第4話 シマには関係ない

 五、六時間目は図工で絵を描いた。昼間、カワイさんとコウくんのことで落ち込んでいたけど、『夏の絵』というテーマで、集中して金魚鉢に泳ぐ赤い金魚の絵を描いたら少し気分が良くなった。シマは荒れた芝生にゾンビみたいなサッカー選手の絵を描いて、コウくんは夜空に花火が咲く銀河鉄道の夜みたいなロマンチックな絵を描いていた。


 帰りに図書室で本を借りてランドセルにしまうとき筆箱がないことに気が付いた。教科書とノートの間にも、ランドセルのポケットの中を探ってもない。


 教室に忘れたんだ――


 私は急いで教室に戻った。運動は苦手だけど、つまづきそうになりながら四階まで階段をかけ登る。筆箱にはわたしの秘密が……。もし机の上に忘れたんだとしたら、だれかに見つかっておもしろ半分で筆箱の中身を見られてしまうかも。そしたらあの紙のことも、好きな人の名前も、ぜんぶ知られてしまう。一巻の終わりだ……。


 肩で息をして教室に戻るとシマがいた。

 わたしの机の上に筆箱はなかった。


「アマネじゃん」

 放課後、教室にひとり居残っていたシマは、他の男子たちとギャーギャー言ってる時よりもよっぽど落ち着いて見える。昼間はその奇抜なオレンジ色のTシャツに負けないくらい元気なのに、なんだか変な感じ。

 わたしはシマが机に広げている漢字ドリルを見て聞いた。

「何してるの?」

「今日の宿題忘れたから今やってる」

「それっていいの?」

「本当はダメだけど、家でかーちゃんに怒られるより、先生に怒られた方がまし」

 シマは苦笑いして、左手に持った鉛筆を器用に動かす。

「シマって前から左利きだったっけ」

「その質問おかしくね? オレは生まれつき左利きだよ」

 手を動かしたままシマが答える。指にはまだ図工の緑の絵具がついている。洗わないと紙とか服とか汚れるよって言おうと思ったけど、わたしはシマのお母さんじゃないから何も言わなかった。

「アマネは? なんで戻ってきたの? 忘れもの?」

 最後のマスまで漢字を書き終えて、シマが聞いた。

「あ、うん。筆箱」

 わたしは自分の席のお道具箱を引き出した。ない――。おかしいな。いつも右側のお道具箱にしまうのに。こっちかな。反対側のお道具箱を引いたら筆箱はそこにあった。

 なんだ、こっちに入れてたのか。どっかほかの場所に忘れたんじゃなくてよかった。いつもは右側にいれるのに、今日に限って左側にいれていたなんて。だからランドセルに入れるのを忘れたのね。

 一人納得してランドセルに筆箱を入れる。

 シマは赤い漢字ドリルを片付けて、青いドリルを出している。算数も忘れたのか、とわたしが呆れて見ていると、シマと目が合った。

「なに?」

「いや、なんでもない」

「そういえばさ」

 シマは窓際のわたしの席の方に体を向けた。


「おまえは関係ないって言うかもしれないけど聞いとけよ。カワイさん、コウと両想いになったってさ」


 頭が真っ白になって『え……』という自分の声を耳の奥で聞いたような気がした。


 シマはまっすぐにわたしの目を見て話した。

「昨日の放課後、カワイさんがコウに勉強教えてって言って、コウのとなりの席で勉強してたとき筆箱を落としたんだって。わざとなのか偶然なのか知らないけど、とにかく筆箱は落ちて、中身が床に散らばって、カワイさんが鉛筆とか消しゴムをひろってる間に、コウがカワイさんの字で自分の名前が書いてある紙をひろったんだって。カワイさんが他の女子に話しているのを聞いた」


 わたしは無言でランドセルをしょった。


「シマには、関係ない」



 つづく

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