第18話 新しい国と新しい旅立ち(第1部完)


「瑞雲だ! 瑞雲が流れたぞ!」

 ノエルが帰った数日後の朝、街は驚きとと共に、歓迎の声に包まれた。見るとくっきりと東の空に流れる、所謂飛行機雲が朝日に照らされて輝いていた。

「ブランだな。」

「ブランだね・・」

 僕はブランをこの街、この新生国家の政治体制構築のための指南役として招聘していた。ノエルとの入れ替りだ。

 政治の指南役としてはノエルとブランに差は無いが、ヒト族と言うものは放っておくと男女平等の概念を忘れてしまうらしい。現代では文明と同様、考え方もすっかり旧時代の中世に戻ってしまった。

 ブランは男性型のモニカータだ。現代の政治向きに口を出させるのにはこちらの方が都合が良い。

「ただねぇ・・ ブラン目立つからなぁ・・ 大丈夫かなぁ?」

「う~ん。一応、目立たない格好でおいでとお願いしたけどな。」

 ナユの不安そうな声に、僕は不安そうな声で返した。

 ブランは白銀髪とアイスブルーの目をした、見た目超絶カッコイイ男で、間違いなく現代社会では目立ち過ぎる。

 ブランとノエルの原型は僕が作ったものだけど、今とは似ても似つかない姿だった。その後、何百年とかけてナユがアキのサポートで改良を繰り返して来たんだけど、何時頃か、自分達でカスタマイズするようになったらしい。で、出来上がったのが今の超絶美男美女。まあ、美意識を持てるようになって、人間に近いものになったのは嬉しいことだけど、度がすぎるとなぁ。 

 その美男ぶりで政治の裏方が務まるのか大いに心配するところだ。むしろ表舞台の方が映えるだろう。そうなったらなったで、暫くこの地を治めてもらおう。

 

        ♢ ♢ ♢


 その三日後、その男はトワの扉を開けて入って来た。

「ご主人様方、ブラン参りました。」

「え?」

 僕はその姿を見て絶句した。

「ちょっと! 本当にブランなの?」

 ナユも目をまるくして驚いている。

 現れたのは、白銀髪の長髪を靡かせた爺さんだ。立派な長い髭もたくわえている。一言で言えば仙人だ。いやいや、これはこれで凄く目立つ。表の通りでは何事かとこちらを覗く人々が少なからずある。なんか、ノエルがこの店に初めて現れた時とデジャブった。

「と、とにかく早く入って!」

 ナユがブランを中に誘導する。

 ただでさえ只者じゃない目立つ人達が集まる店として有名になりつつある。それは避けたいところなんだが。

「ご無沙汰しております。ジン様、ナユタ様。」

 ブランがゆったりとお辞儀をして挨拶をした。相変わらずのマイペースだ。

「やあ。久しぶりだな。ブラン。じゃなくって! その姿は一体どうしたんだ?」

「どうですか?これ。目立つなとの仰せだったので、いっそのこと年寄りに扮装しようと思いまして。これなら政治やら議会で侮られることもないでしょう。」

 ブランは子供の様にくるっと一周して見せた。長い髪と髭がブンッと広がった。ああ。これがブランクオリティだ。

「ちょっと、こっちに来て!」

 ナユがブランを奥に引っ張って行った。

 暫くして再び目の前に現れたのは、髪と髭を綺麗に適度な長さに揃えられたブランだった。心なしか少ししょげ返って見える。気に入ってたのだろうか。

 後ろでナユがフンッ!と音でも出そうな表情で腰に手を当てて立っている。

「やあ。男前になったぞ! これで威厳のある相談役の出来上がりだ。」

「本当ですか!頑張ります!」

「後は、その所作と言動だな。威厳のある爺さんは、そんな子供の様なガッツポーズはしないし、言葉遣いも重いものだ。ちょっと暫く特訓だね。」


        ♢ ♢ ♢


「アイゼンさん、紹介します。こちらこの国の体制づくりを手伝うブラン翁です。彼は政治、経済に通じ、長年研究を重ねて来た専門家です。きっとお役に立てると思います。商業や流通等にも詳しいので話が合うと思いますよ。」

