第十話 人の在り方
お座敷様改め、かよちゃんがオタ活を始めた。
陥落して推し活ガチ勢になった。
ダメ元で俺や谷丸達も大好きな最推の配信者をもう一度オススメしてみるも「この赤髪女は、やはり好かん」と一蹴されて悲しかった。
まあいいさ、好みは人それぞれだ。
「謙一、免許は?」
「ある」
「ほんなら謙一が運転せい」
「は!?」
昨夜、いや正確には日付が変わっていたから今日か。
襲撃の後に遠目で見た高そうな二人乗りの車!
あの高そうなオープンカーの外車を運転させられるハメになった。意味が分からない。
おそるおそるエンジンをかけ、アクセルを踏む。
「のう謙一。この地で大きな地震があったことを、知っておるか?」
「分かるよ、かよちゃん」
地域性の高い話が始まったけど、車を傷付けたら絶対修理代高そうだし俺としては気が気じゃない。
「起きたのは三月、本格的に災害復旧が始まったのは四月からじゃった」
「本格的に、というと?」
俺は世代ではないので転生前に学校で習った社会科の授業や、後に機関で学んだ歴史資料でしか知らない内容だ。
原子力発電所の稼働停止も相まって、戦後最大かつ未曾有の出来事だったらしい。
かよちゃん曰く当時は本当に大変で、他県の民間企業からの支援者を受け入れる余裕が出来たのは翌月からだったとのこと。
「ベンケイはの、当時の復興拠点の一つじゃ。他県から来た大勢の警察官や現場作業員が集い滞在しておった」
「そうだったんだ……」
「おん。ガチじゃ。多くの職種や歳の者が来とったの」
「なるほど」
かよちゃんの指示通り、山道を東に走る。
「運転や事故は気にするでない。何か起きてもすぐに直る」
「直るぅ!? あ、そういえば北海道の……」
かつて発生したカルロ公爵との戦い、その際に倒壊したランドマーク。
遠野対策機関北海道支部お膝元、俺達の故郷にあるパナタワー。
奴に破壊され「お座敷様」が直したという情報は以前から聞いていた。
「建物や物体が持つ寿命のな、前借りじゃ」
「そういう能力だったのか」
「人間や生き物じゃとまた、話が変わってくる」
「俺の傷を直してくれた時みたいな?」
「うむ、あれは気まぐれじゃ。ちと、車を止めい」
「ん、了解」
物質に手入れや修繕が繰り返された結果、愛され存在し続ける「トータルの寿命」が生まれる。
それを消費することで、かよちゃんは建物を修復できるらしい。
その家や施設が誰かに必要とされる間は、忘れられないうちは無限に直せるってことか。
人間に能力を行使する場合、目安として全治一ヶ月の範囲ならノーリスクで治療完了。
それより重篤な状態だった場合、被治療者の寿命が大きく縮まってしまう。
物や人を治す力が、かよちゃんの現実改変能力の一つ。
「地震の話をしたじゃろ」
「してたな」
「当時、今いる場所から海岸までが見えた。見えて、しまった」
「この車の場所から!? それって、つまり」
「そうじゃ、ほとんどが流された」
「そんな……」
ベンケイから山道を抜けて小さな川と橋を越えた先の、国道三叉路に俺達は停車している。
右折する先、つまり東側には海沿いの町が広がっていた。
当然、今ここからは海岸なんか見えない。
「見てみい。あの頃の、写真じゃ」
「ガラケーじゃん……」
ガラパゴス携帯電話、略してガラケー。
スマートフォンが普及するより以前に、日本国内で使用されていた端末。
かよちゃんは二つ折りの古いパカパカ携帯をポーチから取り出し、写真フォルダを開いた。
「こういう、景色じゃ。道ものう、しばらくは今走ってる国道とベンケイを結ぶ道以外は後回しにされとった」
「写真……瓦礫の山だ……道を後回しって?」
「この国道一本以外、車が走れん状態が続いたのじゃ」
「そう、なのか……景色、本当に凄惨だな」
言われた通り、その画像では俺達が今いる場所から「海岸」までが見えてしまう。
スマホで地図も確認。
ここから海まで五キロ強、その間にある家や建物が軒並み壊滅したということか。
知識として知っていても、現地や写真を見ると印象が全然違ってくる。
でも、かよちゃんはこの話をして俺に何を伝えたいんだ?
