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同期の京田竜一は昭夫の2歳下で、入社当時はまだ20歳の若造だった。
高校を出た後、しばらく運送屋で働いていたと聞いた。首都圏近郊のみで荷物を請け負う赤帽のような形態の小さな会社で1年目は仕分け、2年目はミニバンを乗り回して配達をしていたのだと言う。なんとなく、で唐突にうちの会社に転職してきた。やはり前職が前職だけあり、車の運転は非常に上手かった。
都内の地図は大まかながら頭に入っていて、流石にタクシー運転手には劣ると謙遜していたが重宝されていた。入社して直ぐの研修は共に新宿周辺の現場に入った。
それから3年。
昭夫は品川の本社で働き、京田は六本木にある関連会社に出向していた。
無口な奴ながら仕事は真面目にやっていたと思う。少なくとも昭夫の目にはそう見えた。
良く食べ良く飲む昭夫とは対照的に、京田は最低限しか食わず酒もほとんど飲まない。現場仕事をするのにそんな少食で大丈夫なのか、と聞くと、自分は燃費がいいんです、と答える、そんな男だった。
その京田が最後に連絡して来たのが6月2日。飛行機事故の翌日の事。
京田は六本木に出向になってから渋谷の外れにある安アパートに引っ越していたが、事故が起きたのは丁度日中の勤務中。社長が即関連会社全ての安否を確認し、昭夫も京田に個人的に連絡を取った。2時間後に「俺は大丈夫です」という返事が届いた。それが事故当日の事。
「まだ六本木にいるのか?それとも外に避難は出来たのか?」
そのメッセージに対する返信は更に数時間のラグを置いて6月2日の早朝に届いた。
「大丈夫ですよ」
その後、六本木に勤務していた社員の中で京田だけ一切の連絡が取れなくなった。他は全員無事に避難が済んでいたのだが、そこからは何度連絡しても返事はなく、彼に社用として渡していたスマホのGPSはずっと六本木のまま。
実際はその2日の間に京田は一度同僚と共に封鎖区域外に出ていたが、わけあってフリル女………名前はあや子と言うらしい………を連れて昨日、6月6日の昼間に再び中に戻った、ということだ。社用スマホはずっと事務所に置きっぱなしにしていたのだと答えた。それに深い意味はなく、ただうっかり忘れただけだそうだ。
そして京田とフリル女は事務所に軟禁状態だったカサネを誘拐同然に事務所から連れ出し、封鎖区域外に出る事無く六本木に留まっていたらしい。
なんで、車があったなら外に出られただろ。京田が乗ってるのここの社用車だよな?インフラ業者扱いで検問難なく通れるはずだろ。清掃会社だろ、なんとでも言い訳作れば行き来出来るはずだ。そもそもなんで1度は外に出たのに中に戻ったんだ?あんな華奢な女の子連れて、しかもアイドルの男まで攫って。何がしたいんだよ。お前、会社の人達がどれだけ心配してると思ってんだよ。全社員の中で安否不明はお前だけなんだよ。わかってんの?社長はお前が金横領して逃げ出したんじゃないかって疑ってるし、俺も不安で仕方なかったんだよ。
昭夫は率直に思った事を全て京田にぶつけた。
「昭夫さん、一気に質問し過ぎですよ」
京田はそう言って小さく笑う。確かに金庫の金は少し貰っちゃいましたけどね、と部屋の隅に置いている大きなリュックを指差した。
例のあや子、というフリル女が電源の切れた冷蔵庫にストックされていたという缶コーヒーを2本持って部屋に入って来た。冷蔵庫の中にあった物で口に出来るのは未開封の飲み物位だ、と京田は言っていた。
「私が、軟禁されてるカサネにどうしても会いたくてリュウさんにここまで連れて来て貰ったんです」
あや子は所在なさげにドアのそばに立ち尽くす。
「………リュウさんは忘れ物を取りに来たって言ってた」
