第十二話 未読スルー

 かよちゃんとのドライブから戻り、俺は杉山陸佐とベンケイ地下にある作戦会議室に来ていた。


 そうだ、アイツらにも連絡しておかないと。


「すまん、思ったより遅くなる」既読3

『早く帰ってこないと謙一先輩のおつまみ全部食べますよー』

『カナヤ君、無理しないでね』

「夕食はみんなで先に食べててくれ」既読3

『分かりました!』

『うん』

『了解っすー』


 スマホを閉じようとした時、背後から懐かしい声が聞こえてきた。


「相変わらず、四人仲が良さそうだな。謙一」

「兄貴!?」


 俺の兄、最強の急襲部隊長フィールドエージェントである金谷浩平が岩手に!

 カルロ戦の後、監獄を攻略してからも度々一緒に戦ってきた!

 普段は現実世界よりも亜空間での任務が多いらしいのに、まさかここで会えるなんて!

 


 対策会議が始まる前、俺は昼間の会話を思い出す。

 杉山陸佐を経由してかよちゃんから呼び出される前、ベンケイの部屋で交わされた会話。


「あっさりしてたっすよね、終わってみると」

「あっさり!? あれってあっさりなんです?謙一先輩」

「サナちゃんは大変じゃなかった? 大丈夫?」

「まあ、他三体と比べれば不確定要素が少ない個体ではあったな」


 長い時間をかけ準備したが、確かに当事者である沙苗とモエウシの交戦時間そのものは短い。

 あっさりというのも、頷ける。


「ぜーんぜんあっさりっすよ!アタシは大丈夫っす!」

「サナっちがそういうなら、そうなんですかねぇ」

「サナちゃんもカナヤ君も思ったより平気そうで、よかった」

「無事終わったが、残りの奴がすんなりいく保証はない。油断するなよ」


 残り三つは存在する特殊個体。

 そして、沙苗と谷丸がイキりはじめた。


「モエウシ絶対あれっすよ、ディスられる奴っす!」

「サナっち分かりますそれ! 残りの三体から!」


「分かるっす?カナっち! 奴は四天王の中で最弱!」

「それ! 絶対それ言われるタイプですねっ!」


「「我ら四天王の面汚しよ!」」


 そもそも、四体いたから四天王なのか? キュウビが統率をとっているようにも見えた。なら三銃士?

 ハワタリやシンリンは言葉を発するのか? 同時出現や、連携は?

 疑問は尽きない。


「一体ずつ来るとも限らない、備えましょう」

「佐原の言うとおりだ。お前ら、気を抜かないでくれ」


 能天気でポジティブな谷丸と沙苗が少し羨ましくなった。

 

