第4話 ~瑠璃色の花~

 高杉さんと別れたあたしは、龍馬さんと共に呉服屋へと足を運んだ。


 茶屋から呉服屋まではそれなりに距離があり、龍馬さんは歩くのが早い為、到着する頃にはだいぶ疲れていた。だけど、龍馬さんに心配をかけるわけにはいかず、そんな素振りを見せないように努める。


 呉服屋に到着すると、あたしは龍馬さんの後に続き、お店の奥に入っていった。


「萌華、金のことは気にせんでいぜよ。オマンが気に入ったヤツをうちゃるき、好きに選びや」

「ありがとうございます」


 店内には、沢山の着物がもんけに掛けられていた。どの着物も、眺めるだけで満足してしまうほどに美しく、とても色鮮やかだ。


 女物の着物を一通り見終わり、どうしようかと改めて店内を見回した時、男物の着物が目に入った。


 男装……悪くないかもな。


 あたしは美少女というわけでも、スタイルが良いわけでもない。

 それなのに沖田さんは、あたしにセクハラ発言をしてきた。きっと、かなりの女好きなんだろう。


 特にしつこいのが沖田さんというだけで、あたしは彼を始めとするしんろうに目を付けられている。こちらがまだ名乗っていないにも関わらず、何故か名前を知られていた。


 だったらあたしが男装していれば、彼らの目を欺けるんじゃないだろうか?


 沖田さんには顔を覚えられてしまったけれど、まだ見ぬ他の神鬼狼の人たちが知っているあたしの情報といえば、きっと名前くらいだろう。仮に色々知られていたとしても、男装することにデメリットはないはずだ。


「男装って変ですかね?」

 試しに、龍馬さんに意見を聞いてみると、彼は微笑みながら首を横に振った。

「そんなことはないぜよ。オマンがしたかったり、する必要があるち思うがやったら、してみたらいがやないかえ?」

「そうですか……。じゃあ、男物の着物も見て良いですか?」


 快く頷いてくれた龍馬さんと共に、あたしは男物の着物が並んでいるエリアへと移動する。


 ――やがて、呉服屋に入ってから30分ほどが経過した。


 色々迷った挙げ句、ピンク色の長襦袢との白袴、赤色の帯、桜の模様が入った下駄を選んだ。

 着物は全て男物を選んだけれど、下駄だけは女物にした。身長が147cmと小柄で、足のサイズもかなり小さいあたしには、男物の下駄で合うものが無かったのだ。


ようオマンの着物姿が見たいぜよ。明日あいた着て、ワシに見せとおせ。さっきの茶屋で待ちゆうき」

「はい、もちろんです!」


 龍馬さんって、本当に良い人だな――そう思いながら、あたしは彼の後に続いて帳場へと向かうのだった。



 その日の夜も宿に泊まり、翌日待ち合わせていた茶屋に向かうと、龍馬さんは既に来ていた。


 約束通り、買ってもらった着物を着てきたけれど、長襦袢をピンクにしてしまった所為せいか――あまり男装には見えない。小柄だから、なおさらだ。


「龍馬さん!」

 縁台に腰かけている龍馬さんに、あたしは笑顔で声をかけた。


「ん? おォ、まっこと似合うぜよ! のゥ、ようすけ!」

 顔を上げてあたしを見た後、ニコニコと微笑みながら隣を見る龍馬さん。


 ――陽之助?


 あたしが龍馬さんと同じ方向に視線を投げると、女性のように美しい青年の姿があった。瑠璃色の髪を、後ろでポニーテールにしている。


「……はい、ェんとちゃいます?」

 龍馬さんを一瞥し、青年は関西弁で答えた。


 笑顔の絶えない龍馬さんとは対照的に、彼はニコリとも笑わない。そればかりか、まだ目も合っていない。


「うん、萌華はこんまいき、なおさらめんこいぜよ」


「そうですか? ありがとうございます。あの……貴方は――」

 龍馬さんの隣に腰かける美青年のことが気になり、あたしは控えめに尋ねてみる。


 心なしか鬱陶しそうに顔を上げた彼と、ようやく視線がクロスした。

 美しい赤銅色の瞳が、睨むような鋭い眼差しを送ってくる。


「……ようすけ

 中性的で落ち着いているけれど、それでいてハキハキした声音で、青年は名乗った。


 まるで精巧な人形のように美麗な顔と、色白で華奢な体格が、儚さと色気をかもし出している。

 お腹が見えるくらいの位置までしかない、麻の葉模様の紫色の着物を身にまとい、藍色の帯をくびれの辺りで締めていた。下半身は白袴だが、左足が大きく露出した巻きスカート型で、履物は龍馬さんと同じブーツだ。

