桃太郎の後ろ姿

 あるところにおじいさんとおばあさんがおりました。


 その日はとても暖かい日でおじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。


 おばあさんが川で洗濯をしていると上流の方からどんぶらこどんぶらこととても大きな桃が流れてきました。


 おばあさんはとても驚きましたが、なんとか岸に引き上げました。まるまる太った艶やかなももでした。おばあさんはおじいさんと一緒に食べようと家まで頑張って持って帰りました。


 家に帰るとおじいさんもその桃をみて驚きました。2人はさっそく食べようとナタを持ってきて上からぐっと一直線に切り込みをいれました。


 その時でした。おぎゃーおぎゃーと赤ん坊の声が桃の中から聞こえてきます。


 おじいさんとおばあさんは慌てて桃を切ると中には玉のようにかわいらしい赤ちゃんがいました。


 2人は顔を見合わせましたが、ほおっておくわけにもいきませんでしたので赤ん坊をおばあさんが抱き上げてゆらゆらとあやしてあげました。おじいさんもどうしていいのかわかりませんでしたが自分の顔を隠してはばあっと出します。


 だんだんと赤ん坊は泣きやんで、それからきゃっきゃっと笑いました。


 2人はほっと胸をなでおろしました。



 桃から生まれた赤ん坊を桃太郎と2人は名づけました。


 桃太郎はすくすくと大きく育っていきました。


 おじいさんと山へ一緒に柴刈りに行き。畑仕事を手伝ったりしました。


 おばあさんとはたまに川へ洗濯に行き。朝餉や夕餉の支度もかいがいしく手伝いました。


 桃太郎はおじいさんとおばあさんにとても可愛がられて育ちました。この老夫婦は子供がいなかったので桃太郎を実の子供以上に愛情をもって接しました。


 あっという間に季節は過ぎていきました。


 桃太郎の体も大きくなり。凛とした顔立ちをした少年になりました。


 そしてある時こういいました。


「おじいさん。おばあさん。私は鬼ヶ島に鬼退治に行ってきます」


 それは夕餉の時でした。おばあさんもおじいさんもあっけにとられてしまいましたが、すぐに桃太郎を引き留めました。


 鬼ヶ島などに行くのは危ないと言いますが桃太郎は聞きません。


 桃太郎は頑として老夫婦の説得には応じませんでした。彼は数日後には旅立ちますと言って寝床に入りました。


 おじいさんとおばあさんは家の外にでて、月の明かりの下で話をしました。


 長い長い間、話をしました。桃太郎はもともと桃から生まれた子供です。だからきっと神仏の遣わした子供なのだろうと2人は思いました。だから鬼退治に行くというものそういう定めなのだろうと思いました。


 次の日の朝でした。


 桃太郎はいい匂いにつられるように目を覚ましました。桃太郎が起きたときにはすっかり朝餉の支度が整えてあり、山盛りの白いご飯と山菜によく焼けた魚の切り身がありました。


 そばにはおじいさんとおばあさんがニコニコと桃太郎に微笑んでいました。


 その日からおじいさんとおばあさんは桃太郎に柴刈りに一人で行くようにいいました。できるだけ遠くにいくように言いつけました。


 そしてその間にいろんなものを用意して回りました。


 鬼ヶ島でも桃太郎が戦うために鎧と刀を揃えました。


 できるだけ良いものを、ということでおばあさんは大切にしていた反物を売り払いました。それだけでは足りなかったのでおじいさんはいろんなものを売り、柴刈りに使うナタすら手ばなしてしまいました。


 きらびやかな羽織や旗指物を用意するためにおじいさんは小さいながら畑を売りました。


 2人は桃太郎が帰ってくると決まって笑顔で向かい入れました。いつも白いご飯を山盛りにして食べさせてあげた後、2人はわずかな稗などを分け合って食べました。


 そしてその日でした。


「それではおじいさん。おばあさん行ってまいります」


 桃太郎がそういうとおじいさんとおばあさんは床下に隠していた赤色の鎧や良い鉄で打った刀、それに良い色をした羽織を出して桃太郎を驚かせました。


 鎧をつけて羽織を纏い、刀を差した桃太郎は立派な若武者になりました。


 日本一と書かれた旗指物と鉢巻をおじいさんが桃太郎に付けてあげました。


 おばあさんは途中の路銀の入った袋と、素朴なきび団子の入った袋を2つ彼に与えました。


 おじいさんとおばあさんはにこにことして、桃太郎を励ましました。桃太郎はじっと二人を見ました。それから旅立っていきました。


 遠く、遠くに桃太郎が見えなくなるまで老夫婦は見送りました。


 桃太郎が見えなくなったときすでに日は傾いていました。


 おじいさんとおばあさんは近くの粗末な小屋にうつりすみました。もともとの家は売り払っていて桃太郎が旅立つと明け渡す話になっていました。


 おじいさんは山へ柴刈りにいきました。ナタもなにもかも手放していましたが、おばあさんを養うために山に落ちた枝などを必死に集めました。


 おばあさんはいつもお日様に手を合わせていました。


 ずっと桃太郎の無事を祈っていました。


 毎日、


 寒い日も暑い日も、空腹のときも祈り続けました。


 2人は寄り添って暮らしました。


 おじいさんは時折桃太郎を一人で行かせたことで自らを責めましたが、おばあさんには常に優しくありました。


 暮らしはとても貧しく、厳しいものでしたが2人はただ桃太郎の無事を祈っていました。


 神仏の遣わした桃から生まれた桃太郎。


 そうは思っても


 二人には自分たちの子供でした。2人は夜には桃太郎の思い出を語り合いました。


 それは秋のことでした。


 秋空はきれいでした。


 遠くから鐘を鳴らす音がしました。かーん。かーんと澄明な音でした。


 なんだなんだと村人たちも集まり。おじいさんとおばあさんも顔を出しました。


 見れば大車が数台荷物を満載にして連なっていました。そばに大勢の人がいて鐘を鳴らし、笛を吹いています。


 なぜか猿が踊り、犬が走り回り。雉が飛んでいます。


 その先頭に桃太郎がいました。


 ぼろぼろの羽織をつけた彼はおじいさんとおばあさんを見つけると大きく手を振りました。それから駆け寄っていきます。


 おじいさんとおばあさんは桃太郎を抱き合いました。


 後ろにある大きな荷物はたくさんの宝物だと桃太郎は言いました。


 それをおじいさんとおばあさんはうんうんと聞いていますが、そんなことはどうでもよかったのでした。


 ただ目の前に桃太郎が無事で笑っていることだけが2人にとってのすべてでした。


 おじいさんとおばあさんは桃太郎の手を引いて歩き出しました。


 それからおじいさんとおばあさんと桃太郎は幸せに暮らしたそうです。

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