*
「ほれ、そこの小学校もじゃ」
「学校の、校庭に?」
俺達は海沿いの市内を走っている。
かよちゃん曰く、地震が起きた年の四月に多くの現場作業員が仮設住宅を建てたらしい。
「これが建つまでの流れ、こっちは完成後の入居の様子」
「避難してた人達が、ここで暮らしてたんのか?」
作業員はベンケイのホテルから沿岸の街まで通っていた。
瓦礫に囲まれた一本道を日々往復するのは、どんな気持ちだったのだろうか。
仮説住宅の施工場所は多くが、小学校の敷地内。
坂を登っていく。海からはだいぶ離れてきた。
「ほれ、写真。ここまで流された舟がの、建物に突き刺さっておった。道路の青看板、下半分が潰れとるのは波にやられたことを意味しとる」
「こんな……言っちゃ悪いけど、写真ばっか撮ってないで、家直してあげたり出来なかったのか!? 能力で!」
こんな場所まで波が届いたという事実は衝撃だった。
でも、目の前の建物と写真の特徴は一致している。
「言うたじゃろ、寿命の前借りと。全壊してしもうた時点で家の「命」は終わる。終わった建物は直せん。範囲を区切ったり、直したり直さんかったりするのも、不公平じゃ」
「まあ、そうか。……揺れや波の高さ、数字で知るのと現物見るので丸っきり違うのは十分わかったよ」
しかし、かよちゃんがさっきから何をしたいのか分からない。
俺をわざわざ連れてきた意味も。
記録として残すのは、わざわざ見せるのは、悲しみに蓋をしてはいけないってことか?
大きなお世話じゃないのか? 当事者でもないのに。
いや、当事者なのか?
「かよちゃん、俺に何を伝えたいんだよ」
ピンク色の髪でハーフツインを巻く、ぴえん系座敷童の口から核心が語られる。
「人の強さ、人の在り方じゃ」
*
坂を下り海のすぐ近くで一度、車を停める。
「痛ましい天災が起きた。多くの命が失われ、嘆きと悲しみに暮れた。じゃがの、見てみい……街を」
街? 街って……
一瞬、意味を理解しかねるが、街は街だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
たくさんの人々が息づく、暖かな街の灯。この地に住まう多くの者が何年もかけ取り戻した光景。
街の外からも集まった多くの人間と協力しながら、きっと少しずつ積み上げた平穏。
「人はの、強い。異能や人外の手を借りずとも、幾度も立ち上がる」
「そう、かもしれない」
「わっちは、その強さと在り方を信じたいのじゃ。応援……したいのじゃ」
「なるべくなら人間の手に委ねる、ってことか」
「わっちにとって〝推し〟と言えるのかもしれん。幸福や平穏を願う〝人間〟の姿はの」
「あの船も、異能の力を借りずに作業してるもんな」
湾港を指差してみる。
あれは遠野対策機関の船舶だ、偽装していても俺にはすぐ分かる。
おそらくは、太平洋の海底から移送されたモエウシ残骸の引き上げ任務。
「うむ。未知なる存在を解き明かし、力に変えて立ち向かうのもまた……人の強さじゃ」
「良かったよ、ここに来れて」
「じゃろ?」
「でも、やっぱり不安な時も怖い時もある。俺も」
お座敷様ではなく、一人の少女がはにかむように笑った。
「人も謙一もの、常に強くはおられん。頼れ」
「いい、のか?」
「ギリギリまで一生懸命がんばって、どうにもこうにもならん時はの、わっちを欲するがよい」
「ありがたいよ」
助手席に座ったまま顔を上げる笑顔のかよちゃん、ピンクのハーフツインが揺れる。
「ふふん。その時は、わっちが助けてやる! 機関の長ではなく一人の友としてなっ!」
ドキっとした。白い歯を見せてにこにこと笑うの、困る。好きになりそうで困る。どう接すればいいんだ。
*
走り出した車。
俺はベンケイを目指して、また運転している。
かよちゃんの言う通り、人間の強さを信じたくなった。
俺にインフラは直せない、家だって建てれない、谷丸と違って火災が起きても消火なんか不可能だ。
でも、怪異に立ち向かうことはできる。
俺は俺の、やれることをやりたい。
「時にの、謙一よ」
「うん?」
「真っ赤なスーパーチャージ、良い物じゃの」
「赤スパ? 何で!?」
かよちゃんは、今度は目を輝かせ子供のように語りだしていた。
こんな奴にドキドキさせられたかと思うと悔しい。
でも見れば見るほど可愛い、困る。
接し方にも困る。距離感どうすりゃいいんだよ。
「文字の背景が赤くての、どどん!と目立って分かりやすい! コメントもロボットも、やはり赤じゃ! 他のリスナーでも興味深い赤スパ送っておる者がおったぞ、ほれ、スクショ撮ったった!見てみい」
どう接するなんて悩む必要もないか。かよちゃんも、推し活を楽しむ仲間だ。
でも運転してるのにスマホ見せようとしてくるのやめろ。
信号で止まるまで待て。
「なあ、かよちゃん。赤が好きなら……あの赤い髪の女の子は?」
「それとこれとは話が別じゃ。あの小娘は好かん」
やっぱ、仲間ではないかもしれない。
相容れないかもしれない。
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