第七話 座敷童(前編)


 俺達は機関宿泊施設、ベンケイに帰還した。

 

「なーんか私今回、空気でしたねー」

「そんなことないよ、谷丸ちゃん。上空からの消火指示……頑張ってたじゃない!」

「カナっちもすごかったじゃないすか、直接消火も参加してたっすもんね!」

「佐原と沙苗の言う通りだ。谷丸がいたから俺も沙苗も安心して構築できた」


 高度な飛行訓練と冷気や水を操る能力を両立させた谷丸夏奈のような存在は、極めて稀らしい。

 初めて会った頃は空も飛べず絶対零度アブソリュートも撃てなかったのに、本当に強くなった。

 いや、成長したと言えば俺もそうなのかもしれない。


 転生してきて遠野対策機関に加入したばかりの、中学生一年生だった「金谷謙一」も今は自信を持って作戦の立案や指揮を行えるようになってきた。


「そうかなぁ、そうかも! 謙一先輩も頼もしくなりましたよね!」

「ほんとに! 元の歳だといくつだっけ? カナヤ君」

「カナヤさん、管理官が板についてきたっすよね!」

「ありがとう、みんな。前世からの歳、最近あまり数えてないんだよな」


 三人も同じことを思ってくれていたようで、嬉しい気持ちになった。

 この「身体」は俺が転生してきた時点で既に二十五歳、今もいわゆるアラサーという世代。

 俺の「心」は……転生アレから何年経ったか、まだ十代なのは間違いない。

 

 年数を計算しようとしたら胸元に振動を感じる。

 スマホが鳴っていた、知らない番号だ。


『管理官、突然すまない』

「杉山陸佐……白い受話器じゃダメだったのか?」


 声の主が誰なのかは、すぐに分かる。

 

『ある意味、緊急だ。部屋を出てくれ』

「敵か!? コイツらにも、すぐに準備をさせ」

『待ってくれ!』

 

 ちょうど部屋に来ていた三人に身振り手振りと目線で合図を送ろうとしたが、食い気味の杉山陸佐に制止された。


「敵ではない、と?」

『ああ、ただ……あまり待たせるわけにもいかない』

「なる……ほど? 俺一人で行くべきか?」

『一人で頼む……ロビーで待つ』


 返事をしてから、通話を切る。

 先程の緊急出動未遂に気付いて身構えていたのは佐原のみ。

 谷丸と沙苗は酒を飲みながら俺のつまみをこっそり食べたり、冷蔵庫を漁ることに夢中だった。

 谷丸は盗賊か蛮族の類いなのかもしれない。

 一人の部下と一人の食いしん坊と一人の盗賊に、俺は事情を説明する。


「カナヤ君……危険がありそうならすぐ私達に連絡して」

「佐原、杉山陸佐もいるならきっと大丈夫だ。でも、ありがとう」

「後で晩ごはん一緒に行きましょう! 謙一先輩もそれまでには戻ってきて下さいねっ!」

「アタシお腹いっぱいになったし、でっかいお風呂行ってくるっす!」


 単身で、というのが引っかかる。極秘の指令だろうか。

 一応スーツに着替えた俺は、一階に降りてきた。



 ロビーでは杉山陸佐が待ち構えている。

 そのままうながされ、二人でエレベーターに逆戻り。


「落ち着いて聞いてくれ、金谷管理官。お座敷様がお呼びだ」

「はぁ!? ……お座敷様って、機関トップの!?」

「声が大きい。良かったな、エレベーターの中で」

「その、お座敷様が何の目的で!? というか、この建物にいるのか!?」


 杉山陸佐が小さく息を吐く。

 

「もう……話しても良いのかもしれん。ベンケイは、あの御方の第二の家だ」

「嘘だろ……どんな、人なんだ?」

「本当だ。直接会った方が早い。何を考えているのか、我々も分からない」

「何考えてるか分からないってヤベえだろ!」


 にわかには信じがたい話である。

 

「いや、業務は遂行して下さっている。ここ数年の私生活に謎が多いという意味だ。悪い人ではない」

「なる……ほど」


 というか、そもそも「人」じゃねえよな。

 柄にもなく取り乱しちまった、いや、取り乱してしまった、か。

 俺としたことが思わず、動揺してしまったようだ。

 落ち着こう。俺は金谷謙一管理官、動じたり焦ることなく冷静沈着な男だ。そういう、男である。

 

 最上階がフロア丸ごとお座敷様の部屋として作り替えられていたと、俺は知る。

 その一つ下の階で降りた杉山陸佐は、どこかに電話をかけた。


「杉山です……はい、現在時刻から三十秒間、了解、伝えます」


 少しの間だけ、このエレベーターが最上階に止まり扉が開くと教わる。

 普段は止まらず開かないように、現実改変と因果律の操作が行われているらしい。


「俺が付き合えるのはここまでだ。健闘を祈る」


 そう言って別れを告げる杉山陸佐の顔を見ながら、エレベーターのボタンを押す。


 座敷童……この世界では座敷童という名前も妖怪という言葉も存在しなかったっけ。

 

 どんな、怪異なのだろうか。


 少女に似た外見という情報しかない。

 何となく、和装で身長がとても低く黒髪のおかっぱ頭、鞠でもついて遊んでいそうなイメージ。

 着物は、きっと赤。

 かつては「座敷」を好んだ、ゆえにお座敷様。

 富を増やす座敷童と言ったら、やっぱ黒髪だろ絶対。

 


 最上階、エレベーターの扉がゆっくりと開いた。


 


 何だこれ!?


