第5話

「嬢ちゃん、こんなとこ来たらあかんで」

「ダメといわれれば、来たくなるものなのでつ」

「いやいや、危ないことあったらどないすんねん」

「ケルス、やさしいでつね。モニカ、あぶないことありまてん」

「ワイが? ワイがなにもんか知っとんのか?」

「あい! おっきなモフモフたんでつ!! モフモフをたんのうしに来まちた」


 ケルス、頭を抱える。


「あんなあ……。ワイは伝説の魔獣様やで。人間を恐怖のどん底に落としとってん」

「そうは見えまてん。ケルス、いい人でつ」

「人って……。ワイがほんまに狂暴やったらどないするつもりやってん」

「ケルス、こわいのでつか? モニカを食べまつか?」


 モニカ、こてんと首をかしげる。

 不安そうなことをいっているわりに、その顔は全然、怖がってなどいない。

 ケルス、天を仰ぐ。


「食べへんけどな、それ結果論やがな……。もう……」

「けっかろん? 新しいまほうでつか?」

「ああ、まあ……」


 説明するのがもう、めんどくさい。


「ともかくやな、こんなとこ来たら怒られんで。はよ帰り、誰か知らんけど」

「モニカはモニカでつ!」

「はいはい、モニカちゃん。ここは子どもの来るところとちゃうで」

「モニカはモニカでつっ!! 子どもあつかいしないでほしいのでつっ!!」

「子どもやん、自分」

「モニカでつ!」


 話が通じない。

 幼女、恐るべし。


 結局、ケルベロスはケルスとなり、モニカの話し相手となるようになった。

 それどころか、である。


「ケルス、今日はおとそ、つれていってくれるやくそくでつ!」

「ああ、お外な。ほんまに行く気か? 城の外へ」

「いくのでつ! おしろのなかはもうあきたのでつ!! ケルス、いいまちた。おべんきょうがんばればつれていってやると。モニカ、がんばりまちた!」


 ババン! と、ノートを広げて、モニカは誇らしげである。


「ああ、まあ……。ミミズがのたくっとるけどな。努力のあとは認めたるわ」

「エッヘン、なのでち!」

「いうてしもたワイの負けか……」


 ケルス、観念した。

 初対面から数日の間だけであるが、幼女モニカの奔放さにはとことん参っていたものである。

 それでもケルスはモニカを突き放さなかった。

 そこは不思議といえば、不思議でもあるが。


「そいじゃまあ、いきますか」

「いくのでつ! ぼうけんはついに、おとそへ!!」

「いや、だから、お外やって」


 ケルス、ため息つくようにして息を吐くと、その姿はどんどん小さくなって……。


「ケルス、かわいい!」

「ああ、もう、そんなんいわれたらかなわんなあ」


 なんと幼女に抱えられる、ぬいぐるみほどの大きさになったのである。

 モニカはさっそく小さなケルスを抱えると、隙間をまたすり抜けて、地下牢の外へ。

 外に出れば、ケルスは少し体を大きくする。

 少し、というが、大型犬の大きさである。モニカを乗せても行けるような。長毛の白い犬の姿に見事変じたものである。

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