第三章 平穏と推し活が大切
第九話 友の名を呼ぶ
わっちも、遠い昔は人間じゃった。
力に目覚め、外見の成長が止まり、家族や友だけが皆、先に逝った。
遠野対策機関が出来た頃の子らもそうじゃ。
皆が皆、わっちを残して先立つ。機関の古株は、全滅じゃ。
職員との距離感が、わっちには分からぬ。
話しやすさ、理想の上司、暖かな職場、自己啓発本をわっちはネットで爆買いした。服も工夫した。でもダメじゃった。
誰もわっちのことをぴえんちゃんと呼んでくれぬ。ツブヤックスの情報もヤッホー知恵袋も、嘘ばかりじゃ。
金谷謙一が、わっちの前に手を伸ばしてきおった。
「貸せ、キーボード!」
「何をする! わっちのじゃぞ!無礼者!」
よせ! 投げとうない! 人の子に銭など投げとうない!
少しは口の利き方を弁えてるとはいえ、こんな芸者崩れの小娘なんぞに!
なーにが「スパチャ」じゃ、くだらぬ!
しかも金額よ! プラモデルが何箱買えると思うとる!
資産は十分ある、かと言って見ず知らずの女に施せるかと言うたら話は別じゃ! 使い道は決めておる、機関の福利厚生も!
小僧が壊した車! あれとて、わっちが買い直すんじゃぞ!よせ!送信するでない、やめい!
『かよちゃんさんですの? 素敵なお名前ですわ〜!』
かよ、ちゃん……とな。
かよちゃん、という……呼び方。
最後にそう呼ばれたのは、いつじゃったか。
くだらぬのに、ダメじゃ、指が勝手に……
さん付けは要らぬ、かよちゃんでよい、と送信。
金谷謙一の鼻息が荒くなってきておる。鬱陶しい。
わっちはポーチから
一般職員も使える植物型の、汎用
効果は知っておろう、少し部屋の隅に引っ込んでおれ。
『かよちゃん、ですのね〜! 失礼しましたわ〜!』
わっちは何と呼べばよい? と送信。
『ワタクシのことはユメメ、でもユメメお嬢様でも、お好きにお呼びくだ』
ユメちゃん、でも構わぬか? と小娘が喋り終わらぬうちに送信。
『わ! ユメちゃん!? あまりお見かけしない呼び方ですわ〜! 嬉しいですわ〜! かよちゃん!』
かよちゃん、そう呼ばれる声を聞くのは……何百年ぶりか。もう思い出せん。
さっきから目に涙がたまるのが、自分でも分かる。
『ところでね、かよちゃん? 赤スパはねぇ、ほどほどにしましょうね〜!』
優しいんじゃの、わっちの金が心配か? と送信。
『だからほらぁ!またぁ! くれぐれもね、かよちゃんも他のユメメイトの皆様方もね〜、無理をし過ぎないで下さいませ〜!』
侮るな小娘。わっちの個人資産は日本通貨で七兆五千億円を超えておる。して、ユメメイトとは何じゃ?