 露出の多い着物ではあるけど、モデルのようにスタイルが良い為、全く違和感がなかった。


「初めまして、あたしは織田原萌華です」

「……敬語なんか使わんといて。あと、ワイのことは好きに呼んでェさかい」

「え? あ、うん……! 『陽之助さん』って呼ぶね」


 敬語を使わないと怒られそうな人だと思ったけど、どうやら敬語は不要みたいで、一瞬戸惑ってしまう。


 もしかすると、あたしと仲良くなりたいと思ってくれているのかもしれないな――。


 けれどそんな淡い期待は、彼の冷ややかな声によって一瞬で打ち砕かれた。


「……貴女オマハンやったんやな、坂本さんに着物おなごっちゅうんは。坂本さんに感謝しやなアカンで。毎日お仕事で忙しゅうされとる坂本さんが、貴女オマハンみたいな子供の為に着物買われたんやさかい」


 刺々しくも的を射た陽之助さんの言葉に、あたしはハッとする。


 龍馬さんの予定や仕事のことを、何1つ考えていなかった。忙しい中、あたしと共に呉服屋へと足を運んでくれたのかもしれない。完全に、そういった面への配慮が欠けてしまっていた。


 罪悪感を覚え、思わず視線を落としたその時だった。

 縁台から立ち上がった龍馬さんが、腰を屈めてあたしの顔を覗き込んでくる。


「……まっことスマンけんど、陽之助はこういうヤツながじゃ。迷惑らァ思うちゃァせんき、顔を上げとおせ。オマンが気落ちする必要はないぜよ」


 あたしが顔を上げると、太陽のように優しい笑顔が目の前にあった。


 縁台に座ったまま、ずっとあたしを睨んでいる陽之助さんを振り返りながら、龍馬さんが口を開く。

「陽之助……萌華を傷つけたらいかんろう。オマンはそうやって、人にケンカを売る癖を直した方がい。オマンが同じことを言われたら、どう思うがぜ」


 僅かに怒気を孕む上司の声に、ビクッと肩を揺らした陽之助さんが、大きく目を見張る。けれど龍馬さんと目が合うや否や、無言で俯いてしまった。


 陽之助さんの前に行き、視線の高さを合わせるようにしゃがむ龍馬さん。


 何も言わず、目すら合わせようとしない陽之助さんを見つめて、彼は諭すように言葉を紡ぐ。

「もしオマンが同じ立場やったら、オマンも傷つくろう? ほいたら、自分が言われて傷つくようなことは、人にも言うたらいかんぜよ」


 反省しているのだろうか? それとも、単に拗ねているだけなのだろうか? いずれにせよ、今の陽之助さんに先ほどまでの気の強さはない。


 陽之助さんが、その病的なほどに細い肩を震わせ、グッと唇を噛みしめる。


 どうしたんだろう?

 何なら、あたしにキツい言葉を放った陽之助さんの方が、傷ついているように見えた。


「……陽之助?」

 龍馬さんも、そんな彼に気付いたのだろう――心配そうな口調で彼の名を呼び、そっと顔を覗き込む。


「陽之助……大丈夫かえ? 優しゅう言うたつもりやったけんど、強すぎたかもしれんにゃァ。けんどワシは、オマンに理解わかってもらいとうて言うたがぜよ」

 そう言って、龍馬さんが陽之助さんの頭を優しく撫でた。


 だけど、そんなに強く叱ってたかな? 別に怒鳴ったわけでも、陽之助さんを過度に責めたわけでもないのに。


 しばらく頭を撫でた後、龍馬さんが顔を上げてあたしに視線を注いできた。


「萌華、陽之助はちっくと人付き合いが苦手やき、心無いことを言うてしまうかもしれんけんど、仲うしてやっとおせ」


 仲良くなれるならなりたいけど、なれる気がしないな――そんなことを思いながらも、あたしは龍馬さんの言葉に頷いたのだった。






【第4話の用語解説】


❀オリジナル用語❀

・神鬼狼…織田信長と彼に味方する者たちの組織。


❀方言❀

・こんまい…小さい【土佐】

・めんこい…可愛い【土佐】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る