第5話 剥がそう

 帰り道はいつもより遠く感じた。途中、通り過ぎた公園で、男の子が女の子をお祭りにさそってた。公園の奥にある神社で、日曜日に七夕祭りがある。自分に関係ない話なのに、やけに耳に残ったのは、コウくんとカワイさんの浴衣姿が思い浮かんだから。想像の中のふたりは、浴衣も、ふたりで手をつないで歩くところも似合っていた。


 家に帰ると駐車場に車がなかった。お母さんは夕飯の買い物にでも行ったのだろう。誰もいないリビングで、重たいランドセルをテーブルに下ろし、ソファーに座った。いつもならランドセルから図書館で借りてきた本を取り出して、宿題よりも何よりも先に本の世界にひたる。だけど今日はそんな気分になれなかった。


 本を手に取ると思い出す。これまでの休み時間。わたしは教室の窓際の席で、コウくんは真ん中の列の一番後ろで、それぞれに本を読んで過ごした。騒がしい教室に本好きがふたり。互いに静かな時間を過ごすのが好きな者同士。ぽつん、ぽつんといて、ひとりだけど独りじゃなかった。


 借りてきた本をよけて、宿題のワークと筆箱を取り出した。筆箱のふたをぱかりと開ける。ちびの消しゴムが一つ。先の丸まった鉛筆が五本。仕切りから鉛筆を全部ひっこ抜いて一本ずつ鉛筆削りに差し込む。ガリガリガリガリ乱暴な音。今日は鉛筆と一緒に自分の一部まで削れた気がする。


 鉛筆の仕切りを立てて、とんがった鉛筆を差し込んで、

 裏面に貼ったあの紙を剥がすことにした。


 コウくんの名前を書いた紙。わたしの秘密。わたしの願い。願いなんて掛けなければ、期待しないだけ良かったかもしれない。少なくとも、こんな風に裏切られたみたいな気持ちには、ならなかっただろう。おまじないなんて効かない。効かないどころか、一番叶ってほしくないことが叶ってしまった。


 剥がしてしまおう。

 コウくんを好きだったことも、いっそ、

 なかったことにしてしまおう。

 

 紙を貼ったテープの角に、爪をかけた。

 その時、あ、と声がもれた。同時に血の気が引いていく。

 

 テープの右上に剥がした跡があった。


 そしてそれは明らかに、シマの仕業だった。

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