第十一話 ぴえん事変


 謙一先輩の部屋に! 変な女が来た!


 や、まぁ、私達も変な能力の変な女三人かもしれないけど! 誰かに何かで呼び出された謙一先輩を待ちながら、ベンケイの一室を占拠してるけど!


 でも謙一先輩には許可とってるし! 酒盛りしてもゴミはきちんと持ち帰るし! 謙一先輩のおつまみ開けても半分は残しといてあげるし!


 とにかく、三人で飲んでたら変な女が来た!

 私達と同じ、ベンケイの浴衣姿!


「ふむ、ここが謙一の部屋か」


 謙一先輩を呼び捨て!? 明らかにコイツは「敵」だ!

 くぅ、ドアに三角をかませて半開きにしてたのが仇になった、じゃないとこんな女絶対入れなかったのに!


「あの、どちら様?」

「お客さんっすかー?」


 葵さんもサナっちも、もっと慌ててよ! 呼び捨てにしてる時点でただの敵じゃないよ!? その女!


「名乗らぬのも失礼じゃの……わっちはこの地に住まう遠野かよ、と申す」

「えーと、カナヤ君は今どこに?」

「カナヤさん、そろそろ戻ってくるっすかー?」


「謙一は杉山と大切な話をしておる。知っておるじゃろ? 杉山」

「ええ、存じ上げています。ところで貴女あなたは……」

「トーノちゃん、カナヤさんとどういう関係っすか?」


 なるほど、敵の名は「遠野かよ」ね。

 機関と同じ苗字なんだ。

 まあ、地元民なら遠野って苗字もあるのかな?

 

「わっちもまた、遠野対策機関の者じゃ」

「なる、ほど?」

「杉山さんと、何の話してるっすかねー!」


「杉山はの……わっちと謙一、二人の未来にとって大切な話をしておる」

「え」

「は!?」


 葵さんとサナっちが固まる。私だって固まる。

 二人の未来って、どういう意味!

 何なの? 何なのこの女!? その時、遠野ちゃんが私の方を見た。


「ほれ、そこの。謙一から聞いておるぞ、谷丸じゃろ。さっきから黙っとらんでちこれ」


 何でこんな偉そうな喋り方なの? コイツ!



「えーと、遠野ちゃん、って呼んでいいです?」

「うむ、それでよいぞ谷丸」

「あの、遠野さん……二人の未来って一体」

「トーノちゃんがカナヤさん呼び出してたんすか?」


「所属や部隊、どこなんです!? 遠野ちゃん!」

「いっぺんに質問するでない。慌てるな」

「あ、はい」

「どうしてカナヤさんを呼び捨てなのかも、気になるっすねー」


 遠野ちゃんは所属や立場をあんまり明かさない方針みたい。

 そこはまぁ、機関の特性を考えると分からなくもないかな。

 でも、そんなことより!


「それはの、わっちにとって謙一が特別だからじゃ。奴もわっちをかよちゃんと呼ぶ」


 特別ぅ-!?


「わっちは今日、謙一に教わって…………大切な初めてを……経験した」

「遠野さん!? その、初めて……というのは?」

「え、何か生々しい話になるんすか? これ」

「やー聞きたくない聞きたくない!葵さん興味示さなくていいですってー!サナっちもー!」


 遠野ちゃんは頬を紅潮させながら、でも少し嬉しそうに満ち足りた表情を浮かべてる。

 こんなんもう、絶対アレじゃん!


「言わせるでない佐原。おぬし達もその…………分かるじゃろ?」

「そんな、カナヤ君が……」

「うわ……カナヤさん、手ぇ早かったんすね……」

「やっぱ聞きます! 遠野ちゃん、話して!」


 私は、向き合わなければいけない!


「聞くんか? そうじゃの、不安や戸惑いもあった。なんせ初めてじゃからの」

「さ、参考になります……」

「なるっすね……」

「しなくていいです!葵さん、サナっち!」


 私達は固唾を飲んで、遠野ちゃんを見守る。

 というか遠野ちゃんなんて呼びたくない、この女は遠野だ。


「それは鮮やかな赤。紡がれる……心をつなこと。わっちもな、泣いてしまっての。その涙を拭い、優しく微笑みかけてくれた男が謙一じゃ」

「あの、私……部屋に、戻るね」

「アタシも、その、お疲れさまっす」

「な、何回くらいしたんですか!? 遠野ちゃん!」


 口をぱくぱくさせてた葵さんと、顔を真っ赤にしてるサナっちはもう……ダメだ。

『カナヤ君が戻る前に、しっかり片付けなきゃ!』

『人の部屋使うっすからね! 礼儀っすね姐さん!』

 二人とも、そんなこと言ってた癖にゴミもそのままに放心状態で部屋を出ていっちゃった。


「回数とな……五回から先は、ちいと覚えとらんのう」

「五ぉ!? き、気持ちいいものなんですか?」


「気持ち、え!? 何じゃそれは!?……まあ、しかし、そうじゃの、最初こそ抵抗があったが」

「最初イヤだったの!?」


 五回も、体力持つものなんだ?

 抵抗あったり恥ずかしいんだろうなー、って言うのはなんとなく分からなくもない。


「嫌に決まっておろう。それを謙一が無理やり……」

「謙一先輩が無理やりぃ!?」


「して、最初は抵抗があったがの……わっちにとって本当に幸せな時間じゃった。それは間違いない」

「あ、はい」


「途中から、心配されてそろそろ控えろとも言われたがの。わっちの方がもう……止まらんかったのじゃ」

「いや、聞いてないから。もういいです」


 限界かもしれない。色々な意味で。

 私達の平穏は終わってしまった。

 

 まだだ! 負けるな私!


「その、今日会ったばっかりですよね!?謙一先輩と遠野は!」

「なんじゃ呼び捨てか、まあ構わんが。……そうじゃの、言葉を交わし直接触れるのは今日が初めてじゃ」


「なら!私の方が何年も前から謙一先輩のこと知ってますし! 仲良いし! 私の勝ちですねっ!」

「おん? わっちだって仲良しじゃぞ? ここに来る前も、二人でドライブに行ってきた」


「そんなの私だって昔! 連れてってもらいました!」

「来れてよかった、大切な一日になったと、謙一は言っておったな」


 どうしよう、私はそこまで言ってもらったことない。


「でも!」

「ふふん、わっちの勝ちじゃの」


 ぶん殴りてえ! ピンク髪の遠野のドヤ顔!!

 うぜえムカつく変な喋り方しやがって!!!


 言葉に詰まってると、質問された。

 

「谷丸は免許、あるんか?」

「……持ってませんけど」


 これは追い打ち、多分。


「わっちはある。ゴールド免許じゃ」

「あーはいはい凄いですねー」


「謙一がの……『次はかよちゃんの運転で、また絶対行こうな』と言うておったわ」

「えっ」

 

「嘘じゃと思うなら、本人に聞いてみい」

「あの、私もう……自分の部屋に戻ります」


 完全敗北だ。

 岩手から北海道に戻ったら車の免許、とろうかな。


 

 でも、もう手遅れかもしれない。

 私達の大切な平穏は、ないなった。


 

 

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