第3話 変化

 教室の窓からさしこむ太陽の光がまぶしい。わたしは朝、ランドセルから筆箱を出すとき、少しきんちょうした。大丈夫と自分に言い聞かせる。

 

 わたしの筆箱は、水色の長方形の箱型で、ふたを開けると六本の鉛筆が入るプラスチック製の仕切りがついている。仕切りは九十度のはんいで動く。コウくんの名前を書いた紙は、その仕切りの下に貼った。仕切りを元の位置に戻すと紙は鉛筆にかくれて見えない。これで風で飛ばされる心配もないし、筆箱の中で動いて見えてしまうこともない。それに、紙を裏返しに貼ったから、たとえ紙が見えたとしても好きな人の名前まではわからない。こんな方法があるなんて、もっと早く気付けばよかった。


 筆箱に入れた紙は三日間だれにも気付かれなかった。それはいいことなんだけど、かくしているとおまじないの効果がうすまってしまうのか、ぜんぜん効果が表れない。それどころか日に日にカワイさんとコウくんの距離が近くなっていくように見える。


 カワイさんの席はろうか側の列の真ん中あたりで、窓側の私と左右対象の位置。席も、身長も、かわいさも全部わたしとまるで正反対だってことを表しているみたい。

「コウくん、今は何の本読んでるの?」

 カワイさんが休み時間にコウくんの席に行って話しかける。

「太宰治」

 コウくんは読むのをやめて本を閉じる。

「太宰治知ってる! 『文豪ストレイキャッツ』に出てくるよ」

「ああ、あの、文豪がたくさん出てくる漫画ね。河合さんもあの漫画読んでるんだ」


 ふだん休み時間に本を読んで過ごすコウくんは、カワイさんが来ると本を置く。

 ふだん口数の少ないカワイさんは、コウくんと話すときだけ楽しそうに話す。

 わたしはコウくんとカワイさんが仲良くしているのを見ると、胸にアイスコーヒーをかけられたみたいに苦い気持ちで悲しくなった。


 『あのふたり怪しくない?』『絶対カワイさん、コウくんねらいだよね』なんて声があちこちから聞こえてくる。それを直接言わせない雰囲気をあの二人は持っていて、だれも冷やかさないし、だれもジャマしようとしない。


 このままじゃ、ふたりが本当に両想いになってしまうかも――


 わたしの気持ちに気付いてもらえなくてもいいけど、

 コウくんがほかの人を好きになってしまうのは嫌だな……。

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