ゆっくり入力し、送信。
『七ぁ!? あ、あのー、あ……ふふっ、かよちゃんはお金持ちですのね〜? でもね、本っっ当に赤スパ、送り過ぎずに、ね? ユメメイトと言うのは……』
さてはユメちゃん、信じておらぬな。ガチじゃぞ。
まあよい、続きを聞いてやるか。
『メイトつまりお友達!ワタクシ友ヶ崎ユメメのお友達! それがユメメイトですわ〜! 赤スパがなくても、時々しか配信に来れなくても、応援して下さる皆様方はみーんな、ユメメイトなのですわ〜〜!』
友達。
久しく聞かなかった言葉じゃ。
わっちとユメちゃんは友達か? と送信。
『もちろんですわ〜! ユメちゃんとかよちゃんは、お友達ですわ〜!』
遠い昔、まだわっちが人の身であった頃。
生まれて初めての友ができた日のことを思い出す。
悠久の時を生きる宿命を背負ってから三百余年、わっちと対等に話す存在はおらんくなった。
今後も、現れんと思うとった。
育ててきた八郎も、最近よそよそしくなりよった。
楽しく喋れる、友や家族が……欲しかった。
こんなところに、おったんじゃの。
*
「深くは聞かないけど……楽しめたみたいだな?」
「楽しみとうなかったがな。すまんの、縛り上げてしもうて」
解放した金谷謙一と言葉を交わす。
「楽しみたく、なかった?」
「確かに良きものではあった。じゃが、余計に辛い」
意味が分からないという顔をする金谷謙一。当然か。
出尽くしたと思ったのに、またわっちの目に涙がたまっていくのを感じる。
溜息が出る。
もう、ええか。此奴には本音で話そう。
「どうせユメちゃんは、わっちより先に死ぬ」
「あ、あー、確かにまぁ、それはそう」
困らせてしまうじゃろか。呆れるじゃろうか。
感情が止まらぬ、すまぬな小僧、許せ。
ダメじゃ。
止まらぬ、嫌じゃ。
「嫌じゃ嫌じゃ……ユメちゃんないなったら悲しい」
「ないなった、ってネットスラング覚えたのか」
「ないなると寂しい……わっちには、耐えられぬ!」
「わかるよ」
言葉が、感情が、涙が、止まらぬ!
「嫌じゃ、嫌じゃ! 離れとうない! 配信の最終回など、見とうない! 引退も嫌じゃ!」
「俺も、たまに同じことを考える」
「人の子が! 黙れ! おぬしに、わっちの何がわかる! 近いか遠いかも分からぬ未来、ユメちゃんがおらぬ世界で辛さを抱えたまま生きとうない! 定命種が知った風な口を」
「だから、アーカイブがあるんだ」
涙が、まだ止まらぬ。
アーカイブとは何じゃ?
「詳しく……聞かせてみい」
「これだ」
なんと、記録され……残り続けるとな!?
商いに利用したり配布せん限りは、個人の範囲でしっかり保存しても構わぬとな!?
ユメちゃんの配信を片っ端から保存して物理媒体に焼きはじめるわっちを見ながら、金谷謙一が静かに唇を開きおった。
「好き……なんだろ? 友達や、会話が」
「そうじゃの」
「応援してくれよ、これからも。たくさん話すといい」
「そう、じゃの」
「動画保存以外にもさ、グッズもあるぞ?」
「おん」
もう
「さっきの会話も、ずっと残り続ける。保存すればずっと。それに……思い出の中にも」
「うむ」
「心の中、大切に残せばいい。思い出は……推し活は、永遠だ!」
「そうじゃの!」
この日、わっちの人生が変わった。
いやもう人ではないか、にしてもまあ、人生じゃ。
金谷謙一が、わっちの人生を変えおった。
「悪くないだろ? 推し活も」
「うむ、良いものじゃ!」
この人間は楽しい、興味深い。おもしれー男、ってやつじゃ。
「嬉しいよ、伝わって」
「感謝しよう。……して、おぬしもわっちの友達にならぬか?」
「え」
「ダメと申すか」
「なる、なれます、大丈夫!」
「なら今日から謙一と呼ぶでの。わっちのことは、かよちゃんと呼べ」
「えっ」
「不服か」
結局は双方が妥協し、機関職員が少ない空間では「かよちゃん」公の場においては「お座敷様」と呼ぶ形で落ち着いた。まあ、それでもよい。
「もう夕方か、俺はそろそろ……」
「待て謙一」
「何か?」
「ちょいと付き合え。外の空気を吸いに行く」
「外? でも、昨日も大浴場で」
「たわけが。この建物の外、という意味じゃ」
謙一を待たせメイクをしっかり直したわっちは、エレベーターのボタンを押す。
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