 今日は、ブランをアイゼンさんや、発足した議会の主要メンバーに紹介する日だ。ブラン、ジンとあたしの三人で今は議会場と各庁舎に使われている元王城に出向いている。

「おお! あなたがジンさんが仰ってた協力者ですか。是非とも宜しくお願いいたします。何せ、政治には疎くて。いやぁ。大変助かります。」

 アイゼンさんは、ほっとした顔でブランと握手を交わした。

「アイゼン殿、こちらこそ宜しくお願いします。生の現場で、新しい体制づくりを見られることは滅多にありませんでな。貴重な経験をさせて頂くことを有難く思いますよ。」

 ブラン、うまいうまい! だいぶ様になってるね。ジンの特訓の成果ね。渋いお爺さんの雰囲気が出てるわ。

 それから国の体制づくりが始まった。アキのバックアップがあるからブランの知識は言ってみれば無尽蔵なのよね。うまく行かないはずはないわ。

 初めはそう思ってたけど、そううまく行かないのが人間相手だ。いくら理路整然とした話をしても通じない相手には通じない。

 ブランは、人間相手のコミュニケーションが得意という訳ではないし、気が付いた時には結構行き詰っていた。

 あたしとジンも考え方はブラン寄りだし。助けを出そうにも考えが浮かばなかったわ。

 そんな時のアイゼンさんはさすがだった。結局どうやったのか分からないが、色々ごねる相手を魔法の様に言いくるめ、体制づくりの軌道修正をしたのだわ。

 その影にシルファさんがいたというのは後から聞いた話。彼女は巫女という立場で色々な相談も受けて来たらしいので、人の心理的な面を捉えるのが上手らしい。

 アイゼンさんは昔からシルファさんのアドバイスは大事にしているみたい。いい夫婦だわ。あたしも見習いたい。

 そんなこんなで、色々と引っ掛かりながらも新しい国づくりができて行った。


        ♢ ♢ ♢


 約半年経った頃、この国では春の中心の日。春の豊穣祭の日に正式な建国となった。

 この国は春の豊穣祭で今年の豊穣を祈り、秋の豊穣祭で収穫を感謝するのが恒例だ。

 僕はこの日、ナユとリーンと一緒に豊穣祭と建国祭が一緒にやって来た賑やかな祭一色の通りを見物していた。

 リーンはアイゼンが帰ってきた後も、雑貨屋トワでアルバイトをしている。最早立派な従業員だ。

 通りは色々な露店が立ち並び、ナユとリーンはあちらこちらで引っ掛かっている。特に珍しいアクセサリーなんかがあると目敏く見つけて、じっくりと観察している。

 ナユは元々は飾りっ気が無いタイプだったけれども、趣味とかは変わるものだ。そういう変化を見るのは楽しい。

 新しい国名は、タングラム。共和国の代表組織が七人の各職業ギルドを代表して選ばれた者で構成されるところから来てるみたいだが、“グラム”の文字が入ってるのが気になる。

 アイゼンが提案して満場一致で決まったと聞いている。グラムを知ってるのか。“グラム回帰”という意味にとれなくもない。

 エルフ達が聞いたら、まずそっちを連想するよなぁ。訊きたいけど、藪蛇だから聞かないでおこう。

「そろそろ建国式典の時間だよ。リーン、お父さんの演説を聴きに行こう。」

「はーい!」

 ナユとリーンが左右から僕の腕を抱き抱えて来た。リーンはここ数か月ですっかり打ち解けてくれた。かわいい娘ができた気分だ。

 いや、待てよ? ナユもリーンもついでに僕も見た目はそんなに変わらない歳だ。他所から見れば僕はとんだナンパ野郎に見えないか? それに気づきちょっと周りを見回した。案の定、妬まし気な視線があちこちからこちらに向かって来ている。

 ちょっ! 急に恥ずかしくなってきた。だが、ナユもリーンも楽しそうだ。勿論振り払う訳にはいかない。ここは開き直るところだろう。堂々と行こうじゃないか! ふんっ! 羨ましいだろう!


