで聞いたことのある男性の声がした。
「またかえ? 今度は何をモメゆうがぜ」
陽之助さんに注がれていた視線が、一斉にその男性へと移る。
「……長岡さん」
「謙吉じゃないかえ」
陽之助さんと沢村さんが呟いた。
そう――声の主は、大雨が降っていた3日前の夜、龍馬さんと一緒に駆け付けてくれた白衣の青年・長岡さんだった。
彼の言葉から察するに、陽之助さんと沢村さんは、普段からこうやってケンカをしているのだろうか?
先程、龍馬さんが長岡さんの元に行っていたけれど、長岡さんは今此処に居る。恐らく、入れ違いになったのだろう。
長岡さんが状況を把握するように、2人を交互に見る。
「謙吉、陸奥が労咳ゆうがはまっことながか? 皆ァに
低く静かな声で、沢村さんが長岡さんに尋ねた。
それを聞き、長岡さんが僅かに眉を寄せながら、ゆっくりと口を開く。
「……労咳らしいぜよ」
沢村さんを始めとする、このやり取りを見ていた周囲の隊士さん達が目を見張った。
「陸奥は相変わらず、ひ弱じゃにゃァ」
「まっこと体調が悪いがやったら、どういて
「病は患いゆうけんど、体調は悪うない――ゆうことかえ? ほいたら、仕事しィや」
「イヤ、陸奥にやらせたち、どうせ前みたいにブッ倒れるだけぜよ」
隊士さん達が、口々に陽之助さんを非難する。
どっちに非があるのか、あたしには
今の状況を見ている限り、沢村さん達に非があるのように思える。だけど日頃の陽之助さんが、
いずれにせよ、そんなに責め立てなくても良いのに……。
皆が陽之助さんを責め立てる中、長岡さんが声を上げた。
「ちっくと待ちや! 陸奥は確かに、オマン
騒がしかった海援隊本部が、一気に静寂に包まれた。
長岡さんは、沢村さん達に同調しつつも、陽之助さんをフォローしている。彼は中立を保ちながら、何とかこの場を収めようとしているように見えた。
一方の陽之助さんはといえば、眉根を寄せて悔しそうな顔で俯いている。
「……そないして、
さっき、陽之助さんが病気について話さなかったのは、そういうことだったんだ。
陽之助さんの過去を知った時、彼は「人付き合いが苦手だ」と言っていたけど、海援隊士達と仲が悪いのも、もしかしたらその
「何を被害者面しゆう。けんどオマンに任せたち、どうせこの前みたいにブッ倒れるがじゃろう? 今のオマンは、ただ生意気な役立たずぜよ」
「
「は? オレをナメゆうがか? オマンのお喋りに付き
「ほな、良かったですわ。
マウントを取るような陽之助さんの
そして、彼は陽之助さんに掴み掛かる。
「――もう1回言うてみィや!!」
沢村さんは眉を吊り上がらせ、陽之助さんの胸倉を掴みながら、彼を鬼の形相で睨んでいる。
その
「どういたがじゃ」
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