彼女のその言葉の後しばらくの沈黙が部屋に降りたが、その数秒の沈黙を破って外から巴とカサネが戻って来た。巴は昔から足音がうるさい。
「外にオオクラって書いてあるミニバンが停まってるけど駄目、エンストしてるしガラスも割れてる」
更に言うと巴はいつも声が大きい。その横にいるカサネも疲れ切った顔をしている。
「他の車もパクれる気がしない、映画みたいに上手く行くもんじゃないな」
昨夜はろくに眠っていないというカサネは椅子に座ると目を閉じた。
事務所の前でカサネを攫った後、一旦オオクラに来たはいいもののそこでゾンビの襲撃に合い、車もダメになったし京田が酷い怪我をしてしまい身動きが取れなくなった、という事らしい。
カサネも事務所に軟禁された影響で栄養失調に近い状態でまともに走れない上、車の運転が出来ない。そもそも免許がないそうだ。彼は元の体力があればここから渋谷位の距離は歩いて逃げられなくもないが、ゾンビがどれだけいるかわからないために二の足を踏んでいた、らしい。
体力が落ちている、というだけではなく、恐らくカサネもどこか怪我をしている。歩き方が少しぎこちない。ただ京田程酷い怪我ではないだけだろう。そして恐らく、カサネが威嚇のつもりで持っている武器はもう弾切れなのではないかと昭夫は踏んでいる。
あや子はあや子でやはり怪我人を置いて先に逃げる事も出来ない、と言い張ったらしい。やはり彼女も非力で、ひとりでゾンビの中を逃げ出す勇気が無いのだろう。
そして果たして京田には一体どんな企みがあるのか。
「………コインロッカーにずっと隠してある大事な物がある。その鍵をずっとここのデスクに隠してあったから取りに来たんだけど、この状態じゃ何も出来なくて」
京田は足を撫でながらそう言う。
「ていうかここに救急箱とかないの?私陸上部だったからさ、あなたの膝のテーピングぐらいならそんな上手くないけど出来なくはないよ」
巴が京田にそう持ち掛けると、事務所の棚に救急箱があった気がする、と教えてくれた。
現場で怪我をするスタッフもいるので応急処置用として総務の女性がそれなりにきちんと揃えていたらしい。無論、酷い怪我の時は病院に直行させるため使われる事はそうそうなかったそうだが、防災用品としても備えていたようで良いテーピングが手つかずのまま残っていた。足りなければその辺のガムテープでも使えばいいか、と雑な事を考えていた巴は反省した。
「そもそも例の飛行機事故の事、皆さんどこまで把握してますか」
膝の処置を済ませた京田は改めてソファに座り直し、一同の顔を見回した。
「ニュースだと小型機が首都高に墜落して毒性の積み荷と飛行機の撤去処理に時間が掛かるから封鎖された、って話だけど」
昭夫がそう答えると、巴もあや子もカサネも同様に頷く。
「飛行機そのものは確かに不時着だけれど首都高の車を数台巻き込んだだけである程度安全に着陸したんですよ、実際飛行機はかなり小型で」
何故この男が詳細を知っているのか。それについては今は聞けなかった。
「その巻き込まれたトラックが問題だった、トラックが飛行機事故の衝撃で大爆発を起こした」
飛行機の方が積んでたのはせいぜい海外の機密情報程度で、人の害になる物は多分積んでいない。恐らくゾンビウイルスを積んでいたのはトラックの方。芝浦か、その辺の湾岸で船からトラックに乗せて、首都高で渋谷の辺りまで出て、六本木にある研究所に運び込まれる予定だった、はず。
俺、前の勤め先が運送屋だったって言いましたよね。基本は都内近郊だけの小物配送が中心の小さなところだったんですけど、社長がたまに個人で大きな仕事を請け負うんですよ。特別料金でちょっと危ない荷物の運搬をする。大型にせよ小型にせよ、腕のいいドライバー複数抱えてるようなところだったから信用だけで時々やばめの仕事が舞い込んで来る。安くて早くて信用があるから、緊急の案件の時なんかにたまに呼ばれる事があるんです。
