異世界に行こう! ※ネタ・ギャグマンガ日和リスペクト

 俺は死んだ。


 俺はどこにでもいる高校生で通学の途中に子供が車に引かれそうになっているのをみたのだ。その時の俺は何も考えずに飛び出していた、ああ、子供を突き飛ばして助けた後、覚えているのは耳に残る大きなクラクションの音だった。


 落ちていく。どこに落ちていくのかはわからない。天国だろうか、地獄だろうか、俺にはよくわからない。ただ、しばらくすると目の前にまばゆい光が広がっていく。


「目覚めなさい勇者よ」


 心地よい声がする。透明な、ただ聞いているだけで心が癒されるような声だった。俺は一度目を開ける。そこには大きな純白の翼を広げ、優し気な微笑を湛えた女性がいた。流れるような金髪と白いローブを着ている。


「貴方は勇気ある行動をしました。本来であればこの場で死ぬ運命ではないあなたを神殿に招待します……そこで転生をさせてあげましょう。……いわばこれは私たちの手違いで亡くなったのですから特別な力も貴方に与えます」


 なんだろう、聞いたことがある。小説とかアニメとかによくあるような場面だ。俺は落ちながら手を伸ばす。ただ、その白い翼の、天使が美しくてそうしたんだと思う。


「さあ、神殿では大いなる主があなたにどんな力でも目覚めさてくれるはずです。今日、18万7890番の勇者よ。お行きなさい!」


 え? 番号で呼ばれた?


――


 神殿は人でごった返していた。


 凄まじい人の群れに囲まれて、俺はもみくちゃにされている。まるで体が動かず、むわむわと汗のにおいの混じった熱気が俺を包む、地獄かな? しかもなぜかほとんどは男で女性がほとんどいない。


 怒声がひびく。何を言っているのかよくわからない。俺も何か叫ぶが、おれの声を俺が聞こえないくらいに周りがやかましい。


『はーい。勇者候補のみなさんー神への謁見はこちらですよー!!!!!』


 必死な女性の声が聞こえる。一瞬、遠くの点のように見える遠くで拡声器をもって交通整理をしている天使が見える。人の流れは奔流のように押し寄せては壁に激突してはその衝撃が肩をぶつけてくるとかいう不快な方法で伝わってくる。


 かといって倒れることができるわけではない。スキマがないのだ。


ぐにゅう


 あ! なんかふんだ、なんかふんだぞ! しかし、顔を下に向けるようなことすらもできない。というか、そろそろ真面目な話し方につかれてきたが、転生候補多すぎだろ!! 神様の手違いで死んだやつが多すぎる。

 

「はあ、はあ」


 息が切れてきた。というか前に進んでいるのか後ろにもどっているのかもわからねぇ。転生云々の前に神様にすら会えてねぇ。


 あれはなんだ? あ、神殿の柱に男たちがよじ登っていく。この暑さに耐えきらずに逃げていく様は、芥川龍之介とかの蜘蛛の糸とかで見た気がする。はあはあ、臭い。汗のにおいが地味にきつい。3密ってレベルじゃねぇぞ!!


「おーい! おーい! 助けてくれー」


 遠くに見える天使達に助けを求める、全然聞こえていない、いや、彼女たちは何かを投げている。それはもう無造作に投げている。なんだあれ? と思って必死に目を凝らすとペットボトルの水となんかスポーツ選手がよく飲んでそうなパック入りのゼリーの奴だ。


 それを男たちはジャンプして、もみ合い、殴りあい、奪い合っている。地獄かな? しかし、彼らを責めることはできない。俺もあの水を取るためにはほかの連中を殴ってでも手に入れるだろう、それほどにつらい。


 暑い。むわむわする。なんか、水が届く範囲にいる連中に憎悪がわいてくる。というか天使! 運営だろお前ら! もう少しまともに水を配れ! 


 さっき落ちていくときに聞いた話が本当なら最低18万人くらいここにいるらしい。凄まじく広いのだが、俺には狭く感じる。ぐえ。肩で顔を押すんじゃねぇ。


「す、すまねぇ。兄ちゃん。俺は3日もここにいるんだ」


 男はそう言って謝ってきたが、なんだろう地獄かな? 転生することもできずにここに押し込められたまま俺は死ぬのか、いや死んでいるから死ぬこともできないのか。まてまて、3日前の奴がなんで俺と同じ場所にいるんだ、順番どうなってるんだ!! おい天使!!


「みなさーん。おさないでくださーい! じゅんばんでーす!!」


 押したくて押してるわけじゃないわ!! それより俺の横にいるおじさんは3日間ここにいるらしいぞ。かわいそうだろ! どうにかしてやれよ。いや助けて、もう謝るから助けてください。

 

 ぐにゅ、ぐえ


 足元で悲鳴が聞こえた。


 これは一度倒れたらもう戻ってこれねぇ。能力とかいらねぇ、もうどこでもいいから転生させてくれ!! 俺はそう思って助けを求めるが、怒声に混ざって誰にも聞こえていない。


 こ、こんなところで死んでたまるか。俺は力を振り絞って前に進み始めた。


 まるで蟻の行進のようだがそれでも俺は負ない。絶対に俺はここを抜け出して見せる。

 