 羨んでもいけないか、杉山陸佐や兄貴……そして遠野対策機関上層部の人間達とブリーフィングが始まる。

 再会は嬉しかった。

 だが兄貴が来ているという事実が、既にのっぴきならない状況を意味しているのかもしれない。



 結論、かつて北海道で行われたカルロ掃討戦の時と同じく最善の策が講じられた。

 あらゆるケースを想定した対策が打ち出される。

 あの時も、そうだった。


 機関や省庁、自衛隊、人間達の協力で立ち向かう。


 にしても、気が重い。

 残り三個体……どれがヤバイだとか誰が一番強いなんて話ではない。ゲームで例えるなら全部がラスボス級だ。


 シンリン単体は以前倒したシラカバのデカい版と思えばいいのかもしれないが、体内で飼っているガラスの蝶が危険過ぎる。

 人間の身体を切り裂く蝶、しかも傷口から壊死の異能が広まる仕様。

 市街地に飛来すれば甚大な被害が出る。


 ハワタリ。

 これは俺が前世で大好きだった「財団」の記事に載っていた奴と似ている。

 できれば実在しないで欲しかった、俺の思い違いであって欲しいと今でも思う。

 だが、目を背けず封印施設の準備も進める。

 元いた世界ならスマホで「財団 石棺 ブレード」と検索すれば秒で記事が出てくる強者中の強者。


 そしてキュウビ。

 群れを使役してくるのがまず普通にダルい。ズルい。対処が面倒くさい。

 それに広範囲の空間干渉。ガチで卑怯過ぎる。

 空間固定? 簡易の時間停止? 型や動作さえ崩せば中断可能でも、キネト災害は依然として脅威である。

 それに奴は言葉を発する。思考する知能があるということは、それだけ狡猾なものと見て間違いない。


 思考、知能、目的……モエウシはどうだったのか。

 何かに命じられた、あるいは操られていた? というか、本当に倒せたのだろうか。

 北海道で戦っていた頃、やったか!?からのバカな!パターンという「やれてませんでした」展開は何度も見てきた。


 そんなことを考えていたら、肩に手を置かれた。


「謙一、モエウシに関しては問題ない」

「どういうことだ? 兄貴?」


「印刷がまだだったな、事案パネルを更新してみろ」

「新しい……情報が?」


 俺の目線から察した兄貴が奴の顛末を教えてくれた。

 財布から取り出し、大型化した半透明の発光パネル。


 ほんの数分前、海底から引き上げられたモエウシの終了・解体処分が完了したらしい。

 内部の構造物や骨と肉にあたる部位が滅却され、残るは赤い皮のみ。


「それに伴い、これをお前に渡しておく」

「兄貴の焼夷ナプラム手甲ダストァナを……俺が!?」


 大仰な、片手用の手袋。


「ああ……発動方法と負荷作用は覚えているな?」

「でも、兄貴もまだ使うんじゃないのか?」


 伴い? モエウシが解体されたことと、俺に焼夷ナプラム手甲ダストァナを渡すことに何の関係が?


「俺はコイツ……怪異モエウシの表皮を解析し、新たな装備を今から作製する」

「そっか、元々は研究職がメインだもんな」


 なるほど……だからシンリン出現時の対応班リストに俺の名前があったのか。

 この武器と、かよちゃんの二つ目の能力があれば俺もシンリンと戦える!



 杉山陸佐と数名の研究職員が俺のそばに来た。

 この雰囲気、伝えておいた「前世の知識」由来の情報が役に立ったのか!?

 

「金谷管理官、この写真を」


 杉山陸佐が開いたタブレットの画面に映る写真。

 それは俺の曖昧な記憶と情報だけを頼りに、海外の機関職員がモンゴルで発掘し日本に輸送中の物体の画像。

 

 やはり、ハワタリは俺が知っている個体だった。

 

 前世では記事単体だけではなく、関連動画や他作品にまでいくつも出張出演してる強い怪異。

 いや、一応確認しておこう。

 少ない特徴と前世知識を照らし合わせて対策を練ったら予想が外れ、痛い目を見た経験もある。

 北海道で何度かあった。


「陸佐、発掘された〝箱〟の大きさと構成物質は?」

「三メートル立方、黒色の変成岩」


 きた、これ。

 

「放射性同位元素分析の結果、出てるか?」

「ああ、およそ一万年前の物質だと判明している」


 ほぼほぼ確定だ!

 さらにハワタリを「一回だけ頑張って倒す」という手順を挟まなければ検証できないが、兄貴や岩手常駐の豊富な第二種族職員達がいれば討伐勝機ワン・チャンスはある。


 ワンチャン、ある。


 この世界でもハワタリが最強の人型男性怪異で、黒い石室から生まれ出ずる存在だったのなら……イケる!

 モンゴルから運ばれた〝箱〟があれば、ハワタリも封印できるかもしれない!

 勝ち筋が見えてきた!!



 モエウシ、かよちゃん、作戦会議室、濃すぎる半面……達成感のある一日だった。

 そう思いながら自分の部屋に戻ってきた俺は、膝から崩れ落ちる。


 散乱するスナック菓子のゴミ、空き缶、飲みかけの酒、机に倒れて中身がこぼれたチューハイ、全滅させられた俺のおつまみ、冷蔵庫に入れておいたゼリー飲料も全部持っていかれてる。

 

 アイツら……許せねえ……


 どっと疲れがきた。

 歯だけは磨いて、いや、シャワーも浴びよう……メールとメッセージアプリもチェックしとくか。



 は?



『たにまるがメッセージの送信を取り消しました』

『佐原葵がメッセージの送信を取り消しました』 

『サナフィーヌがメッセージの送信を取り消しました』

『たにまるがメッセージの送信を取り消しました』

『たにまるがメッセージの送信を取り消しました』

『佐原葵がメッセージの送信を取り消しました』

『サナフィーヌがメッセージの送信を取り消しました』

『たにまるがメッセージの送信を取り消しました』

 

 何だこれ!?

 グループチャットで何が起きた!?


「みんな何かあったのか?」既読1

『後で話すね、カナヤ君お疲れさま』


 佐原からの返信だ。




 シャワーを浴びて戻ってきてからも、谷丸と沙苗からの既読はついていなかった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る