「でもゾンビウイルス以外に何積んでたか知らないけど、トラック一台程度の積み荷で首都高があんなになる位の爆発ってするものなのか?」
カサネが口を挟む。
「だから爆薬とかの危険物も積んでるトラックもそこにいたはずです、多分それは悪い奴らの車」
京田はそう言いながら膝を撫でる。
「で、お前はそのロッカーに何を隠してるんだ」
昭夫の言葉に京田はしばらく黙り込む。何をどこまで話すか、考えているのだろうか。
「………今まで色んな場所を盗聴してきたデータです。この状況だとあのロッカーに放置しておくのも危ないかなと思って取り戻しに来ました。金になると思って」
少し前に清掃会社に出向になってから、仕事先の気になる施設の気になる箇所に時折興味本位で盗聴器を仕掛けて来た。
飽きたら直ぐに仕事にかこつけて回収して来たので恐らく大きな問題にはなっていない。
六本木周辺は意外と大手企業や政府関連の主要施設が多い。が、一応ばれたら後がやばそうな施設は避けて来た。政府関係や大使館は避けた、と暗に言っているような物だ。しかしちょっと老舗の飲食店なんかにひとつ仕掛けるだけで面白い情報が聴ける。最初は脅迫などするつもりが無く、ただ興味本位で、ノンフィクションの本を読むような感覚で盗聴を繰り返して来た。
京田がそこまで告白したところで昭夫が彼の頬を叩いた。
昭夫は何も言わなかったが、同僚として、ただただその不正を咎めるために手が出たのだろう。叩かれた方の京田も怒る事なく昭夫の激情を甘んじて受け入れた。
「………1度清掃の仕事でその前の会社の渋谷にある営業所に行った時に盗聴器仕掛けたんですね。それでゾンビウイルスの運搬の事も詳しくわかりました。海外の研究機関が日本の民間の施設に極秘で協力を仰いだ。日本は研究職になかなか金が回らない、だから海外がちょっと良い金で金のない研究室に協力を仰ぐと直ぐ食いついてくる。だけれど運悪く運搬中に事故に巻き込まれてしまった。ニュースに映ってた燃えてる車に見覚えもあったし、あの事故には確実に俺の前の会社が関わってます」
そして恐らくそのウイルスを狙ったテロ組織の車も並走していたはず、だけど多分その組織は余り頭が良くなくて、威嚇のつもりで準備してた爆発物の量を間違えたんじゃないかな、というところまでが京田の見解だった。
「それで京田さん、あなたはそのデータを取りに行ってその先はどうするつもりなんですか」
巴の素朴な疑問だった。
「カサネさんとあや子さんを人質にして逃走するつもりだったんですけど、このまま破棄するか、それとも素直に警察に行くかで今は悩んでいます。正直車もダメになったし、昭夫さんと………巴さん?までこんな場所に来るとは思わなかったから。悪い事をしようとしてる時に予想外の知り合いの顔を見ると駄目ですね、躊躇いが出て来てしまう」
彼はそこまで言って俯いた。人質は有名人と若いか弱い女の2 人。敵の感情を揺さぶるには切り札は多い方が良いと安易に考えてしまったらしい。ひとりで扱うには手に余るだろうに、そこまで頭が回らなかったのだろうか。
「ロッカーの場所は?」
巴の問い掛けと共に昭夫が地図を取り出す。京田は地図に顔を近付け、ある場所を無言で指差した。
「ここからならそんなに遠くない、私が取りに行く。それでその先の事はその後考えれば良くない?」
全員の視線が巴に集まる。
「言ったじゃん、私陸上部だったって。めっちゃ足早いんすよ、これでも。すぐ戻れるわこんなん」
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