 どれくらい時間がたったのかわからない。俺はなんとか天使が視界に入るくらいの前にきた。たまにアンパンとかカレーパンとかが飛んでくる。手がまともに使えないから、みんなパン喰い競争のようにジャンプしてはかちかちと口を動かしている。


 天使の周りは誰もいない。結界みたいなもので区切られているようだ。その周りを転生者たちが囲んで叩き続けている。


 だしてくれぇー

 もう限界だぁ

 みず、みずぅ

 

 亡者の雄たけびが耳に響くのはすさまじくつらい。彼らの気持ちはよくわかる。だが、助けることはできない。助けに駆け寄ることもできないし、話しかけてもまともに声が届くとは思えない。


 おっ、水、ペットボトルが飛んできた! ぐえ! 誰だ殴ったやつは! その水は俺のだ。俺はもみ合いの中手をなんとかしてあげた。飛んでくるペットボトルに手を伸ばす。


 醜い争いの中に俺は引き込まれていく。水をお互いに奪い合うのだ。俺は数発殴り、殴られ。気が付いた。


 こんな不毛な争いはやめるべきだ! 俺は思い至る。さらに前に前に進もう。もう、殴られるのも殴るのも嫌だ。そもそもあのペットボトルを掴んだ奴は周りから集中的に攻撃される。


 前へ。前へ。


 あ、なんか謁見の間と書かれた場所が遠くに……入り口がちいせぇ。当たり前だが人がそこでごった返している。入り口から離れるともう中に入れそうにない。俺はここまで人の流れをなんとか見抜いてきたが、この「流れ」を逆走はできない。

 

 転生するんだ。俺は、なんとしてもこの地獄を超えて転生するんだ。


 あとは執念と計算だ。人の流れは大きな河の流れだ。間違った流れに乗ったやつは壁に押し付けられているのが見える。ああ、なってはもう助からん。いや、この無能な運営が助けてくれるとは思えない。


 俺は生きているときには使わなかっただろうほどに頭を使った。流れを読み、そして身を投じる。あとは体が押されるがままだ。やった入り口の吸い込まれる流れだ。


 あぁー、

 ぎゃあ

 たすけてくれぇ


 入り口をくぐる時。壁に押し付けられた転生予定者共が漏らす悲鳴が聞こえてくる。だが、どうしようもない。


 だが、謁見の間にも人があふれていた。この空間のどこかに神がいるのだろうか。円柱が並んでいるがよじ登ろうとする転生予定者達が群がっている。


 荘厳な天井が見える、というかそれしか見えない。俺はこの地獄からなんとか転生したいそれだけが願いだ。


『力がほしいか―』


 爺さんのこえがする拡声器でハウリングしてる。俺たちは「ほしい―!」とクイズ番組みたいに答えた。正直もう精神的にはまともな判断ができるとは思えねぇ。


『おぬしたちは、ぜいぜい、その、天界の手違いで、死なせてしまったから、ぜいぜい。その、特別な力を与えて、転生をさせてやろう』


 手違い多すぎるだろ!! 俺は叫んでいた。たぶん神様がどこかにいるんだろうが、俺の眼には見えない。探し当てなければ転生できないのだろうか。俺は必死になって人の海を泳いだ。


『大いなる力には、大いなる責任が伴う』


 イラつくことを言い出した神の野郎に俺は殺意を抱く。こっちはそんな段ではない。俺はここにきてどれくらい時間がたったんだ。それすらもわからない。知らん連中に何度ぶつかられたかもわからない。


 見えた!


 転生者たちにつかみかかられている爺がいる。俺は殺気のこもった眼で力を振り絞って近づこうとする。てんせぇ、てんせぇさせろぉ。


 ぉおお!! 爺は転生者一人一人に契約書を渡して、1から説明しているようだった。だから混雑するんだよ!!!!! しかもなんか特別な結界で爺自体には手が触れていないようだ。


「ほう、おぬしはそれを選ぶか」


 神らしき爺は一人の人間にそう言っている。


 何余裕こいてんだ! 俺はやっと爺の前にきてその結界を叩く。周りからはあらん限りの罵声が聞こえてくる。うえ、この結界汗でぬるぬるする。誰の汗だ。血もついてる。


「醜い」


 神はわざとらしくため息をついている。お前の手違いでこうなったんだろうがぁ!!! そもそも日本人ばかりじゃねぇか!! がばがばすぎんだよ!!


 俺は結界をみんなと一緒に引っかき引っかき。なんとかして神を引きずりだそうとするがどうしようもない。


「もう、めんどくさいのう。全員ランダムに力を与えて、転生させてやるとするかのう」


 やめろぉ! てきとうに処理して追放しようとするのをやめろぉ!!


 神は俺の叫びに全く反応せずにその体からまばゆい光を放ち始める。


「勇者たちよ。それではがんばるんじゃぞ。ほっほっほっほ」


 俺は、不意に落ちていく。いや俺だけじゃない。周りの男たちも全員が奈落に落ちていく。



「殺してやる……必ず、俺はお前を倒す!! 待ってろじじーぃー!!!」


 ☆


 そうして俺はとある世界に転生した。


 がばがば爺は案の定全員を同じ場所に転生させたせいで238万人の勇者が一国に集結した……18万すらウソかよ!。


 それからのドラマはまたのはなしに、ただ俺はいつかあの神を必ず倒すと誓う。

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