第八話 座敷童(後編)


「ざけんな! お座敷様!」

「おぬしの方こそ! 聞き分けの悪い小僧じゃ!」


 何でこんなことになった……整理しよう。


 まず、お座敷様は筋金入りの模型オタクだった。

 車や鉄道、戦車よりは最近だとロボット専門らしい。

 機関や怪異の話題は早々に切り上げられ、延々とプラモデルの話を展開された時はビビり散らかしたが、とりあえずは仕方ない。もう、いい。


「よいか? わっちにとって最高の趣味とはの?」

 

 組み上げる、独創性を持った改造を施す、塗装をする、そこまで聞いて感心し関心と興味を持った俺だが、お座敷様の口から飛び出した「ブーンドドド」と言うフレーズに笑ってしまった。

 語感だけでも面白い言葉なのに、スマホで検索をかけたらガチで実在する単語と知り、意味を読んでついに爆笑してしまう。

 

 それが、お座敷様の逆鱗に触れた。


「何が悪いのじゃ! ブンドドの! 言うてみい!」

「や、その歳と立場、見た目で……ブンドドて……」

「なら、わっちを笑えるほど立派な趣味でもあるんか?」


 テレビアニメ。


「白黒の頃から見ておる。あれは所詮、作られたものを受け取るだけの一方通行じゃ。わっちは好かん」


 漫画、ゲーム、ソシャゲ。


「やっておったぞ。サービス終了すれば虚しいだけじゃ。諸行無常よの。漫画など、アニメと同じじゃ。一方通行は好かん」


 模型は企業から受け取ったものを自分が作り上げる双方向で成り立ち、なおかつゲームや漫画と違い「決められた終わり」が存在しないから悠久の時を生きる自分でも飽きることがない。

 それが、お座敷様の言い分だった。

 いや、漫画やアニメだってファンアート描いたりとかあるじゃん。


「何でもかんでも俺の趣味、否定しやがって!」

「先にわっちの好きを否定したのは、おぬしじゃろ!」

 

「あ、それは確かに。ごめんなさい」

「ふふん、わっちの勝ちじゃの! 他愛もない!」

 

「他愛もない? そこまで言うなら見せてやる、最後にして最大最高の……とっておきをな!」

「ほう? ぬかしよる」

 

「借りるぞ、パソコン!」

「うむ、許す!」


 俺の中で一番の趣味、推し活! バーチャルキミチューバーの配信視聴だ!

 かつて間接的に、彼女達のお陰で世界が救われたと言っても過言ではない!

 俺が、俺達が戦う「理由」とすら言える存在!


 

 

「くだらぬ。わっちにとってはの、くだらぬ。合わん」

「は?」



 

 俺は異議不服を申し立てる。

 推しを否定されるのだけは我慢ならなかった。

 佐原だって谷丸だって最終的に、あの赤い髪の女の子の配信視聴者リスナーになった! 今ではガチ勢だ!

 沙苗や山下君と、五人みんなでライブにも行った!


「ほんなら、良さを語るがよい」

「出会い頭にアンタが評価してくれたネジキリ討伐も、カルロ公爵や一派掃討作戦も、推し活がなかったら成し得なかった!」

 

「ほーん、続きを聞いてやる。申してみい」

「沙苗とだって、リスナー仲間だから分かり合えた!」


 推し活の歴史、それは俺達の戦いの歴史と同じだ!

 同じ推しを愛する同坦の絆で勝利を掴んできた!


「だがのう、それ……模型でも成り立つじゃろて」

「へ?」

 

「例えば金谷謙一が模型を愛しておった、して、触発された谷丸夏奈や佐原葵も楽しく模型を作りはじめた。模型のために世界を救う、これとどう違う?」

「や、それは……」

 

「プラモデル好きの四人の絆で強敵に勝った、一緒よな?」

「たし、かに」


 手強いぞ!? この座敷童!


「ふふん、やはりわっちの勝ちじゃ」

「わかった、もう少しだけ見てくれ、唯一特別なんて言わない、模型だって良い! でも配信者も素晴らしいんだ!」

 

「なら見てやるか。わっちに良さが分かるとは思えんがの」

「分からせを、遂行する!」


 動画さえ見せれば、こっちのもんだ!

 もう引くに引けない、ここで折れたら佐原や谷丸、沙苗達に顔向けができない!

 絶対コイツに、知らしめてやる! 沼に引き込む!



「っか〜、ダメじゃダメじゃ、なっとらん」

「え……」

 

「客寄せの芸者崩れ、そこまでは……まぁ許そう」

「いや、言い方……」

 

「仮にも客商売じゃぞ? それをじゃな! 客に向かって「お前」だの「アンタ」だの「うるせえ」だの、なんなのじゃ! 礼儀がなっとらん! 特にお前が贔屓ひいきにしておる、この赤髪の小娘!」

「や、その人……良いところもたくさんあって……それに、リスナーとのプロレスだって配信の魅力で……」

 

「知らぬ!聞かぬわ! まったく、時間を無駄にした」

「待っ……」


 ダメだ、勝てない。何だこの頭固い年寄りババア。

 二人称とか口調だとか言われたら、バーチャル配信者ほとんど全滅じゃねえか。


 


 いや、待て。




 居る!  居た!!




『たまにはね、夕日の沈みゆく黄昏時から! 友ヶ崎ユメメがお届けしましたわ〜!』


 腰の低い姿勢、丁寧な口調、様子のおかしいテンションが人気を博し人気配信者へと登りつめた、お嬢様系キミチューバー!


 とも  さき ユ メ メ !


此奴こやつ……ちょいと違うな。どれ、見てやろう」


 流れ、変わったぞ!?


『それでは、皆様方からいただいたスパチャを読み上げていきますわ〜!』


 スーパーチャージ機能、いわゆる投げ銭。

 動画配信者に直接お金を贈る支援方法である。

 投げ銭に添えたコメントを読み上げることも多い、キミチューブの公式機能。


「なんじゃ? 此奴が申す「赤スパ」とは」

「これは、こうやって……」


 赤いスーパーチャージ、つまり高額課金コメント。

 

「やらんでよい!」

「あ、はい」


 眉間にシワを寄せながら、それでも配信を見つめるお座敷様。


『大丈夫でしてよ〜? 毎回欠かさず視聴できなくても、たとえ週に一回、月に一回でも、遊びに来ていただけましたらね? ワタクシとこうして、お話できますわ〜〜!』


 特に意味もなくマウスを握りしめるお座敷様の指が、ピクリと動く瞬間を俺は見逃さなかった。


「お話、か」


 お座敷様が、小さく呟く。


 この人は……この子は、もしかして寂しかったんじゃないのか?

 何度も強調された「双方向」という言葉。

 交流や会話を欲していたのかな。


 誰も呼ぶわけがないと内心で俺がバカにした呼称、ぴえん様、かよちゃん、それらの由来や意図するところまでは分からないが、もしかすると誰かにずっと呼んで欲しかったのでは!?


「貸せ、キーボード!」

「何をする! わっちのじゃぞ!無礼者!」


 

 一瞬の、チャンスに賭けろ!


 

 かよちゃんって言ってください、と入力!

 上限赤スパ……送信!



 どう出る、友ヶ崎ユメメ!


 どう動く、座敷童!!


 読み上げろ、コメント!!!


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る