闇に蠢く牙 ※ホラー?

 水梨高校の旧校舎には幽霊が出る。


 ある時、その噂を確かめにいった男子高校生は帰ってはこなかったと3年生の間では有名だった……。もちろん噂に過ぎないのだから、帰ってこなかったという生徒などは彼らの話の中にしか存在しない。


学校はすでに夏を過ぎて秋の中頃、やっと涼しくなってきた時のことである。


 木村奈々は激怒した。


 受験を控えているというのに訳の分からない噂に惑わされる同級生に彼女は憤ったのだ。彼女は剣道部の主将を務めて個人としては全国にまで行ったという努力家である。そんな彼女からすれば幽霊など居ようといまいとどうでもいい。それよりも重要なことがあるはずだと彼女は真面目に思っている。


 悪いことにそんな彼女に対して同級生のグループが肝試しを提案したのである。男女数人グループである。彼らはいつも寡黙で頼りになる木村をボディガード代わりに同行をお願いしたのである。


 最初は渋ったが、この機会に幽霊を叩きのめしてやろうと彼女は思い至った。


「いいですよ」


 めらめらと闘志を燃やした目で彼女は答えた。引退してより久しぶりに髪をポニーテールにして剣道の竹刀袋に木刀を入れて彼女と同級生たちは夜、旧校舎に忍び込んだのだ。


 暗い。


 懐中電灯の光以外は真っ暗闇の中で彼らは歩いた。時折女子が「こわーい」などと悲鳴を上げて、それに男子が大丈夫だと強がって見せその上女子を気遣うふりをする。下心丸出しのその言動も木村には不愉快であった。


 とある教室に差し掛かった時など男女でふざけて抱き合い始めた。それを木村は少女的な羞恥心で目をそらした。その瞬間だった。


――きゃあああ!


 悲鳴に振り返ったとき、そこには誰もいなかった。


 がんと宙から懐中電灯が床に落ちた。慌てて木村はそれを掴んであたりを照らすも誰もいない。静寂の中で彼女は恐怖に抗うために木刀を取り出した。


はあはあと息が荒くなる。幽霊の仕業かとあたりを見回す。誰もいない。音がしない。


「バカな。いるはずがない……」


 幽霊なんているはずがない。というか、噂には続きがあった。


 旧校舎には幽霊が出る。


 ティラノサウルスの。


「いるはずがない!」


 そう思い叫んだ時だった窓の外に巨大な影が映った。そのシルエットは昔の映画で見た巨大な爬虫類そっくりであった。


「ひっ。そ、そんな」


 木村は悲鳴を押し殺して教室に入りだ。ぐるると何かが近寄ってくる音がする。隠れた机の影から顔を出すと巨大な影。透明で頭の半分が教室を突き抜けているティラノサウルスがそこにはいた。


 みんなこいつに殺されたんだ……。


 がたがたと震えて泣きそうになる元剣道部主将の彼女。恐怖で逃げ出したくても、手は勝手に木刀を握りしめていた。


 どしん


 どしん


 地面を揺らしながら幽霊が近づいてくる。木村は唇を噛んで恐怖を押し殺した。どうせ死ぬなら……。そう思って飛び出したのだ!


 圧倒的な姿だった。巨大な口に並んだ牙。だらだらと垂れた涎。その機械的な爬虫類の瞳は彼女を見ていた。遠い太古の時代より何らかの恨みを抱えたまま地縛霊となったのだろう。


 ティラノサウルスが叫んだ。その咆哮に空気が震える。


 しかし、この勇敢な少女――奈々は一人立ち向かう!!


涙をうっすら浮かべているが、その瞳には同行を承諾していた時の闘志の炎があった。


「う、うああああああ。な、なむあみだぶつー!!」


 古生代の爬虫類に念仏が通じるのかわからない! しかし彼女は叫んだのだ!!


 旧校舎において女子高生とティラノサウルスがぶつかり合う。



 朝、旧校舎から出てきた木村奈々は片手に木刀持ち、それを肩にかけるように歩いていた。


 朝日がまぶしい。彼女は勝利した。


 渾身の一振りをその身に受けティラノサウルスは闇の中に消えていったのだ……。殺されたと思われた同級生たちもいつの間にか教室で気絶していた。


「勝った! うおおお!」


 陽光をその身に浴びて木村は満面の笑みとともにはじけるように喜んで、ジャンプする。着地に失敗しそうになってこけそうになった。


 こうして旧校舎の霊は祓われたのだった。


 しかし、我々は忘れてはいけない。このなんてことはない日常の裏側にも人ならざる者―― ダイナソー ――は潜んでいるのかもしれないのだ。


 人々がそれを忘れたとき、奴らはその牙をむき出しにするだろう。


「ああああ! おかーさーん勝ったよー!!」


 ひと時の勝利に木村奈々はそんなことにまで思い至らず。涙を流して勝利を喜んだ。




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短編のごった煮 @hori2

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