        ♢ ♢ ♢


 王城前の広場で行われた建国記念式典は喝采をもって迎えられた。

 代表のアイゼンさんの演説は皆に受け入れられたようだ。

 リーンは少し緊張気味に、あたしとジンは眩しく、その姿を眺めていた。アイゼンさんは普段は穏やかな雰囲気だが、流石は百戦錬磨の商人。演説は堂に入ってた。

 曰く、現行の共和政体は一時的なもので、ゆくゆくは自由都市、即ち民選による議員によって運営される民主主義国家を目指すというもの。

 確かに現行の共和制は人口規模が今くらいであれば機能するだろうし、すぐに立ち上げるには都合のいい政体だ。しかし、各団体の利権争いが顕著になるのは明白だし、今後人口が大きくなると弱者も増えることになるだろう。そうして社会が歪む前に施策を打っておこうということらしい。

 その道筋は綱領として残し、皆に周知することで確かなものにして行く。社会というのは何が正解なのかなんて誰にも分からない。旧世界でも長い歴史で色々な政体の社会が登場したが、結局争いのもと、人類は滅びかけた。

 現代では旧世界の出来事は殆ど記憶に残されていない。伝承によって、かつて今より人類が栄えていた時期があったが、神の怒りに触れて滅んでしまったという、神話が残る程度。時々発見される、旧世界の残骸がその話を裏付けているというのが、今を生きる人々の認識だね。

 願わくば、今回は皆が幸せでありますように。


        ♢ ♢ ♢


「行ってしまうの?」

 リーンが寂しそうにその目を見上げた。

 あぁ!前にもこんなシーンがあった気がする!

「またいつでも会えるさ! ここにも戻ってくるからね。」

 ジンが言った。そう。あたしたちの組織はこの街この国の悪を正しに来たことになっている。ひと段落したことで、この地を去るのだ。けれど・・

「リ~ン・・ うちの子にならない~? ぐすっ」

 あたしは、リーンと離れ難く思っている。リーンとは何だか相性?が良いみたい。ジンとは違う意味で運命的なものを感じているのだ。

「ナユ。アイゼンさんとシルファさんが困ってるだろ・・」

 そうね。リーンはせっかく親子水入らずで暮らせるようになったんだ。困らせるようなこと言っちゃだめね。

「・・そうだね。じゃあ。リーンまた会いに来るわね。」

「きっとね! きっと!」

 リーンが抱き着いてきた。ジンもあたしごとリーンを抱擁したあと、リーンの頭を撫でながら小さな箱を渡した。

「僕とナユからプレゼントだよ。一時のお別れに。」

「開けていい?」

 あたしは、どうぞと言って、リーンが箱を開けるのを見ていた。

「わあっ! おそろい?」

 リーンは嬉しそうに箱からキラキラ光る銀色の指輪を取り出した。そう。ジンとあたしが小指に付けてる指輪とお揃いだ。密かに加護付きの。

「困った時があったらこれに祈ってみて? あたしたちが一緒と思えば少しは心強くなれると思うわ。」

 あたしはリーンの小指に指輪を着けてあげた。

 この指輪にはバイタルチェック機能を付けてある。何かあったら、ジンとあたしの指輪を通じて、何となく異常を知らせてくれるはずだ。

 加えて先にノエルが渡したネックレスもあるし。あれは通信機能を付与してある。ノエル宛に一方通行だけどね。

「お二人のおかげで、この街は再び活気を取り戻すことができました。この御恩は一生忘れません。更にこの街を、この国を発展させていくつもりです。」

 アイゼンさんが握手を求めて来たのでジンとあたしは交互に堅い握手を交わした。シルファさんとも手を握り合った。

「また来ます。その時までお元気で!」

 あたしたちは、もう一度リーンと抱擁を交わすと、馬車に乗り込んだ。


 この街での暮らしは短いようで、凄く濃い内容だった。

 千年以上を過ごすあたしは、何時しか変化の少ない暮らしを求めていたのか、それは臆病さから来ているのか。とにかく安定志向で暮らしていた。

 ここのところの変化のある暮らしはとても新鮮で、すべてはジンが復活してからの出来事である。

 あたしは忘れかけていたわくわく感を、ジンのおかげで取り戻した気がする。これからは二人で世界を取り戻すのだ。

 今度こそ失敗しない世界を。ジンと一緒ならできるような気がする。

 あたしは馬車の後ろから、リーンたちが見えなくなるまで手を振りながら、何となくそんなことを考えていた。


(第一部完)

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