 踏み出した最初の一歩からひでぇぞ、この階。

 散乱して積み上げられたネット通販の空き箱、ダンボール、足の踏み場もない。

 やべえじゃん。


 遠くの外壁側を見て、最初はカーテンを閉め切ってんのかと思ったけど違う。

 向こうも向こうで高々とダンボールが積み上げられてただけ。

 薄暗い部屋、よく見ると脱ぎ散らかした靴下も散乱している。

 だらしないけど、ちょっと可愛い。

 座敷童っぽい怪異でも靴下履くのかな。まあ、履くか。

 待って俺ここで靴脱いだ方いいの? 作法が分からない、困る。聞いときゃよかった。

 

「よう来たのう」


 声!?

 幼い、思っていた以上に幼い声!

 谷丸なんかよりさらに幼い、アニメ声ってやつだ!

 いやでも若干がちゃがちゃした声だ。

 

「ちと、暗いかの」


 この階は多分、色々なアニメで見たことがあるフロア構造。

 外周の全部が窓ガラスのやつ。デカい一つの「部屋」が円形か多角形なのかまでは分からない。

 箱の隙間全部から、うっすら日の光が差し込む。

 だから「あの」フロア構造だと俺は決め打った。

 

 ダンボールまみれのこの部屋は、きっと本来はだだっぴろく薄暗い空間の中に机が一つだけあるような、窓の外は青空とか、そういう雰囲気の絵面イメージが浮かぶ。

 典型的な「司令官フロア」の小規模バージョン。

 そんな「お座敷様の私室」で、照明が光った。

 電気つくんだ? まあ、つくか。ダンボールのせいで暗すぎるもんな。

 


「改めて、よう来た。金谷謙一」


 

 俺は、言葉を失う。


 

 これ、つぶやきアプリのツブヤックスでもよく見る服だぞ!? なんだっけ、ゴスロリ……とはちょっと違ったはず地雷系? うん地雷系だこれ。そういや何で地雷系って言うんだろ、お座敷様の髪はピンク色で結び方はハーフツイン、今風のメイク、目元が少し赤い、身長や見た目は十代!? 谷丸より少し低く可愛い……って昨夜の浴衣の女の子じゃねえか! 普通に風呂上がり徘徊してんじゃねえよ、お前!ダメだ、理解が追いつかない……そういえば谷丸、バズりたくてこれと似た服買ってネットに自撮り投稿しようとしてたな。沙苗は「一万リツブヤイトと二万ヨカッタネは固いっす!」なんてノリノリで、佐原は苦笑いしながら止めに入ってたっけ。

 


「まあ、座れ」


 

 ど こ に だ よ !


 

 ダンボールしかねえ部屋で!


 

「パソコン机の椅子はダメじゃぞ。そこは、わっちの場所じゃ」


 やかましいわ!


 抑えろ、抑えろ俺、仮にも機関トップの存在……いやドッキリかこれ!? 杉山陸佐にハメられたんか?


「あの、はじめまして、金谷謙」

「ふふん。金谷謙一、知っておるぞ。さっきも言うたじゃろ」


 ふふん、と特徴的な笑い方をするお座敷様。


「あ、はい」

「楽にせえ。わっちも苦しゅうない」


 やっとの思いでひりだした俺の言葉は、強制的に詠唱破棄されてしまっていた。


「あの、俺……あ、いや、自分は貴女を何とお呼びすれば?」

「自分、ではなく俺、でよい。無理をするでないぞ」


 意外と良い人なの? 人じゃないけど。

 そもそもいくつだ、確か三百歳くらいだったはず?


「して、わっちの呼び方じゃがの」

「はい!」

 

おさ、お座敷、遠野とおの、遠野かよ、ぴえん、かよちゃん……どれでも好きにせい」

「………………は?」


 いらないだろ! 最後の二つ! バカじゃねえのかコイツ!?

 でも氏名としては「遠野かよ」という個体であると分かった。


「あの、参考までに」

「何じゃ? 言うてみい」

 

「お座敷様?をぴえんちゃん、ぴえん様って呼ぶ人……いるんですか?」

「おらぬ」

 

「ですよね!?」

「みな、おささまやお座敷様と呼びよる」

 

「でしょう、ね」

「わっちは構わぬぞ? ぴえんちゃんと呼ばれても」


 呼ぶわけねえだろうが! いい加減にしろ!

 

「無理ですよ、お座敷様!」


 つい、大声が出てしまう。彼女の小さな肩がビクっと反応。

 何なんだ? 何かを試されてるのか!? 俺は!


 混乱する頭で、そう言えばこういう服装ファッションは「ぴえん系」とも呼ばれていたな、スマホで検索したらすぐ画像出そうだなと、どうでもいいことを思い出した。


 見た目と発言トーク内容の衝撃さえなければ、人生初となる「本物リアル、のじゃ語尾使いの少女」との遭遇に、もういくらかテンションが上がっていたのかもしれない。




 見れば見るほど、これじゃない感が強い。

 なんやねんコイツ。



 

 

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