第4話

 湿っぽい地下である。

 暗く、地の底深く、どこまでも延びていく階段。

 子どもなど、その暗さだけで泣き出しそう。


「ぼうけんでつ! ぼうけんなのでつ!」


 モニカは全くお構いなし!

 キラキラ目を輝かせている。


 ひたひたと下へ下へ。

 いったい、どれほど降りたのか。


「やっと、ついたのでつ?」


 階段が終わり、冷たい石畳の床が足裏に伝わる。


「ケルゥス……。ケルゥス……。いないのでつか?」


 巨大な空間であった。

 小屋一つ、いやもう庭付きの広い一軒家がまるまる入りそうなほど。


 それは牢獄。

 石よりも冷たい、鉄の頑丈な檻がまっすぐ天井まで伸びている。

 檻の一本いっぽんは大木ほどの太さであったが、間隔は荒い。小さなモニカなら労せずすり抜けて入れるほど。それの意味することはつまり、それで十分閉じこめておけるほど、大きな生き物がそのなかにいる、閉じこめられているということなのだが。


「うんしょ……」


 幼女にそんなことが分かるわけもない。


「うわあ……」


 大きな、大きな、毛の塊であった。


「ふっかふかでち!」


 モニカは何の遠慮も恐れもなく、それに触れる。顔をうずめる。

 思った通りのもふもふ毛皮の具合に大満足であった。


 寝息が、聞こえる。


「ケルス、ケルス! ……ケルスたんでつか?」


 モニカ、さらに声をかけ続ける。


 目が、開いた。

 真っ赤な目である。暗闇も燃やすかのように、ギラリと輝く。はっきりその目は小さなモニカを捉えていた。

 四肢に力が入る。

 起き上がるのである。

 目覚めれば、立ち上がれば、モニカなどもう、その爪の先ほどしかないではないか。ピンとはじかれるだけで、モニカなど……。


「なんや? けったいな。ふぁああ……。久しぶりに人間見たおもたら、ちっこいのやなあ」


 間の抜けた声が、鋭い剣が立ち並んだような口から発せられた。

 これが、ケルベロス?

 百年前まで、人間を恐怖のどん底へと突き落としていた、地獄からの使者か?


 モニカにそんなことは分かるはずない。


「ケルス?」

「ワイはそんなかわいい名前やあらへん。ケルベロスや」

「ケルロケケケ、ルルウ?」

「いや、舌回ってへんがな」

「キャハッハハハ! がな、がな!」

「あんなあ……」


 怖いもの知らずのモニカである。

 魔獣の伝説、知っていようが知っていまいが、その態度まるで変わらない。

 幼女に手を焼くのは、いつもそれを見守る大人なのである。

 今回の犠牲者は、伝説の魔獣、ケルベロスその人であった!

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